第30話 捕獲
「――――なあ、俺がなんでこんなクソつまんねえとこに来たかわかるか?」
「ひい!?」
突如瞳をケモノみたいに光らせて、いつもの低音ボイスで囁かれたもんだから、少しビビってた私はさらに怯えてしまった。
「お、温泉が好きだから?」
「ちげえよ」
ですよねー。
「じゃ、じゃあ―――」
「当然だが仲良しごっこをするためでもない」
あ、左様ですか。
なんだてっきり一人だけ仲間外れはいや!とかいって特に仲良くもない私達についてきたのかと。
「だったらなんだよ」
もう考えてもわけわかめなので投げやりに聞いてみる。すると倭人は相変わらず色気だだ漏れで、だけどいつもよりは熱っぽく――――
「……ッ!?」
「ふっ、イイ顔」
唇を塞いできた。
うん、塞いできた、じゃないよね。もうこの男には何度同じツッコミをしたかわからない。
「お前なに勝手にしてんの!?」
「そこに唇があったから」
「ああなるほどね……ってなるわけえええ!!」
怒りのままドン! と倭人の身体を押したけど、当然のごとくビクともしない。
「お前いい加減こういうことやめろって!!」
「あーあ、もっと千秋チャンとイチャイチャできると思ったのになぁ」
「ねえ聞いてる!?」
「まあ女姿見れたのは収穫だったけどな。想像以上の出来にそのまま襲おうとしたら邪魔入るし」
「あ、あの〜倭人さん?」
珍しく一人でベラベラ喋り出す倭人。
あれ〜? おかしいな〜? 私の声だけシャットアウトされてるのかな〜??
「寸前まで煽られたせいで、どっかで欲吐き出さねえといけなくなったじゃねーか」
この誘惑魔が、と罵ってくる倭人。
いや、それどう考えてもお前の方だから!!
私がいつ誘惑したよ!? 俺はいつだって女の子しか誘惑してなかったけど!? なんたって《誘惑系執事》だからね!!
……いや、待てよ。それより……私がいなくなった後すぐ姿消したのってそういうこと!? え、じゃあ何か? 夕飯も食べずに今まで欲吐き出してたってこと!?
はあ!!!?
「おまっ、ふざけんなよ! 旅行来てまでナニやってんだよ!!」
「お前のせいだろうが」
「いやどこが!? 私が悪いの!?」
「基本全部お前が悪い」
「理不尽過ぎない!?」
ちょっと、誰か私のフォローして!!
ていうかお前にだけは言われたくないよ! お前の場合行動全てに悪意があるだろーが!! まあ元からコイツがこういう男だってわかってたけど……
私のことだって『何故か男装して執事喫茶で働いてる変な女』くらいにしか思ってなかったんだろう。さっきも『面白そうだから』とか言ってたし。
じゃあさ、何も今だって私に構うことなくない? てかこの先ずっと私に関わる必要なくない!?
「お前なんか知らない!! どこぞの女と気が済むまでヤってればいいじゃん! もうそこどけよ!!」
夜も更けてきてそろそろ寒いし、早く宿に戻りたい。まあ戻ったらもれなく誰かと寝ることになるだろうけど……この男の相手よりはずっといい。
「……ダメだった」
「……は?」
無い筋肉をぷるぷるさせながら、必死に倭人を退かそうと奮闘していた私には、倭人の今にも消えてしまいそうな声を聞き取るのがやっとだった。
「だから、ダメだったんだよ」
「え、いや、何が?」
ダメダメ言われても何にもわからないんですけど?? 恥ずかしがり屋の乙女じゃないんだから。
「……勃たなかった」
「はああああ!!?」
こ、コイツ……!! 突然なに下ネタ話してんだよ!! 聞き耳立ててただけに驚きすぎて全力でリアクションしちゃったじゃん!? マジなんなのコイツ!?
「ちょっと。あんたの勃起不全バナシとか心底どうでもいいんだけど」
「お前のせいだろうが」
「……はい?」
んん? 今なんて言ったコイツ?
What??? なんでこいつの下事情が私のせいになるの!?
「……意味不明な責任転嫁すんな」
「俺だって知らねえよ。ただ女とヤろうとしたらお前の顔がチラつくの」
「は!?」
「5人は試したけど全滅だった。最悪な気分だ」
いや5人って!! 数おかしいだろ!? だから温泉来てまで何やってんだよ!! 1人目で大人しく諦めろよ!! いやそういう問題じゃないけど。
てか、何……? さっきから黙って聞いてれば(散々喚いていたけど)、オウムみたいに『お前のせいお前のせい』。
それじゃあまるで―――
「ねえ……もしかして倭人、私のこと……」
「俺、この先ずっとお前としかセックスできねえかも」
「いやそもそも一度もシてませんが!?」
うん、全然予想と違ったね。
この流れって告白じゃなかったの?? 結局はソレかよ!?
……やっぱりコイツただの性欲マシーンだわ。
別に期待してたわけではないが、拍子抜けの言葉にがっくりしていると倭人が視線を合わせてきた。
「どうしてくれんだよ」
「何がだよ」
「責任取れ」
「っは!?」
相変わらず壁に押し付けられたまま、高圧的に見下ろしてくる倭人。
ねえ思考回路おかしくない? なんでそうなるの?? 俺様もほどほどにしとけよ??
「知らない。私のせいじゃないもん」
「強情な女だな。……仕方ねえ、今日はこれで勘弁しといてやるよ」
そう言うや否や、倭人が段々近付いてきて……ってそう何度もさせるか!!
俊敏に気配を察知した私は己の唇に手を当て臨戦態勢をとる。
ふっふっふ、これなら何もできまい……
――――チュ。
「……!」
「ふ、かーわい」
しかし次の瞬間訪れた刺激に、暫く時が止まったように動けなくなった。
なに、今……目にキスした? いや反射的につぶったから正確には瞼だけど。
この性欲の塊のような男が、唇以外にキスだと……? なんだ? 天変地異でも起こったか……?
「これから覚悟しとけよ、千秋チャン」
そして最後に傲慢な笑みを残し、ヤツは闇に溶けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます