ケルベロス-特殊事件捜査班-

榎本英太

高校一年生編

第1話 “口裂け女”

 僕は真宮深偽まみやしんぎ。嘘みたいな名前だけどこれが本名で、ちゃんと両親から名付けてもらったものだ。歳は15歳。中学校を卒業して高校生という新たな生活を迎えるはずだった。

 しかし、僕は中学を卒業した日に何もかも失った。



 最近になって、妙な遺体が人の目によって発見されることがニュースなどで聞く機会が多くなってきていると思う。

 というのも、その遺体の殺害方法が非人道的であり、本当に人の手で成されたものなのかと疑問に思うことが多いのだ。

 ニュースで報道された女性の殺人遺体が記憶に新しいだろうか。

 某所の住宅街で発見されたのは二十代の女性。死亡時刻は深夜の時間帯であり、スーツ姿だったことから、仕事帰りに襲われたのだろうと推測されている。

 死因は刃物で何度も刺されたことによる失血性ショックと報道されているが、この話はご存知だろうか?

 その女性の遺体には、口元に耳まで届くほど大きく裂かれた傷があったのだ。

 まるで「口裂け女」のようである。

 凶器の特定も出来ておらず、捜査は難航していたことが報道されていたが、三日程してどういうわけかその報道は

 捜査が進展したわけでも、犯人が捕まったという報道もなかった。

 個人的に、ほかの週刊誌や新聞を確認したが、やはりそういった報道はなかった。メディア全てがこの事件に触れなくなったのだ。

 あまりにも不自然すぎるが、そのうち誰の記憶にも留まることのない過去の出来事として片付けられることになるだろう。

 ――――――――――――――――――――(月間オカルトタイムズ、岸谷拓真きしたにたくまの記事より)



 ≪お掛けになった電話番号は電源が入っていないか電波が届かない所に……――――――――≫

 まただ、と、何度目かの溜息を吐いた。

 学校を午前中に終えて、今日はそのまま職場に行こうと予定を立てていたのだが、一緒に行くはずだった人物が一向に来る気配がないのだ。まさかと思って電話をかけるも案の定出ることはなく、機械音声のアナウンスが淡々と対応してくれるだけだった。

 時間に余裕があるとはいえ、彼の都合上、この時間があっという間に潰れるのは目に見えている。二度手間になるのは仕方ないが帰ろうと足を進める。仕事だからと自分に言い聞かせながら。

 学校から15分程歩いた場所にある20階建てマンションのエントランスに入ると、認証キーでロックを解除するとすぐにエレベーターに乗って12階のボタンを押す。大した時間もなく目的の階に着けば自宅の玄関の鍵を解錠してドアを開ける。

 一応、帰ってきたことを家にいるだろう家主に知らせるために「ただいま」と言ってみるが、出迎えてくれることはおろか、返事が返ってくることもない。それはどうしてか?この家の家主が寝ているからだ。

 靴を脱いでリビングに入ると中には電源の入っていないテレビ、すでに冷めてしまっている珈琲が半分ほど入ったマグカップが置いてあるテーブル。その隣に三人掛けのソファーがあって、そこで一人横になっている人物。

 彼こそがこの家の家主で、僕がこれから行く予定の職場に一緒に行くはずだった人物。彼は獅琉炉戯しりゅうろぎ。こいつの名前こそ僕以上におかしいと思う。キラキラネーム以下だ。本名ですら怪しい。

 いつも来ている深緑色のロングカーディガンを頭まで深く被っているせいで脚しか見えないが。外出の際によく着用しているジーンズを履いているあたりはそれなりに用意はしていたのだろう。それがどうしてこうなった。

 考えていても仕方ない。早く彼を起こさねばと声を掛けながらロギの体を揺する。

「ロギ、起きてよ。仕事行かないとまた怒られるよ?」

 彼がこの手段で起きることはほとんどなく、今回も当然のことのように起きる様子はない。

「……まったくもう――――」

 もう何度目になるかわからない溜息を吐くと、ソファーの背凭れの裏に場所を移せば、ロギの体を「せーの」と勢いを付けながら力を込めて押す。そうすれば当然のことながら彼の体は奥行きが大して広くないソファーから簡単に落ちる。カーペットを敷いていないためフローリングに直接ドタっと音を立てて落下する。

 落下してから少しして、ようやく起きたのかソファーの下から呻くような声が聞こえた。

「なんか痛いんだけど」

 ロングカーディガンを頭に被ったまま体を起こした彼はそんなことを言う。

「起きないロギが悪いんだよ。僕が学校終わったらそのまま仕事に行く約束だったでしょ?」

 不満そうな相手の言葉にそう返せば、彼は少し間を置いてから「ああ……」と何かを思い出したように声を漏らす。

「行く準備が早く終わって時間に余裕があったから仮眠をとってたんだったわ」

 言い訳なのか、そう言いながら未だに被っていたカーディガンを取る。室内だというのに顔の下半分を覆う黒いマスク。ロギ曰く、嗅覚が常人以上のあるらしくほんの少しのにおいですらとんでもない情報量やダメージを食らってしまうのだという。マスクである程度防げると言っているが、実際どうなのか僕にはわからない。ロギの名前も嗅覚の話も本人から聞いたわけじゃないからだ。

「とりあえず、早く行こうよ。寝るなら向こうで寝ればいいからさ」

「ええ……仕事行きたくない」

 立ち上がれば僕より一回り以上も背が高い彼が言い放った一言は僕の苛々が爆発するには十分な言葉だった。

「僕より一回り年上が何子供みたいなこと言ってんの!?行く準備までしてるのに!?」

 ロギがこれ以上駄々を捏ねないうちに、僕はどうにか彼を外へと連れ出すことにしたのだった。 



 M県警察本部庁舎。

 警察本部庁舎とはいっても、正確に言えばこの庁舎の地下、警察などの公務員として働いている人たちが入れない場所が僕とロギの職場。

 支部長から言われていた到着時刻から10分遅れて職場に到着した。

 なかなか仕事に行きたがらないロギを引っ張ったものの、結局遅刻してしまった。仮にも僕の先輩にあたる人なはずなのに威厳だとか先輩のような雰囲気だとかそういうものがまったくない。仕事を始めたばかりだし、この人との付き合いだって大して長いわけでもないけど、この人に対しての不安がなくなる気がしない。もう慣れたのだが……。

 職場に入れば、指定されているフロアへと足を運ぶ。と言っても、簡易的な仕切りで区切られたミーティングルームみたいなもので、別にかしこまって行くような場所ではない。

 中にはすでに待っていたようで、僕たちを見ればすぐに目があった。

 一人目は一人用のソファーに座り、スラックスをサスペンダーで釣った小太りの中年男性。二人目はその男性の傍に立っていたビジネススーツを着た若い女性。

 この二人だけ見ていると、どこかの会社の社長と秘書だ。

 まあ、似たようなものなのだが。

 男性のほうは龍御寺政宗りゅうおんじまさむね。この施設の管理を任されている責任者で東北支部の支部長。女性のほうは君原智枝きみはらともえ。この支部の情報整理を任されている秘書だ。

 ほかの支部の様子を聞くことはないが、支部長の龍御寺や秘書の君原から仕事の内容を聞くことが多い。少なくとも君原から直接話を聞く。

 その二人が、僕たちと目が合うや否や一番に反応を見せたのは君原だった。

「10分の遅刻ですよ」

 彼女は仕事と時間に関しての厳しさはここではかなり有名だ。そして仕事の遅刻魔であるロギもかなり有名。

「僕はロギを連れてくる努力はしましたよ」

 実際遅刻の原因はロギのせいなんだから。

 でも君原はそれを認めてくれる気はないらしい。

「それでももう少し早く来れましたよね。シンギ君は午前で学校終えているんですから時間的にもかなり余裕があったはずですよ」

 そうだ。午前で授業を終えて学校を出たのは午後の1時過ぎ。職場には今日の夕方5時に来るよう言われていたため、時間的にはかなり余裕があったのだ。

 だが、学校を終えたらそのまま職場に直接行こうということになったのには、ロギが常日頃から遅刻をしてしまうため、どうせ昼寝と称して長時間も熟睡してしまうのだから、寝るなら職場で寝てくれと説得したからだ。

 それなのに遅刻してしまったのだ。解せない。

「それでも努力はしました」

 それしか言い返せる言葉がない。実際ここまで連れてくるのに駄々を捏ねまくり、バイクでの移動中も、彼が運転しているのをいいことに何度も道を逸らして遠回りしまくったのだ。正直言ってここに来るだけで疲れた。

「悪いのはロギです」

 それを言えば、さすがの君原も察してくれたのか、今度はロギをキッと睨んでくれた。実際に悪いのはロギだし。

「困らせたんですか?」

「いつもやっていることと変わらないだろ?」

 マスク越しのぐもった声は反省の色を見せない。これもいつものことなんだが、君原はいつもそれに突っかかる。

「いつもやっているとわかっているなら、いい加減改めたらどうです!?」

 改めて言うが、このミーティングルームは簡易的な仕切りで区切られた空間であって、玄関のあるホールから隔離された空間ではない。当然のことながら、君原の怒鳴り声はホールへと大きく響いた。わけあって特注のイヤーウィスパーをつけている僕の耳にもキンと響く。

「まあまあ、君原くんも落ち着いて。獅琉の遅刻はいつものことだし、仕事の話をしようじゃないか」

 君原の興奮を抑えようとようやく龍御寺が口を開いたことで、僕らの仕事に関しての話がようやく聞けるようになった。未だに君原はロギを睨んではいるんだが……。

 昔から存在すると噂される怪物、怪人、所謂都市伝説なんかで登場するもの。それを公に知られることなく、秘密裏に消していく組織。僕はそこに所属している。

 表向きには警察に属するものとして『特殊事件捜査班』と呼ばれているらしいが、ざっくりと言ってしまうと警察などの組織とは別で独立した組織らしい。そのあたりの難しい話はよくわからない。

 僕らの仕事は、都市伝説で登場するような怪物、怪人が起こす怪異を治めること。平たくいえば怪異を起こしている怪物、怪人を殺してしまうというものだ。

 怪物など存在するはずがない。大抵の人がそう言って相手にもしないのだろうが、それは今までこの組織が秘密裏に処理を行ってきたからこそ。一般の人が介入することなど許されることではないのだという。

 何故なら、その怪物、怪人を生み出すのは人の言葉だから。

 どんな噂話も結局元を辿ればそれを作り上げるのは人なのだという。

 例えば、子供に言い聞かせる言葉「夜遅くまで外で遊んでいると、そんな悪い子を攫うおばけが出るよ」とかそういうもの。

 その作り話を子供が怖がり、暗いところでそれが具現化する。その作り話に出てくる怪物を殺すのが、僕たちの仕事。 

 龍御寺の一言もあり、僕とロギは向かいのソファーに座り、君原も切り替えるようにソファーに座りなおすと深く息を吐いてからテーブルに置いてあったA4サイズの茶封筒を手に取り中から資料と思われる用紙を何枚かそのテーブルに広げた。

「今回は“口裂け女”です」

 君原が説明を始めると、隣に座っていたロギがあからさまにやる気を失くしたように肩を落とした。それからソファーの背凭れにだらしなく凭れかかる。

「俺たちを呼んだからそこそこ大事な仕事なのかと思えば、なんでそんな仕事寄こすんだよ」

 躊躇いなく不満を口にするからロギはすごいと思う。僕は見ててだいぶハラハラするけど。

“口裂け女”

 文字通り口の裂けた女。その誕生には諸説あるが、学校帰りの学生に「私きれい?」と問いかけるマスクをした女が現れる。問われた学生が「きれい」と答えると「これでも?」と女はマスクを外し、耳まで大きく裂けた口を見せるのだという。ちなみに「きれいじゃない」と答えると、鎌や鋏で切り殺されるそうだ。

 実際、女性が口を裂かれて殺害された女性がニュースで報道されていたため、絶対こっちの仕事になるだろうとは思っていたのだが、僕たちに回されるとは思わなかった。

“口裂け女”は頻繁に現れる怪物で、そこまで手のかからないものだ。

 だからほかの社員がやってくれるとロギも思っていたのだろう。

「仕事には変わりありません。指示された以上は行動を取ってもらいます」

「……場所は?」

「――地区の小学校付近です。遺体発見現場から想定される範囲にあった小学校です」

 君原の説明を聞き終わったわけでもないのに、ロギは席を立つとミーティングルームを出ようとする。

「ちょっ……まだ話が終わってません」

 君原が慌てて呼び止めるも、ロギはそれを無視してそのまま出て行ってしまう。

「ロギはたぶんもう説明は必要ないと思ったんだと思いますよ?仕事はちゃんとしますから」

 僕のフォローが通じているのかはともかく、先に行ってしまったロギを追わねばと二人に軽く頭を下げてからミーティングルームを出る。

 ロギはまだ施設を出ていなかったが、出入り口を今にも潜ろうとしているところで、僕は慌てて走って彼にどうにか追いつく。

「君原さん、すごく怒ってるよ」

「……それこそいつものことだろ?」

 反省の色はやっぱり見えない。二人のやりとりは、僕が初めてここに来た時からずっと続いているし、たぶん二人が出会った時からなんだと思う。

「説明いらないなら、ちゃんと言えばいいのに……」

 僕の愚痴を聞いていたのかいないのか、ロギは溜息を吐くと駐車場へと足を進める。僕もそれについていくとロギが所有しているバイクが見えた。どうやらバイクで直接行くらしい。

「場所は学校近くだったな。近くのパーキングで停めて、そこから歩き」

 君原の説明は大体聞いていたらしい。

 ロギに半ヘルメットを渡されて被っている間にバイクのエンジン音が鹿駐車場に響く。

「今度は寄り道とかしないでよ?」

 念のため釘を刺すとさすがのロギも「言われた仕事はやるから」とのこと。

 スイッチが入るまでに時間がかかるとはいえ、スイッチが入りさえすればそれなりに真面目にやるのだからそこは尊敬できるところでもある。

 半ヘルメットを被りベルトを締めれば未だに慣れない動作でロギが乗るバイクに跨る。バイクはすぐに走り出した。

 指定された学校には大した時間もかけずに到着した。学校から一番近い駅のパーキングエリアにバイクを止めてから、ロギは慣れた足取りで小学校近くまで歩いていく。

 僕より土地勘があるのだろうかと、ロギに聞けば中学校の頃に近くに用事があったことがあり何度か近くを小学校を訪れたらしい。

 小学校近くに着くと、下校時間なのか小学生がランドセルを背負って歩いているのを何度か見かけた。

“口裂け女”が出現する時間ならもうこの時間なのだが……出てくる様子は見られない。これは諸説ある“口裂け女”の苦手なものの一つ、“子供の集団”がいるからだろうか。

「いないね。もう少し遅い時間かな」

 周囲を見回してもそれらしい人物を見るけることができず、僕はそう言うと、ロギはスマホで何かを確認していた。歩きスマホはいけないと思う。

「ロギ?」

「ニュース見てないのか?今回の被害者は、OLさんだ。おそらく子供は範囲に入らない……いや、入るかもしれないけど、子供だけじゃなくて大人も範囲に入る」

 それを聞いて僕は今朝に見たニュースを思い出す。殺されたのは子供ではなく大人の女性だった。“口裂け女”は必ず子供を襲う。そんな固定概念があるから僕も一瞬思考が止まってしまっていた。

「じゃあ、どうやって探すの?」

「こっちに入ってる情報は夜中に殺されたってことだけ。手口は言わなくても十分にわかる。場所の特定はしなくてもいい。夜中に出歩いていりゃ、あいつは呼んでもいないのに勝手にこっちに来る」

 なるほど、と頷くが今は夕方。夜中、ロギが予想している時間まで何をして過ごすつもりなのだろうか。

「ロギ、時間までどうするの?」

「近くにカフェあるからそこで時間を潰す」

「別にいいけど寝ないでよ?」

 他に時間を潰すようなこともなかったから同意するも、僕は彼が眠ってまた仕事をしなくなるのではないかとひやひやする。

「確約はしない。でも善処しようか」

 彼の回答には不安でしかない。その不安が杞憂になることももちろんないのだが。

 ロギがカフェでブラックコーヒーを頼んで飲んでいたはずなのにすぐに眠ったのは、まあ、当然の結果としかいえない。時間までに起きてくれればそれでいいんだが、テーブルに突っ伏して爆睡しているこの人物は起きてくれるだろうか。

 というか、これだけ寝ていてまだ寝足りないらしい。いつまで経っても解けない疑問だ。



 カフェの閉店30分前にようやく起きたロギは寝足りないのかいまだに欠伸が数分おきに出ている。

「まだ眠いの?」

「もうちょっと寝れれば気持ちよく起きれたと思う」

「お店の迷惑だからやめてよ」

 反省の色など彼から見えるはずもなく溜息を吐くと、隣にいたはずの相棒がいないことに気づいた。

「……ロギ?――――ぁっ」

 いないことに気づくと同時にイヤーウィスパー越しに聞こえる金属が擦れる音。

 後ろから聞こえて慌てて振り返ればそこにいなくなっていたロギが自分に背を向けて立っていた。さらに彼が見つめる視線の先にから聞こえるシャキンと擦れるような金属音。

 そして、


『ワ……ワタ、シ……キ、キ、レイ……イイ、イ………?』


 いつになっても慣れないノイズの混じる底を這うような気味の悪い男とも女ともいえない声が聞こえてくる。

『……ワタシ、キ、キキ……キレイ……?』

 こちらへと近づきながら何度も同じことを聞く、ふらふらと歩く人物は、街路灯に照らされてようやくその姿がはっきりと見えるようになった。

 赤いコート、コツコツと音を鳴らすハイヒール、右手にはシャキンキャキンと開閉を繰り返す鋏が握られていて、顔の下半分を覆うマスクは所々赤黒く染まっている。

 都市伝説でよく聞く“口裂け女”の姿だった。

 金縛りに遭ったみたいに僕の体が動かなくなる。恐怖が僕の頭の中を支配している。

「シンギ」

 不意に、僕を呼ぶ声が聞こえた。恐怖で他の情報が入らない中、それだけが僕の耳に響いたのだ。

「ロギ?」

 気づけば、ロギは僕を見ていた。その表情は僕を心配しているとかそんな顔じゃなかった。いつもの、普段と変わらない表情だった。

「シンギ、無理ならそれでいいよ。いつまで経ったって慣れない奴が多い。それが普通だ」

 ロギはいつもと変わらない普段通りの口調で僕に言うと、黒のマスクを外して、代わりに反面タイプのガスマスクを被る。これはロギの怪物を相手にする時に使うものだ。怪物のにおいはどうしても嫌なんだという。

 また僕に背を向けて、カーディガンの中に手を入れる。彼が着ているロングカーディガンの中から何かがするりと降りてくる。それは住宅街に点々と並ぶ街路灯に反射して黒光りした。彼に握られているそれは柄や刀身、刃も全て黒く塗られたククリナイフ。“口裂け女”を“怪物”を殺すための道具だ。

「あんたが『綺麗』かって?」

 そう言って駆け出すロギはいつもより楽しそうな声色で。

「いきなり綺麗かどうか聞かれても困るし」

“口裂け女”が振るう鋏を慣れたように難なく避けて。

「マスクのせいで顔が見えないし」

 鋏を持つ右手をククリナイフで手首ごと切断して。

「はっきり言って醜女ブスだわ」

 右手を切断したククリナイフを刃の向きを変えるように持ち替えながら振り返りざまに“口裂け女”の首を掻き切った。音もなく崩れ落ちる“口裂け女”を軽く見れば、ロギはククリナイフを肩に担いで深く溜息を吐いた。

「はい、終わり終わり」

 これだけで一分未満。スイッチの入ったロギの仕事の速さは尊敬できるところでもある。

「帰るぞ。明日報告すればいいから」

 彼はそう言いながらロングカーディガンの中に隠しているククリナイフ用のホルダーに慣れた手付きでそれをしまえばバイクを停めているパーキングエリアへと足を進める。

 結局、僕は何もできないままロギの後ろをついていく。いつまで経っても慣れない怪物殺し。彼はそのままでいいというけど、それじゃあ仕事にならない。一応お給料貰ってるわけだし。

 振り向くと、動かなくなった“口裂け女”は倒れて少ししてからその形が崩れてさらさらと風に流れていくのが見えた。それは言葉。“口裂け女”を形作るための人々の噂話で生まれた言葉たちだ。

 怪物を形作るもの、それは人々の言葉。

 モノを創造し、それを伝える人がいる限り怪物も絶え間なく湧いて出てくる。それもロギが言った言葉だ。その意味を僕がもう少し深くまで知るのはもう少し後になる。

 そんなことを思いながら、僕はロギが絶対に出さない報告書の内容を考えて、ロギの後を追うのだ。



 僕は真宮深偽まみやしんぎ。嘘みたいな名前だけどこれが本名で、ちゃんと両親から名付けてもらったものだ。歳は15歳。もうすぐ16歳。中学校を卒業して高校生という新たな生活を迎えるはずだった。

 しかし、僕は中学を卒業した日に何もかも失った。

 それでも僕は何故かまだ僕として生きていた。

 あの日に僕に何があったのか覚えていない。

 僕に何があったのか、僕の家族を奪った怪物はなんなのか、手がかりを探すため、僕は非日常へと足を踏み入れた。

 これは僕の記憶を探す話。

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