第2話 聖女

 都市の中央にある緑に覆われた広場に、教会はある。

 人々が広場で賑わいを見せる中、教会に一歩足を踏み入れれば、

 そこはもはや別世界だった。


 それは『彼女』の存在がそうさせているのだと思う。

 年は十五、六と言ったところか。勇者と年齢は大差ない。

 しかし、敬虔に教壇の前で祈りを捧げる姿と、泉のように流れる長い白銀の髪が、神秘性を持たせ、見る者の心を奪って離さない。


 勇者も呼吸さえ忘れてしまったかのように、その後ろ姿に見入っていた。

 しかし、魔法使いは気にしない。

 いつものことだからだ。


「聖女様!」

「あ、おい!」


 勇者は慌てて魔法使いを咎めるが、聖女と呼ばれた少女はゆっくりと振り返った。

 紅の瞳がこちらを映す。


「勇者様に、魔法使い様……」


 目を見開いて、申し訳なさそうに、白銀の髪が流れ落ちる。


「申し訳ございません。気付かずにいたなんて、どうかお許し下さい」

「え、いや、あの。どうかお顔を上げて下さい。聖女様。俺達が断りもなく、勝手に押し掛けたのが悪いんですから……」

「そのようなことは……」


 顔を上げた少女――『聖女』は微笑みを湛えていた。


「勇者様達はこの国と、世界を救った英雄。なにより神の祈りを捧げるために、この教会はあるのですから」

「聖女様……」


 聖女の言葉に、勇者は何と言ったらいいのか分からなかった。

 教会は誰に対しても平等であり、開かれているのは確かだ。

 ただ、勇者の場合、神に祈りを捧げに来た訳でなく、なんというか居心地悪さを覚えていた。


「聖女様、聞いて下さいよ。勇者ってば戦いがいつ来ても良いようにって、立ちながら寝てたんですよ?」

「え……」

「あ、おい!」


 魔法使いの突然の暴露に、勇者は焦り、聖女は目を見開いた。


「勇者様、それは誠ですか?」

「ああ、はい……」

「……」


 聖女は心配げに目を伏せながら、綺麗な声音が、勇者の耳を届いた。


「勇者様、この国を大切にくださり、聖女として心から感謝いたします」

「……」

「ですが、もう戦いは終わったのです。もう肩の荷を降ろしください」

「聖女様……」

「勇者達が平穏に暮らされること。それこそが私にとっての唯一の望みなのですから」


 本当に何と言っていいか分からなかった。

 視線を下げたその先に、聖女の足元が見えた。


 聖女の足は鎖でじゃらりと繋がれていた。


* * *


「どうしたの? 勇者」

 

 教会から戻る途中、勇者は足を止めた。

 魔法使いも自然と立ち止まる。


「なぁ」

「ん?」

「あの方はずっとああしていなければならないのか」

「……聖女様のこと?」


 静かに頷きながら、拳は震え、血が出るのではないかと思うほど強く握られていた。


「平穏になったんだったら、あの方だって自由になっていい筈だ。なのに……」

 

 ――聖女は元々、ドラゴンを打ち滅ぼし、世界のために命を投げ出すために、作られた役職の一つだった。体のいい贄として、聖女はあったのだ。

 ドラゴンを滅ぼせる力の素養がある子供を、教会が買い取り、代々聖女として祭り上げる。聖女はドラゴンに人々が襲われた際、その身を賭して、ドラゴンに食われ、一匹でも多く滅ぼし、世界を延命させるためにあった。


 しかし、ドラゴンは勇者達が滅ぼした。


 ならば、聖女となった少女達の魂も祀られ、現聖女も自由になるのが道理。

 その筈が、聖女は自由になるどころか、世界を救えなかった咎として、教会に永久に繋がれ、その罪を雪ぐため、一心に祈りを捧げなければいけなくなった。


 鎖に繋がれているのは罪人の証であり、万が一にも逃げ出さないようにするためだった。


「……仕方ないよ、私達は英雄だけど、教会に意見を言える立場にないんだから」


 教会は国王と同等かそれ以上の権力があり、教会の決定はたとえ勇者達でも逆らうことは許されない。


「けどさ……」

「そんなに嫌なら駆け落ちしちゃう?」

「は?」


 またいつもの冗談かと思ったが、魔法使いの表情は真剣だった。


「聖女様に告白しちゃってさ、『俺と一緒に逃げて下さい』と言って逃げちゃえばいいんだよ」

「魔法使い……」

「聖女様だってまんざらじゃないだろうし。私も剣士も手伝うよ」

「……」


 それが出来たらどんなにいいか。

 そう思う一方で、仲間を巻き込むのはどうしても気が引けた。

 なにより、


「聖女様が俺のことを好きな訳ないだろ」

「もう、勇者って女心に鈍いよね。全く」

 

 魔法使いが呆れたように溜め息を吐いたときだった。


「楽しそうだな。オレも交ぜてくれないか?」


 振り返ると、大柄の男がニッと笑っていた。


「剣士……」


 勇者は驚いて、大柄の男をそう呼んだ。

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