第44話 条件

「大丈夫ですか?」


 こちらの身を案じる声が耳に届く。

 無理矢理起き上がり、体勢を整えようとする。


 だが、身体が悲鳴を上げ始め、うまく力が入らない。


「無理はされない方が……」


 染み渡るような優しさが聞こえる。


 目の前に聖女様がいた。


「……!」


 その身体を剣で貫こうとした瞬間、

 俺の身体は壁に叩きつけられていた。


「大丈夫ですか?」


 変わらぬ慈愛をもって、聖女様は尋ねてくる。

 一瞬で、壁は修復され、綺麗な形へと戻っていく。


 教会の中はどこも綺麗だった。


 壁が壊れようが、凹もうが、割れようと、罅が入ろうが、


 一瞬にして、元通りの姿へと戻っていく。


 だが、俺はぼろぼろだった。


 どんな動きも、攻撃も、

 彼女には一切届かない。


 殺そうとする度に、逆に傷だらけになっていく。


「……っ」


 もう、起き上がる力すら残っていない。

 それでも起き上がろうとすれば、


「大丈夫ですか?」


 何度目か分からない言葉が、聞こえてくる。


 顔を上げれば、こちらを心配げに見つめる視線と目が合った。


「勇者様」

「……」

「もう、立ち上がらない方が……」


 黙れ。

 音にならない声が洩れる。


 起き上がることをやめれば、

 きっと楽になる。


 だけど、どうしてもできなかった。


『分かった』


 そう言ってくれたから、止めるなんて考えられなかった。


「ですが……」


 聖女様はどこか言い辛そうに、


「勇者様が頑張れば頑張るほど、『彼女』の身が危うくなるかもしれません」

「―――え?」

「『九条梓』」


 はっきりと、その名前を口にした。


「私は今、『九条梓』の中にいますから」

「……」

「力を振るう程、『九条梓』の身体を蝕んでいく」


 『それが今の私ですから』と申し訳なさそうに、呟いた。


「ですが、私は死ねませんので、このままだときっと、」


 その先は言わせなかった。

 痛みも忘れて、斬りかかった。


「……っ!」


 壁に叩きつけられた。

 激痛が襲う。


「勇者様」

 

 こちらを案じ、諭すような声だった。

 壁は、綺麗になっていく。


「……っ」


 激痛が襲い、起き上がれない。

 いや、起き上がれなくなってしまった。


 殺すどころか、逆に傷を負っていき、

 挙句、このままだと、逆に梓の命が脅かされてしまう。


 その事実に、動けなくなった。


「……なんで」


 どうしたらいい。どうしたら、彼女を、


「勇者様」


 労わりに満ちた声が、


「私を選んで頂けませんか?」


 そんな条件を突き付けてきた。


「は……?」

「勇者様が私を受け入れてくださるのでしたら、九条梓から手を引きます」


 微笑みをもって、聖女様は告げてくる。


「私は勇者様さえいれば他に何も望みません」


 打開策を、妥協案を、


「ですから、勇者様。どうか、」


 自分の死を受け入れろと、


「私を選んで頂けませんか?」


 手を、差し伸べてきた。

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