ドラゴンさんの子育て日記

池中 織奈

ドラゴンさんの子育て日記①

新聖歴888年 宵月の二十二日




 人間の赤子を拾った。人間とは元々脆弱な生き物であるとは知っているが、これほどまでに小さいとは。

 散歩の途中に地面を見つめればわらわらと虫けらのようにわいておる人間という生き物。

 我を討伐せんとやってくる人間は赤子よりも随分大きい。人間の赤子はドラゴンの赤子に踏みつぶされてしまってもおかしくないほど小さい。それに加え鱗も持ち合わせておらぬし、鋭い牙もない。

 人間の赤子というのは、どうやって生きているのだろうか。

 興味本位で拾ってきてしまったものの、やり方がわからない。

 我の本来の姿は大人の人間の十数倍もある。そんな我がこのように小さき脆弱なものを本来の姿で扱えるはずもない。

 わざわざ人化の術を使って赤ん坊を抱いてみた。

 なんて、弱いことか!

 触れれば思わず爪が食い込みそうになった。我が抱き上げれば泣きわめいておった。

 煩い生き物だ。

 しかし、我は人間の赤子という未知なる生物に興味が湧いておった。

 昔、ほんの百年ほど昔に、人間の友人がおった。人間にしては強く、我を楽しませてくれた友人だ。寿命が故に、もういない。正直あの友人は生まれる種族を間違ったとさえ我は思っておった。うむ、もう会えない友人の事を思うと少し悲しくなってしまうの。考えないようにしよう。

 そう、その友人は子供が沢山おった。魔族と番っておって、沢山の命をこの世界に産み落としてはかなくなったのだ。そう、人間と魔族の子だからの、中には人間のような脆弱なものもおったはずじゃ。あ奴は母親になってからというもの、我の元には来なくなった。

 来ない分使い魔に『交換日記』なるものを持たせておった。あれは中々愉快であった。

 人間の赤子を拾ったのである。せっかくなので『子育て日記』なるものを書いて暇つぶしをするのである。

 そんなわけでこれを書いておる。

 あ奴のせいで我は文章を書くのが中々好きなのだ。しかし、あ奴がいなくなった今日記なるものを書く必要性もなくうずうずしておった。

 さて、我は赤子を拾って巣穴に戻ったわけだが、重大な問題に気づいた。

 人間の赤子は何を食らうのだ? ということだ。

 ドラゴンの赤子はまず殻から這い出てすぐ、その卵の殻を食す。しかしだ。人間の赤ん坊というものは卵からは産まれぬという。それでいて差し出した生肉は食わぬ。

 ドラゴンの赤子ならかぶりつくというのに。このままではせっかく拾ったというのに赤子は餓死してしまうと困っておったら、赤子が人化した我の乳をちゅーちゅーすいはじめた。何も出ぬというのにだ。

 そういえばむかーし、あ奴が言っておった気がする。人間の赤子は母親の母乳を吸うのだと。

 我は雌であるが、母乳など出ぬ。人化しているが、そもそも本体は竜である。はて、しかし昔なんかよくわからないが、乳から白いのを出しとるものがおったきがする。………確か人間と番ったものだったか。ふむ、あれはもしかしたら母乳だったのではないか。

 異種族と番った際には番った異種族の特徴が現れるのもこの世界の不思議である。うむ、なら、母乳か。と、我は御年三二八歳にしてまた賢くなった。知力の上限はないものである。賢くなれて、我、うれしい。

 とりあえずいくら乳を吸われようとも人間と番ったこともない我からは母乳は出ぬ。わんわん泣いておる。どうにかせねばと我は近くの里から人間をさらってきた。

 人間の女子

おなご

は我の鉤爪にとらわれてからびくびくして震えておった。別にとって食わぬぞ。

 女子は巣穴にいる赤子を見て驚いておった。我が、赤子は何を食うのか。お主は母乳なるものが出せるのかと問えば、出せないと告げて女子はおこりよった。この、我にだ。

 赤ん坊の生活環境ではないだの、赤ん坊は守るべきものだの。

 友人と違って力も何もない女子がだ。我、人間とは弱き者を守るために強者に向かっていくことができるのかとちょっと感動した。うるうるである。我、ちょっと涙腺が緩い。ぎょっとされた。

 実は友人の事を考えているだけでもちょっと泣きそうであった我である。友人ともう会えないのは100年経っても我は悲しいのだ。

 女子が慰めてくれた。女子、優しい。

 女子、赤ん坊の食べ物持ってきてくれるらしいから村に戻りたいいってくれた。

 連れていったらさらわれた女子が戻ってきたと村は騒がしい。どうやら女子を我が食ろうたと思っていたらしい。

 人間の長らしき人物に山のドラゴン様だなどとあがめられた。我は人間にとって偉いらしい。ちょっと気分が良い。

 それから人間用の赤子のミルクをもらった。あと子育て用具なども。女子に早く帰って与えなきゃといわれた。我一人で帰って与えるつもりが、女子、心配だとついてきた。

 ミルクを早速与えようとしていたらそれじゃあダメと怒られた。とりあえず口に突っ込もうというやり方はダメらしい。

 人間の赤子とは奥深い。

 人化した我を見て女子は驚いた顔をしておった。竜の人化を見るのははじめてだったのかもしれぬ。

 女子に村で面倒をみようかと提案されたが、これは我の拾ったものだと断った。

 そしたら女子が手伝ってくれるといってくれた。我一人だと心配らしい。うぬぅ、我信用がなくてちょっと落ち込んだ。

 落ち込んだ我は女子に慰めてもらった。女子がくれた人間の作るお菓子がおいしかった。

 それから女子が子育てについて語ってくれた。女子は母ではないらしいが、年の離れた弟妹がおり赤子の扱いになれていたらしい。

 女子を我の子育ての先生に認定した。

 友人が「知らないことを教えてくれた人には先生ってよんであげたら?」とか言っていたため、先生と読んだら女子に名前で呼んでいいと言われた。名前はライラというらしい。

 甘い果実の名だ。ライラは黄色い実の果実で、食べるとぶわっと甘みが広がりうまいのだ。我、ライラ好き。思わずよだれが出た。

 ぎょっとされた。

 ライラはぎょっとしてばかりである。

 その日、ライラは我の巣穴に泊まり込んで色々教えてくれた。

 やはりライラは先生だと、ライラ先生と呼んでみたらやめてっと言われた。ふむ、先生とは敬意の現れの言葉だと友人はいっておったのに、何が不満なのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る