001

2024年 1月 14日 13時27分 奥多摩湖付近にて


「暖かすぎやしないか」


「そうですね」


 冬だというのにスマートフォンの画面に映し出されている気温は二十度と春並みのものだった。


「温暖化か、改めて考えないとな」


 安吾はそう呟きながら現場である麦山浮橋に向かっていた処、


「ご苦労様です。・・・・・・って!警視監殿が何故此処に?!」


 立ち入り禁止テープの前に立っていた付近の交番勤務であろう警官が僕と安吾の手帳を確認した際に驚いた様子で聞いていた。


「何だ?現場に警視監が居て悪い事でもあるのか?」


 気分を害したのか安吾は低い声と共に特徴的なツリ目で警官に睨みつけるよう見た。


「いいえ、私の失言でした!申し訳ございません!」


 すぐさま自身のやってしまった失言に気が付き深々と安吾に向かって頭を下げた。


「いいよ別に、それじゃあ」


 安吾は軽く受け流した後にテープを潜り、それに続いて僕もテープを潜り、現場へと向かった。


「そう言えば、何で安吾警視監は他の警視監と違って孤高の狼みたいになってるんですか?」


 軽く探る様にさっき警官が口にしていた言葉をきっかけにして安吾に聞いてみると


「春樹と出会う前に色々あったんだよ。警視監という地位上り詰めたはいいが、そこまで上り詰めるのに余りに多くのモノを捨ててきてしまったからな」


 悲しげな表情で安吾の口からそう語られた。

 

「安吾警視監にも色々あるんですね」


 半年も一緒に居たというのに安吾の事について何も知らないんだな僕。


「お~い、こっちだよ~」


 十分ほど歩いたところで鑑識課の服を着た垂れ眼の女性がこちらに向かって手を振っていた。


「よお!花摘、久しぶりだな」


 隣に居た安吾も相手に見える様に左手を上げて振っていた。


「安吾警視監、あの方は誰ですか?」


 どうやら安吾の友達らしき女性、花摘さん、年齢は安吾と変わらないくらい若かく見えた。


「お~?安吾~、こちらのお嬢さんは誰かな~?」


 お嬢さん?

 ・・・・・・

 お嬢さん?!誰が?


「春樹の事か?」


 僕の顔に向けて人差し指で指してた安吾に対して花摘さん。


「そうだよ~、その子以外誰も居ないだろ~、なあお嬢さん~、失礼しちゃうよね~」


 近づいてきた花摘さんは僕の頭に手をのっけてポンポンと優しく叩きながら言った。

 

 ぼ、僕は・・・・・・


 「男じゃい!」


 花摘さんの手を振り払い、大きな声で彼女に告げた。


「え~?嘘だろ~安吾~」


 昔から女性に間違われる事が沢山あったし、演劇部では何故かヒロイン役しか回ってこなかった僕だがれっきとした男である!男であり漢である!


「本当なのか!春樹!」


「名前で気付いてくださいよ!というか半年同じ部屋で仕事しててその裏切りはあんまりです!」


 僕が安吾を一方的に知らない訳ではなかった様でなんだかホッとしてしまったがなんてなんてやるせないんだ!


「そんな事より現場を案内しろ花摘」


「あいよ~」


 スルーされた!このか弱い豆腐で作られた心を持つ僕の事を差し置いて?!

 仕方なく先程の言葉は全て忘れて仕事に専念しようと僕も安吾たちの後をついて行った。


「ここが現場だよ~ん」


 プリンの様に伸ばし棒がプルプルになる程の言葉遣いの花摘さんは浮き橋の中央に指を指した。


「ここか」


 そこには花摘さん以外の鑑識課の人達と刑事部の捜査第一課がいた。


「何ですか貴方たち、ここは一課の担当ですよ」


 現場を取り仕切る者だろうか、中年の男性がこちらによってきて警察手帳を見せながら僕らに言った。


「刑事部特別知能犯罪対策課の皐月原安吾警視監と「志那菊春樹です」」


 僕と安吾も名を名乗りながら警察手帳を見せるとあからさまに態度を変え、


「なんだいばら姫かよ、お前には何も頼んでないんだが?」


「なに、ちょっくらこの事件に興味を持ってな」


 そう言って男性の横を通り過ぎようとするが


「おい待てよ、現場荒らされたらこっちが迷惑こうむるんだよ、謎解きならお家に帰ってやるんだな」


 片手を突き出して安吾の行く道を塞ぐ男性。

 安吾に対してここまで言うとはこの男、マゾなのか?


「ギャアギャア五月蠅いな、死体の前で群がっているクソ野郎たちの代わりに私が解いてやるって言ってんだ。有難く思ってお前らは母ちゃんの乳でも吸ってろ」


 安吾はキレ気味にそう言ってを潜り抜けて行った。僕もその後に続き、すみませんと一度お辞儀した後について行った。


「花摘、情報」


「あいよ~」


「いつの間に!」


 僕らがいざこざしている間に花摘さんは先に死体の前に来ており、手にはタブレットPC を持っていた。


「死亡推定時刻は~午前~一時から~午前二時~で~頭部を~切り離された~事による~出血多量によっての~失血死だと~思われます~」


 なんとも聞きづらい解説なんだ・・・・・・


「そうか、でもこれを見る限り、失血死が主な原因ではないんじゃないか?」


 白いゴム手袋を着用した安吾は死体の首元に手を置き、なぞる様にして首周りを半周させた後、ゴム手袋に血がついていない事から花摘さんに尋ねた。

 

「やっぱりそう思う~?」


 自分で言っておいて違うと思っているとは謎過ぎる。


「ちょっとちょっと、死体に触るんじゃ―――うわあぁ!」


 先程の男性が近づいてきたと同時に安吾揺れる浮橋で彼の片足を掴んで奥多摩湖に落ちる様に仕向けた。


「おい刑事、浮橋近くを中心に湖の中を調べろ、頭部が見つかる筈だ」


「おいちょっ!お前ら!見てないで助けろよ!ゴボッ!」


 一課の部下たちが安吾の行動に気を取られている中、男性の声で気が付き、すぐさま湖から引き揚げようと浮橋をグラングラン揺らしながらあくせくしていた。

 そんな中僕と安吾と花摘さんはの三人は岸に戻って近くのベンチに座った。


「安吾警視監、どうするんですか!これじゃあ僕ら怒られちゃいますよ!」


 僕は何とかこの状況を収拾する為に安吾に言うが


「彼奴らが悪いんだ。私をおちょくる様な事したバツさ」


 リスの様に頬を膨らませながら彼女は言った後、花摘さんに問いかけた。


「なあ花摘、遺留品はどんなのがあった?」


「遺留品~、あ~これね~」


 花摘さんは肩に下げていた大きなカバンから透明な蓋つきの袋を四つ取り出した。


「これが~、被害者の~ドナーカードで~、これも~被害者の~ドナーカードで~、これは~財布~」


 はて?ドナーカードが二つ?


「おい花摘、この二つのドナーカード、それぞれ何処に置いてあった」


「それは~両手の中に一枚~、ポケットの中に~一枚だよ~」


「可笑しくないですかね?二枚も」


「だよな春樹、二つも要らないんだ。家と携帯用に二つならまあ、あり得るが二つとも携帯しておく意味が分からないし、そもそも容疑者に抵抗しなかったのか此奴は?」


 死体を見ながらそう考えているうちに科捜研が到着し、死体を回収していった。

 

「彼奴をよこしておくか」


 科捜研が死体を回収し、車を出したのを見送った後に安吾はスマートフォンを取り出してなにやら連絡をとっていた。


「あぁ私だ。お前今暇か?、―――知るか!勝手にやってろ!それと死体が科捜研に運ばれてたからお前ちょっと行ってきてくれないか?―――分かった。土産でやるから、分かったな」


 溜息を一つついた後にスマートフォンをポケットにしまった。


「誰に連絡してたんですか?」


「友人だよ、ここら辺で医大の教授やっているんだ」


 また濃い友人をお持ちで・・・・・・


「おい花摘はどうする?付いて来るか?」


 どうやら現場を離れるようで花摘さんも一緒に来るか安吾が聞くと、顎に人差し指を置いて


「部下が待ってるからね~、私はここでお暇するよ~、後はお二人さんで~」


 部下?


「そうか、じゃあ行くぞ春樹」


 安吾は花摘さんを背に、乗ってきた覆面パトカーの置いてある方へと向かって歩き出した。


「安吾警視監、花摘さんてどんな人なんですか?さっき部下なんて言ってましたけど――」


「花摘の事か?花摘は私の同期で鑑識課の課長だ」


「課長・・・・・・課長?!」


 何だろう、あんなゆるふわ系の女性でも鑑識で課長になることは出来るのか!


「彼奴、あんな言葉遣いだけどやる事はしっかりやるし昔は人並外れた成果を残してたんだぜ」


「はは、ははは」


 から笑いで僕は安吾の言葉を受け流しながら現実とはどれほど刻薄なものかを身に染みながら歩いていた。

 シートベルト装着し、安吾にこれからどこに行くのか問いかけてみると


「奥多摩湖から一番近い病院で頼む」


「病院ですか?」


「そう病院だ。実際の処、行けば全てわかるだろ」


 安吾の言うがままに僕はナビに病院と検索し、一番近い伊呂波第二ほへと病院にし、案内を開始させ、現場である奥多摩湖を出発した。


「そう言えば花摘さんの下の名前聞くの忘れてました」


 花摘といったインパクトの強い苗字に気をとられて聞きそびれてしまったのに気が付き、隣の安吾に尋ねてみると 


「花摘の下の名前か?確か、花摘 躑躅だったかな」


 助手席でアイマスクで目を隠していた安吾が眠そうな声で答えてくれた。

 躑躅・・・・・・いや、花摘んでないじゃん、吸ってるじゃん!とは思ったが摘んでから吸っているのでまああっているのかな?なんて考えながら僕は車を病院に向けて走らせていた。

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