第32話 忍び寄る影

 なんとか温泉旅行から無事に帰り、何の変哲も無い日常に戻って―――


「ん?なんだこれ」


 戻って……?


 只今大学構内。次の授業の準備をしようとカバンの中に手を入れたら、カサリと何かが指に触れ首を傾げる。取り出してみると、それは手紙のようだった。

 こんなのいつの間に入ったんだろう?

 真っ白な封筒に入った真っ白な便箋。なんだろ、ラブレターかな?


 ワクワクしながら書かれた文字に目を走らせると―――


『誰とも喋るな』


 紙のど真ん中にそれだけが書かれていた。

 えっ……ラブレターじゃなかった……。ガーーーン。

 てか誰とも喋るなってそんなの無理じゃね? 全く誰のいたずらだよ〜、と溜息を零して今度こそ筆箱とルーズリーフを取り出す。


 丁度講義が始まって、謎の手紙のことは頭の隅に追いやった。



 ――――この時、手紙を軽く扱ったことを後に後悔することとなる。



 ◆◇◆



 よっし講義終わった。この先生ずっと一人で喋ってるばっかで眠り堪えるの大変だったな〜。ってそんな講義が大半だけど。

 次は空きコマか〜課題の続きでもやろうかな。


 とりあえず講義室を出てカフェテリアに行くか図書館に行くか迷っていると……。


「あ、千秋。次授業?」


 後ろから声をかけられ、反射的に振り返る。はいこの声は愛しの琳門キュンです。


「ううん、空きコマだよ〜」

「僕も。一緒に時間潰さない?」

「そうしよっか!」


 すぐさま提案に乗っかると、嬉しそうに笑みを濃くした琳門。はい可愛い。好き。


「丁度カフェテリアか図書館どっちに行こうか迷ってて―――」

「こっち」


 と、琳門が俺の手を掴み強引に引っ張っていく。

 きゃああ琳門が積極的ぃいい可愛いいいい。


 連れてこられたのは空き教室。

 なるほど、まあ確かに周りに人がいない方が勉強に集中できるか……


「じゃ、約束した通りリハビリ付き合ってね?」


 ……ん?


「まずは〜右手を僕の腰に当てて、反対の手は頬に……そうそう、そのまま顔を近づけて―――」

「んんん???」


 ちょいちょいちょい。

 待ってまってMATTE?? そりゃ積極的な琳門は可愛いけど何か違くない?? これどう見ても俺が琳門にキスする体勢じゃん!!


「り、りりり琳門??」

「ほら早く」

「ストップ!! なんか違くない??」

「何が? リハビリと言ったらやっぱこれでしょ」

「え、そうなの?」


 へーーー知らなかったナーーー女性恐怖症を克服するためにはキスが必要……ってんなわけあるかーーー!!!


「そうそう。だからほら、ね?」

「り、琳門っ、まっ―――」


 いつの間にか琳門の手が腰に回ってきていて、さっきと体勢が逆になってる。

 こ、こんな可愛い子に襲われるなんて―――あ、ちょっと萌える。

 なんて絆されそうになった時。


「―――ッ!?」

「……千秋?」


 突如バッ! と振り返った俺を、今まさに唇を合わせようとしていた琳門が動きを止めて不思議そうに見る。

 今、なんか視線を感じたような……。

 けれど教室の出入り口に視線を走らせても誰もいない。あれ、気のせいだったかな……。


「どうかした?」

「いや……誰かに見られてたような……」

「ふーん……誰もいないけど?」

「おかしいな……」

「そうやって気を逸らそうとしても無駄だから」

「えっ? いや、確かに何か、」

「千秋ひどい! リハビリ手伝ってくれるって言ったのに!」

「!? ちがっ、」


 琳門は俺の行動をなにやら勘違いしてしまったようで、顔を抑えてしゃがみ込む。

 わわわわ、そんな、琳門を悲しませてしまうなんて……。

 もう得体の知れない視線のことなんてどうでもいい! 琳門をどうにかしないと!!


 ……そうだよね、リハビリ手伝うって言ったのは俺なんだし、ちゃんと自分の発言に責任持たなきゃ。


「り、琳門ごめんね? 手伝うから顔上げて?」

「……ほんと?」


 琳門に合わせてしゃがみ込み、優しく語りかけるように言うと、琳門が少しだけ顔を見せてくれる。


「ほんとほんと! なんでも言って!」


 いや、なんでもは言い過ぎたか? まあキス以外ならなんでも……。


「じゃあギュってして」


 すると、琳門が少し恥ずかしそうにお願いしてきた。

 瞬時に鼻を押さえる。ヤバイ、油断したら出る。もれなくアレがドパッと出るぞ。耐えるんだ千秋!!

 ああもう!! 相変わらず可愛さが無限大だな!! ギューくらいならいくらでもしようではないか!!


 琳門を立ち上がらせて、腕を伸ばす。シークレットブーツを履いた俺より琳門は少しちっちゃいので、とても抱きやすい。だけどやっぱり身体は男の子で、胸板とか背中はしっかりしている。


「柔らかい……良い匂いがする……」


 すると、琳門も抱きしめ返してきて、俺の肩に自分の顎を乗せスンスンと息を吸っていた。ちょ、ちょっと恥ずかしいな……。


 暫くそんな状態が続いた後、徐に琳門が動いた。


「ありがとう千秋。もう満足した」

「いいえー」


 そう言ってゆっくりと離れた琳門。顔を見ると嬉しそうににこにこ笑っている。満足してくれたなら良かった。


「じゃあ最後に目瞑って?」

「はいはーい」


 言われた通りに目を閉じる。

 ふぅ、とりあえずこれでリハビリは終了だな。改めてするとちょっと恥ずかしかったけど、ハグくらいならいつでも―――《チュッ》


「!?」

「じゃあねー千秋、またバイトで会おう」


 目を開けると、ひらひらと手を振って教室を出て行く琳門が見えた。

 えっ、いや、今、俺何された? なんか唇にふにって、ふにって……って思いっきりチューされとるやないかーーーい!!


 え!? だってさっき満足したって言ったじゃん!! リハビリはハグで良かったんじゃないの!? 結局最後はチューするのかよ!!

 琳門、まさか俺のこと騙して……いやいやいや。琳門に限ってそんなことないよね。あんなキューティフェイスで嘘がつけるわけ……。

 まあ嘘つき琳門も可愛いけど。ペロッと許しちゃいそうだけど。

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