ミステリアスシンドローム
柊木 渚
第一事件「猫顔男性」
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2024年 1月 14日 12時00分 警視庁公安部特別知能犯罪対策課にて
「お~い春樹~コーヒーくれ~」
グタリとデスクに突っ伏す小柄なつり目が特徴な女性、皐月原安吾警視監。
彼女の言葉に僕は今やっている仕事を切り上げて玄関脇のキッチンに置かれているミル付きコーヒーメーカーに彼女の好きなコーヒーショップで買い付けた豆と水を入れ電源スイッチを押した。
「まだか~私待てぬぞ~、カフェイン欠落で死んだように眠るぞ~」
「警視監が悪いんですよ、暇だからって5000ピースのパズル買ってこなければ二日も寝ないなんて状況起きませんよ」
彼女の無駄口に付き合っているうちにコーヒーが抽出され、ピロリと小気味いい音が流れた。
「できたか!はよ持って来い!はよ!」
急激に身体を起こして彼女は前のめりになりながらコーヒーがやって来るのを待っている、さながら遊ぶ時の犬のようだ。
「落ち着いてください警視監」
コーヒーカップを二つ、食器棚から取り出して彼女の居るデスクに置き。戻ってコーヒーメーカーから保温ポットを外し、横に置かれている角砂糖入りのキャニスターを手に、もう一度彼女の元へ向かった。
「どうぞ」
コーヒーを注ぎ、キャニスターを彼女の方へ向けて差し出すとすかさず
「おうよ!」
と言う声と共にキャニスターからこれでもかと角砂糖を投入し、最終的にはコーヒーカップの中は濁った空に突き出たヒマラヤの様な姿をしていた。
「げっ、いつも思いますがよくそんな甘いの飲めますね」
僕は自分のカップにコーヒーを注いだ後、彼女の糖尿病まっしぐらコーヒーを飲み干す姿を見ていつもながら驚愕していた。
「いやな、君には分からないだろうが私は君の数倍は脳を使っているんだぞ、つまり疲労感も君の数倍なわけだ。それを解消するのにそれ相応の砂糖の量が必要って訳なんだわ」
「それはまあ、あんなの組み立てたりするんですからそうなんでしょうけど他にも摂り様は幾らでもあるでしょうに・・・・・・」
僕から見て彼女のデスクの右側に飾ってある彼女が組み上げたパズルの絵画の一つ、今日の朝方に完成したフェルメールの【手紙を書く婦人と召使】を眺め、コーヒーのほろ苦い味が口の中に広がり目が覚める感覚に浸りながら彼女の話を聞いていると急に話が切り替わり、
「そう言えば春樹、今日は私と春樹がこの課を作ってから半年が過ぎたな」
「そすですね~~」
何となくこの部屋を見渡してみる。
壁と地面はコンクリート、あるものと言えばデスク二つにキッチンとその他一式、あとは何故かまだ使えている90年代のブラウン管テレビ一台とデスクトップパソコンが二台と彼女が趣味で組み立てているフェルメールの絵画パズルの数々が壁にぶら下がっている。
「今までで僕たちの課は何件取り締まりましたっけ?」
何となくこの雰囲気にピッタリだと思った言葉を彼女に投げかけてみる。
「一件だ・・・・・・」
雰囲気でものを言うのはこれからよそう、僕が悲しくなる。さて、
「少なすぎます安吾警視監!もっとこうバアアッ!と凄い事件とか無いんですか!いや無い方が良いんだろうけども・・・・・・」
僕の思い描いていた推理小説に出てくる警察官とはまったく別の現実に僕はどうしようもないこの気持ちを掌に込めながらコーヒーカップの乗ったデスクの上に掌をバンバンと二回叩いた。
「そんな事言われても・・・・・・ねえ、どこぞの永遠に小学生探偵で365日事件があったりしたら日本が壊滅するし、それにこの課を立ち上げる条件として刑事部にあんなの言われたらな、来る筈の事件も来ないぞ」
「そうでした・・・・・・」
この部署、警視庁刑事部特別知能犯罪対策課を立ち上げる上で公安部が出した条件。
それは
【刑事部が手一杯になった時か刑事部が手に負えないと判断した事件のみを譲り渡す】
だった。
「それじゃあ僕はデスクワークに戻りますね、安吾警視監はこれからどうするつもりで?」
意気消沈とした僕は彼女にそう言ってデスクに戻ろうと身体を翻し、首だけを彼女に向けた。
「鑑識の友達が奇妙な死体があるんだ。見ていかないかなんてメールで寄越してきてな、丁度暇だしお土産持って行こうかなと思ってた処なんだが」
「話題を上げてから回収が速いですね、それよりも死体ですか?どんな?」
帰ろうした姿勢をもう一度翻し、彼女の居るデスクのディスプレイに見える場所に立ち、視線を向けた。
「え・・・・・・おええええええ!」
「ありゃりゃ、君にはショッキング&グロッキーだったね、吐くなら窓の外で吐け、それかトイレで――――」
パソコンに映し出されたその写真には清々しい程の晴天な空と透き通る程綺麗な湖。
その全てを壊すが如く写真の中央に首が無い人間が肘を地面に付けて寝ているのが映っていた。
そこまでなら僕だって吐かずにまだ耐えられた。最悪なのが首から上だ。
石膏で作り上げられた猫の頭が死体の首にピッタリとパズルの様に隙間なく精巧にはめられていたのだ。
「なんですかそれえええええええええええ」
「吐きながら問うなー」
先程まで食い入る様に見ていたディスプレイとは逆にトイレに吐き出す僕は彼女にそう尋ねると
「これは東京都西多摩郡奥多摩町の奥多摩湖の麦山浮橋で発見された死体だそうだ」
吐き終わった口を水で軽く洗った後にタオルで拭き、彼女を見て僕は
「以外と有名な場所で起きたんですか?けど良いんですか?僕ら公安部に依頼されてませんけど・・・・・・」
「そうだな~、まあ大丈夫だろ。事件に首を突っ込むかどうかは死体を見てから決めるとするし、もし私がこの事件に興味を持ったのなら手柄を担当の課に渡す形にしとけばすんなり受け入れてくれるさ」
口の端を吊り上げニコリと笑いながらそう言った彼女に対し僕は
「分かりました。なら僕もついて行きますよ」
階級が上である彼女に何かがあったら警察官人生、いや、人生そのものが終わりかねない・・・・・・・
「それじゃあ行くとするか」
「はい!」
椅子に掛けていたスーツの上着を着用し、僕と彼女は半年前に買い取った廃ビルの二階にある対策課を後にし、事件の起きた奥多摩湖に向かうため、一階ガレージに置いてある覆面パトカーに乗車、僕が運転を務めて走り出した。
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