第27話 浴衣効果

 気を取り直して部屋に入る。すると既に誠至以外は揃っていた。


「ああ〜いい湯だった〜」


 そんな私の呑気な声に反応するかのように3人が目を向ける。

 え、てかあの、なんか険悪な雰囲気じゃありませんでした? 全く部屋の外に声漏れてなかったんですがずっと無言だったの!? 密室で!? 気まず過ぎない!?


 みんな広い部屋をフル活用してこれでもかというほど距離取ってるし……。

 天然わんこの礎先輩がいるから少しは和気藹々とした空気になってると思ったけど……完璧予想外れたわコレ。


「……」

「……」


 すると、私を見たまま固まった様子の3人。

 え、なに? もしかして私空気読めてなかった? ノックもなしにいきなり入ってくんなよ的な? ご、ごめん。もう一回入り直そうか?


 ――――と、背を向けたその時。


「久々に見るなー! 千秋の女姿! やっぱり可愛い〜」

「うわっ」


 後ろから軽快な声と共に抱き締められた。唐突すぎるソレにバランスを崩……すことはなく、鍛え上げられた腕にしっかり抱き込まれる。

 後ろを振り返ると、倭人と琳門も金縛りが解けたように表情を動かした。


「……へぇ」

「反則でしょ……」


 なんて、何処か驚いた様子の2人。しかしすぐに私達の元へと歩み寄ってきた。

 倭人はいつも通りのニヤケ顔だけど、琳門のキューティフェイスは少し険しい。


「ねえいつまでくっついてるの。いい加減離れなよ。……それより『久々に見る』って何? 前にこの姿の千秋と会ったことあるの?」


 そう言いながら琳門は必死に礎先輩から私を引き離そうとしている。可愛い。琳門の頑張ってる姿だけでご飯3杯はイケる。

 反対にいつまでも離れようとしない先輩をペシペシと叩きながら、琳門に答えるためにショッピングモール事件を思い出した。


「前に、私が琳門に隠し事したことあったでしょ? 礎先輩がドヤ顔してた」

「あー、そういえば。あの時は千秋に裏切られたみたいでショックだったなぁ……」

「ッ!! ごごごごめんね?? あの時はほら実は女だってこと言ったら嫌われると思ったから……」

「僕が千秋を嫌うわけないじゃん……!」

「琳門……!」


 感動のままに礎先輩を突き飛ばして琳門にぎゅうっと抱きつく。

 直後先輩の残念そうな声と倭人の舌打ちが聞こえた。


「そんな茶番はいいから続き話せよ。俺眠いんだけど」


 続けて不機嫌そうな倭人の声が耳に入り我に返る。って眠いなら勝手に寝てろよ。お前相手には一言も喋ってませんけど??


 ……まあ琳門のために話しますが。


「たまたま誠至と女姿で買い物してたところを礎先輩に見られてさ。大学で広まらないように秘密にしてもらったんだ」


 秘密の内容は女装についてだったけどね。いやー、完璧騙されたわ。先輩の洞察力マジえぐい。

 これで琳門の疑問には答えられたかな? と思ったんだけど……


「有馬と、女姿で、買い物……?」


 私が言ったことを復唱する琳門はどうやらまだ気になる点があるようで。

 ん? てか声低くない? 気のせい?

 琳門キュンのいつもの可愛らしい声とは似ても似つかないソレ。

 え、なんか怒ってる?


「まるでデートだなぁ?」


 すると横から倭人の訝しげな声が聞こえた。いつもの低音ボイスよりもう一段低くて……ってお前もかよ!? なんで!? 怖!!

 つーかデートじゃないし!!


 2人のよくわからない怒りの沸点にあたふたしていると、すかさず先輩が助けに入ってくれた。


「デートなんかじゃないだろ?」


 と、穏やかに私の言い分を代弁してくれる先輩。

 さすが!! 成長したわんこは違うね!!

 けれどその言葉には何故か有無を言わせないような威圧が含まれているような気がして、違和感を覚える。

 なんだろ、デート『なんか』って言ったせい??


 まあ兎に角頷く以外の選択肢はないのでコクコクと首を縦に振る。すると心なしか琳門と倭人の空気もふっと和らいだ。


「それに2人で遊びに行ったことなら俺達だってあるしなー?」


 と、思いきや続けて放たれた先輩の言葉に再度場の空気が凍りつく。

 っておいいいい!!!

 先輩のおかげで取り戻した和やかムードをなに自らぶち壊してくれちゃってんの!!? お前は何がしたいんだ!!?

 やっぱりコイツ成長してなかったよ!! 駄犬は結局のところ駄犬でしかなかったよ!!


「なあ〜? あの時はイロイロと楽しかったよなぁ? いーっぱい汗掻いてさ?」

「「……」」


 また1度、室温が下がった気がする。

 ひいいいいっ!? もうほんとお前は黙っとけ!!


 そりゃ汗めっちゃかいたし間違ってはないけどさ……てか私からしたらサラシは破れるわ駄犬は煩いわでちっとも楽しくなかったんですけど!?


「ふーん、千秋チャンは汗を大量にかくほどのプレイがお好みかぁ」

「はい!?」


 すると、倭人が私に一歩近づいてニヤリと告げてきた。

 ぷ、プレイ!? それってスポーツのことでいいんだよね!?


「俺なら散々喘がせて汗だくどころか3日は声出せないようにしてやるよ」


 戸惑う俺へさらに一歩、近付いて耳元で囁かれた声。

 ぬわ!? なんてエッロい声出しとんじゃ耳死ぬわ!!

 っていやいやその前に!! スポーツはスポーツでも完璧不健全な方でしたね!! 3日は声出せないだと!? どんだけ喘がす気だよ怖!?


 う……でも怖いもの見たさってあるよね……ちょっと体験してみた……いやいやいや。負けるな千秋チャン。

 ハッ、そうじゃん!! 今女の姿じゃん!! コイツの側にいたらヤられる!!

 と、唐突に身の危険を感じ倭人から距離を取ろうとしたのだが……


「……は? お前ノーブラなわけ?」

「ッ!!?」


 真剣な顔で目の前の獲物(胸)に手を伸ばした倭人。

 んなっ、なんでバレた!? 誠至と違って肌接触してすらいないのに!!

 慌てて迫る手を避けたら、代わりに腕をガシリと掴まれる。


「ああ……だからさっきあんなに柔らかかったのか……」


 なんてしみじみとした琳門の声が聞こえた。

 って今はそんな感心してる場合じゃないよね!? これどう見ても危ない空気だよね!?

 ほら今だって倭人がねっとりとした視線で見下ろしてきて……


「そんな姿で俺の前に現れるとはいい度胸だなぁ……勿論、襲われたって文句はないだろ?」

「!!!」


 せせせ誠至いいいいい!! さっきは変に反抗してごめん!! お願いだから早く戻ってきてえええ!!

 なんて、ここにいない人物に縋っても意味はない。

 もうこうなったら駄犬でもいいから早く助けて!! ……と、懇願するように先輩へと目を向ける。


「ん? どうした?」


 するとそれはもう爽やかなにっこり顔を見せた先輩。

 いやなんでだよ!? 今どう見ても助けが必要な場面だろ!? この状況で天然は発揮しなくていいよ!! さっきまでの大人な先輩カムバック!!!


「よそ見すんな」


 そんな倭人の声が落とされた刹那、シュッと足を払われてバランスを崩す。


「!?」


 そのまま重力に従って倒れそうになるが、倭人が腕をしっかり掴んでいるため地面に身体を叩きつけることは免れた。

 しかし体勢を立て直すことは許されず、じわりと圧をかけられ腰を抱えるように畳に押し倒され……って、ファ!?

 なんだこの流れるような押し倒しシーンは!! 抵抗する間もないとかヤバすぎ!!


「あーらら、はだけちゃってまあ」

「〜〜〜ッ!!」


 いつのまにか浴衣の前はガバリと開いていて、いつしかのように倭人がソコを凝視する。琳門はまだ固まってるし、先輩は相変わらずよくわからない笑み浮かべてるし。

 え、なに? 私このまま犯されちゃうの? マジで? そんなのいやああああ!!!


 ――――とその時、勢いよく開いたドア。


「千秋買ってきたぞ―――ってはああ!!?」


 ハイ、誠至のおかげでなんとか事なきを得ました。

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