第29話 逃走

《ザク》

 ……うっ。

《ザク》

 ……うっ。


 樽の穴に誰かが剣を刺す度、もれなく私の胸にも鈍い痛みが襲ってくる……ような気がする。

 そんなにザクザクするなよ可哀想だろーが!!

 待ってその樽の中にいるのは本当に海賊の黒ひげだよね? なんか段々千秋クンの顔に見えてきたんだけど……

 いやしっかりしろ自分。間違いなくそこでカッコ悪く抜け出せないでいるのは眼帯つけてヒゲを生やしたおっさんだ。スーパーセクシーイケメンではない。

 いやまあ今回の場合抜け出しちゃダメだけど。永遠にそこで嵌っていて欲しいんだけども。


 『黒ひげ危機一発』はプレイヤーによってルールは多少変わってくるようだが、今回は剣を刺して黒ひげをピョーン! とやった人が勝ち。つまり私の隣で寝る権利を得る。


「ああクソ、またハズレだ」

「俺も〜」

「もう残りは4つ、か」


 琳門の冷静な声にじわりと汗を掻く。

 ―――そうだ、まだ剣が刺さってない穴はあと4つしかない。

 つまり次誰が刺してもピョーン! となる可能性がある。限りなく高い確率でピョーン! となる。

 そして次の順番は私だ。ここでピョーン! しとかないと私がピョーン! できる確率は一気にゼロになる。残り4つじゃもう私が剣を刺す機会はこないからだ。

 これを逃したら私は誰かと寝る、これを逃したら私は誰かと寝る、これを逃したら私は―――……

 なんて滅びの呪文が頭の中を占拠する。


 ……よし、頑張れ千秋。泣いても笑ってもこれが最後だ。私がここで一発華麗にキメてやる……!


 ―――なんて、普通に考えればフラグでしかない。


「神様仏様お願いします、私に力を……!」


《ザク》

 ―――スンッ


 恐る恐る目を開けると、そこには先程と何ら変わらぬ澄ました顔で樽に嵌ったままの黒ひげが。


「……あれ? ピョーンは? スンじゃなくてピョーンだってば!! なんでピョーンしないの!? ほら、ピョーン!!」

「ピョンピョン言ってる千秋可愛いっ」


 がばあ! と先輩が抱きついてくる。

 私はただただ呆然とした。魂が抜けたみたいだ。

 ……や、ヤバイ。このままじゃ―――


「これで千秋は一人で寝れなくなったね」


 NOーーーーー!!

 琳門のにっこり顔は勿論可愛いけど、今回ばかりは萌えていられない。

 そんな、酷い……!! 神様裏切りやがったな……!! ちゃんと祈ったのに!! 神様だけじゃ信用ならないから仏様にも!! なのに仏様まで……ッ!!


「よし次は俺の番だな。千秋、俺の横がいいだろ? 今のうちに神様にでも祈っとけ」


 誰が祈るかあああ!!

 てか誠至!! あんだけ私に呆れた視線送っときながらがっつり便乗してんじゃん!! やっぱりお前も結局はただのオスじゃん!! この野郎……!!


「……ちょっと散歩してくる」


 もう知らない!! 見てられない!!

 勝手に楽しんでればいいじゃん!! フン!!


「おー、逃げるなよ」

「千秋、リハビリ貢献してね?」

「俺もついていこっか?」


 ……わかってるよ!! あと先輩はついてくんな!!



 ◆◇◆



 旅館を飛び出した後、当てもなく温泉街を歩き回る。

 もう辺りの店はほぼ閉まっていて、月明かりとオレンジ色のランタンのようなものが夜道を照らすのみ。


 ああもう。たかがゲーム如きに神経すり減っちゃったよ。これから暫くは黒ひげ危機一発できそうにないな……。まあやる機会なんてそうそうないだろうけど。


「はあ……今頃もう決まってる頃かな……」


 外に出てかれこれ10分くらいか。

 別に逃げるつもりはないけど、すぐ戻る気にもならない。だって戻ったら即誰かとおやすみタイムだもんね……はあ……

 スマホは宿に置いてきたためあいつらとの連絡手段はない……んだけど、後がめんどくさいしもう少し涼んだら戻るか……


 ――――と、その時。


「これは飛んで火に入る千秋チャン、だな」

「ッ!?」


 丁度曲がり角に差し掛かった時、突如陰から強引な力で腕を引っ張られた。

 ダン! と壁に身体を打ちつけられるが、痛みより驚きが勝りすぎて目を見開くことしかできない。


「や、倭人!!?」

「静かにしろよ、近所迷惑だろ」


 驚愕につい大声を出した私を諌める倭人。だけどその顔は非常にニヤついているし、この男がそんなお説教を真面目にするとも思えない。

 つーかお前がいきなり奇怪な行動するからだろーが!!

 ……いやそれより、


「なんでお前がここに!?」

「それはこっちのセリフ」


 すぐ疑問に答えてくれればいいものを、倭人の顔を見るに私が先に言わないと教えてくれなさそうだ。


「そ、それは……いろいろありまして……」

「なんだよ」

「……誰が私と一緒に寝るか決めるのにゲーム始めやがったから、逃げてきたの」

「……へぇ」


 私の説明を聞いて何やら思案顔で俯く倭人。なんか最近この顔よくするな。誠至みたい。

 てか私答えたんだからお前も答えろよ!?


「お前、やっぱりモテるんだな」

「……はあ?」


 少し間を置いて言われた言葉に、思わず怪訝な声を上げてしまった。

 コイツいきなりどうした。


「童顔チビも正体バラしたっつーのに、ホモじゃなかったし」


 え、まさか童顔チビって琳門のこと?

 ひっど!! それ本人に絶対言うなよ!? 泣いちゃうからね!?

 それに倭人まで誠至みたいなこと言ってるし。さては仲良いなお前ら?


「初めは男か女かよくわかんねぇやつの取り合いなんて面白そうだと思っただけだったが……」

「面白そうとか思うな」

「今、お前に対して楽しさより苛立ちを感じてるってことは、……そういうことか」

「いやどういうことだよ」


 さっぱりわからん。

 一人で納得したように頷かないでくれるかな。ついていけないから。置いてけぼりになった気になるから。


 てかいい加減離してくれない?

 この体勢めちゃくちゃプレッシャーかかって地味に怖いんですけど。死んでも逃さないぞって言われてるみたいで背中ゾクゾクするんですけど。

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