第39話 観察日記

【4月9日】

 サークルの勧誘をしていたら、めちゃくちゃ可愛い子を見つけた。まだ入学して間もないっていうのに沢山の女の子達をはべらしていたな。てっきり女の子だと思ったけど本人は男って言い張ってる。即サークルに誘ったけど、バイトをしたいからと断られてしまった。残念。まあ諦めないけど。


【4月13日】

 今日はサークルの新歓だった。嫌がる千秋(名前まで可愛い)を無理矢理連れてきた。すごく迷惑そうな顔をしていたけど、暫くしたら勧められるままに酒を飲んでいた。案外チョロい。酔っ払って俺の肩に凭れかかってきた時、とても良い匂いがした。本当に男なんだろうか? まあどっちでもいいけど。


【4月17日】

 結局サークルには入って貰えなかった。学年違うから同じサークルでもなきゃ接点作れないと思ったんだけどな…。まあ常に千秋のこと見てればいっか。そのための観察日記だし。


【4月22日】

 千秋のバイト先を突き止めた。どうやら執事喫茶で働いているみたいだ。執事姿もまたとても似合っていてめちゃくちゃ可愛かった。でも個人的にはメイド姿も見たいな。俺もすぐにそこで働きたかったけど、練習があるし…。比較的自由がきく来年から始めようと思う。


【4月25日】

 千秋を補充しに講義室を覗き見したらシャーペンを咥えながら寝ていて、そのままじゃ船を漕いでるうちに喉を刺しそうだった。そんな千秋も可愛かったけど、死なれたら困るので慌てて喋りかけたら恥ずかしそうに目を逸らされた。可愛い。本能のまま抱き着いたらものすごい勢いで突き飛ばされた。可愛い。


【4月28日】

 今日は千秋に会えなかった。だからずっと千秋が着たら似合う服装を考えていた。やっぱり王道にナース服かな。ミニポリスもいいかも。浴衣とかエロいよな…。今度絶対着てもらおうと心に誓った。


【4月30日】

 千秋が可愛すぎて辛い。上目遣いする千秋も眠そうな千秋も女の子誘惑してる千秋も俺の顔見た途端顔しかめる千秋も可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛―――



 パタリ。


 ちょっと冷静になろうか。そう思い一旦ノートを閉じる。

 そしてもう一度同じページを開いた。


「……」


 いややっぱこれ俺のことじゃん!!?

 何回読んでも書いてある字は変わらないよ!!!

 なんの観察日記だろ〜? って気軽に開いたら俺の観察日記かよ!?

 いや待ってどういうこと!? 全く脳が状況処理に追いついてないんですけど!?


 とりあえず日記の始まりでもある去年の4月のページは全部読んだけど、見事に俺――――朝比奈千秋関連のことしか書いてない。

 てかめっちゃ初期の頃からストーカーしてるやん。なんてツッコミが出てしまうが、多分コレはそんな次元ではない。

 ちょっと怖くて5月以降のページはめくる気がしなかった。

 だってこの気持ち悪い内容の日記が今日まで続いてるってことだろ……? どんな地獄だよ。


 いや、でもほら、もしかしたら血迷ったのは最初だけかもしれないし……?

 と、それこそ自分が血迷ってる気しかしないが、一縷の望みを抱いて再度ノートに手を伸ばす。


 適当に開いたページは丁度半年前だった。


『ついに千秋は女だと確信した。じゃあいざとなれば既成事実を作れるということか。最高だ』


 最悪だ。開いたのは間違いでしかなかった。

 既成事実ってなに? なんて、考えたくもない。

 マジで何考えてんだあの駄犬。いやもう駄犬ってレベルじゃなくないか……?


 とそこで、ある重大なことに気付いてしまった。

 誰が見てもヤバイ日記を当事者の俺が読んでしまったというこの状況。ヤバイ×無限大。ヤバイが爆発している。

 え、どうしよう。千秋くんパニック。


 そして追い討ちをかけるように聞こえてくる足音。なるほどこれが万事休すというやつか。

 ……よし、とりあえず寝たふりをしよう。

 そう決めた瞬間すぐさまノートを机の上に戻しさっき寝ていたベッドに潜り込んだ。

 そのまま僅かに震える肩を抱きしめ目を閉じる。

 準備は万端だ。さあいつでも来るが良い!


 ――――ガチャ。


「ちーあき! ご飯作ってきたぞ〜!」

「……」

「あれ寝ちゃった? ……なわけないか。薬は完全に抜けてるし。どうせそこに置いてある千秋の観察日記読んじゃってパニックになった挙句とりあえず寝たふりしようとしたんだよな〜? ほんと可愛いっ」

「いや全部バレてるううううう」


 なんで!? 先輩なんなの超能力者なの!!?

 思わず飛び起きてしまった俺に、先輩は満面の笑みを向けた。


「あっ、やっぱり起きてた! 予想大当たり〜〜」


 飛び起きた俺よ、マジで何万回死んでも罪は軽くならないからな。

 勉強机に美味しそうな匂いのするご飯を置いて、代わりにノートを手にこちらへ歩み寄る先輩。


 え、ちょ、待っ―――ストップストップ!!

 こちら半径1m以内危険人物立ち入り禁止です!!!


「んで? どこまで読んだ?」

「さ、最初のページと……半年前のところ……」

「あれ〜なんだ、じゃあ全部は読めてないのか。ちょっと来るの早かったかな〜?」


 ……。

 …………。

 ………………。


 いや、は?


「あの、先輩? もしかしてそれ、俺に読ませたかったんですか?」

「ん? そりゃそうだよ。じゃなきゃあんなわかりやすいところに置かないだろ」

「いやいやいやいや。おかしすぎるだろ。何のために?」

「俺の全部を知ってもらうためにっ」


 ???????


 キャッという効果音がつきそうなくらい照れている様子の先輩に対し、俺の頭の中はハテナのみ。

 ごめんやっぱり意味がわからない。

 あんなヤバイが具現化しちゃったようなブツを好き好んで見せたがるってヤバくない? マジで先輩ヤバイ性癖持ってんじゃないの?

 まあ確かに明らかに『読んでください』って言ってるような怪しいノートを軽率に手に取っちゃった俺も悪いけど……。

 いややっぱ全然俺悪くない。どうやら感覚が麻痺しているようだ。


「……えーっと、先輩」

「なんだ? 千秋」

「せ、先輩のことはよーくわかりました。ということで、俺は帰ります」

「ご飯食べないのか?」

「食べません」


 つーかこの状況で呑気に先輩の作った何が入ってるかわからないご飯食べるわけないだろ。そんなバカがいたら見てみたいわ。


「そっか〜残念だな。千秋のためにサーモンとアボカド丼作ったのに」

「ファッ……!?!?」


 おいおいおいおいおいいいいい!!?

 よりによってその最高of最高の組み合わせかよ!!?

 はあああああ!!?

 この野郎どんだけ性格悪いんだ!!?


「た、食べません!!!」

「サーモンもアボカドも現地取り寄せの最高級品のやつだぞ? ついでに白米はコシヒカリ炊きたてツヤツヤだ」

「た、たたたたたた食べません!!!」

「ん〜じゃあ今ならおまけにわらび餅も付けてあげよう。これは予約3ヶ月待ちの《わらざえもん》特製のわらび餅で―――」

「いっそ殺してええええ!!!」


 クソ!! なんなんだよ!!

 言わずもがなわらび餅は大の好物だよ! なんならサーモンアボカド丼より食べたいよ!!

 しかも笑座衛門のって……うう……喉から手が出るほど欲しい……。


「あはははっ。ごめんごめん。ちょっと苛めすぎたな。そんなに食べたい?」

「食べたいいいい……でも怖いいいいい……」

「いつもの千秋ならすぐ飛びつくのにな〜。そんなに俺が怖いか?」

「うん……怖いよう……」

「怖がってる千秋可愛いっ」


 いや、今絶対抱き着く場面じゃない。それだけは確かだ。

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