第26話 女子トーク

「うわー、きれー!」


 早速温泉――――露天風呂へ行ったら、視界いっぱいに広がったのはなんとも壮大な絶景。山に海に滝に……神秘的な自然の美に、思わず見惚れる。


「うふふ、若いわねぇ。彼氏さんと来たの?」

「えっ?」


 景色に釘付けになってると、何処からか声が聞こえてきた。びっくりして振り返ると、そこには小っちゃい子どもを連れたママさんが。

 って人いたんだ恥っず……子どもよりはしゃいでるし……


 いそいそと温泉に入り、他には人いないし私に喋りかけてるんだよね? と慌てて答える。


「い、いえあの、大学……じゃなくて、バイト仲間と来まして」

「あら、そうだったのね。あなた一人で温泉にいるってことは他の人はみんな男性? 何人いるの?」

「あ、えっとはい。男は4人います……」

「まあっ、それって逆ハーレムじゃない! 羨ましいわぁ……私も学生時代は……」


 と、昔の自分に思いを馳せてるのか懐かしそうに目を細めるママさん。

 ママさんも子どもと二人っていうことは、旦那さんと来てるのだろうか。


 私は私で改めて『逆ハーレム』と指摘され、暫し呆然とした。

 あれっ、そうじゃんすっかりこれ逆ハー状態じゃん。まあバイト上女の従業員私だけだからしょうがないけど……

 ん? 今更だけど何のこのこ温泉来ちゃってんだ私。


「それでそれで? その4人の中で誰が好きなの?」

「っ、はい!?」


 不意打ちで聞かれた突拍子もない質問にゴホゴホと噎せる。

 誰が好きとな!? そんなの……


「考えたこともありません!」

「あら……それは勿体ないわ。まあそっちの方が逆ハーを楽しめるでしょうけど」

「!? た、楽しむなんてそんなっ、俺はこんな状況御免被りたくてっ」

「……『俺』?」


 すると、こてんと不思議そうに首をかしげるママさん。

 あ、しまったつい……。

 仕方ない、正直に言った方が説明しやすいし別にいいか。旅先で出会った見ず知らずの人だし。


「あの、実は私、普段は男装してて……ここへは執事喫茶のバイト連中と来たんです。だから恋愛なんて……」


 する気は毛頭ない、と言おうとしたんだが――。


「まあっ、男装? 執事喫茶? 何それ楽しそう!」


 ママさんのやけに弾んだ声に遮られる。瞳にキラキラを宿した少女のようなその姿は酷く既視感を覚えた。

 ……うん、アレだ私が男装始めようとしたときと全く同じだわ。

 私もあの頃は『楽しそう!』という感情しかなかった。女の子を周りに侍らして持て囃されることしか頭になかった! なのにいつの間にか女の子じゃなくて男に囲まれてるし! 気付いたらチューされてるし!

 なんだこれ!? こんなはずじゃなかったぞ!?


「で? それが恋愛しない理由になるの?」

「あっ当たり前じゃないですか! だってそんなの周りから見たらただのホモですよ!?」

「……? 何か問題でも?」


 いやいやいや、なんだそのキョトン顔は!? 問題ありまくりでしょうが!!

 男と男の絡みなんて見て誰が喜ぶんだ……いや、あれ? そういえば喜ばれまくってるわ。大学の子もお嬢様もみんな俺たち見て興奮しかしてないわ。

 ん……? 確かにこれじゃあ恋愛しない理由にはならないな。


 いやでもやっぱり私が恥ずかしい!! 『ホモカップル』なんて指差されたくない! まあ本当はホモでもなんでもないけど!


「恥ずかしいなら隠れて付き合えばいいのよ。秘密の恋っていうのもなんだか燃えない? 私も旦那とは社内恋愛だったから隠れて付き合ってたんだけど、結構楽しかったわよ。誰もいない給湯室で―――」


 なんて思い出しているのか頬を赤らめるママさん。

 あの、なんかさっきから行く先々を阻まれてる気がするんですけど。私の言い訳が全く通用していないんですけど!?


「ほら、ね。刺激的な恋愛なんて、若いうちしかできないんだから。今のうちにいろいろやっちゃいなさいよ」


 と、わけ知り顔で諭される。

 ええ、でも、いや……今まであいつらを恋愛対象に見たことないし……そんないきなり言われても……

 なんて、すっかりママさんにいいように言い包められた私は、暫く考え込んでしまった。


 「今度ママ友と執事喫茶お邪魔させてね」と去り際ママさんが言ったみたいだけど、ちゃんと返事できたかは定かではない。



◆◇◆



 あー……なんかめっちゃ頭ぐらぐらする。完璧逆上せたわこれ。

 くそう、ママさんめ。変な爆弾落としてくれちゃって。


「千秋?」

「っ、誠至!?」


 ふらつく足取りで部屋を目指していたら、休憩コーナーみたいなところに誠至が座っていた。

 ってタイミング悪!!


「お前、随分遅かったけど大丈夫か? なんか顔赤いし……ほら、水」


 なんて、近くにある自動販売機で買ったらしいペットボトルを手渡してくる。

 ……昔から妙に世話焼きなところあるよね。

 でも、告白したくせにこうやって優しくするのはずるいと思う!! 私はまだ根に持ってるんだからね!!


「つーか……やっぱ想像してた通りエロいな……」

「はあ!?」


 すると、誠至が顔を片手で隠しながらもその隙間から私を見やる。

 なんだかその瞳は熱に浮かされたようで……って何言っとんじゃコイツ!!


 ――――と、その時。


「う、わ!?」

「――おいっ!?」


 背中に猛烈な衝撃を感じ、ただ今絶賛ぐらぐら中の私は前のめりになってしまった。慌てて目の前にいた誠至が抱きとめてくれて事なきを得る。

 すると背後から「わ、すみませんでした!」と女性の声が聞こえた。

 いえ、私の方こそ通路塞いでしまい申し訳ないです。


 完全に誠至に凭れかかる姿勢となってしまい、肌が密着する。

 くっ……お風呂上がりだからか良い匂いするし心臓の音ダイレクトに聞こえるし……なんかヤバイこれ。

 早急に離れなくては……! と誠至にお礼を言い腕に力を入れようとしたのだが。


「っ、え!?」

「お前……、」


 私が離れるよりも前に誠至の腕がグッと腰を引いた。さっきより密着する肌と肌(勿論浴衣という布は挟んでるけど)に驚きが止まらない。

 んなっ、何をしてるんだコイツは……!! これじゃあどっからどう見てもカップル……、


「まさかお前、ノーブラなのか?」

「っ、……はあ?」


 勿体ぶって告げられた言葉に思わず声を上げる。

 急に抱き締めた後の発言がソレかよ!? 何コイツ、もしかして私がノーブラか確かめるためにわざわざ抱き寄せたの!?

 なんだそりゃ!! ちょっと勘違いしそうになっちゃったじゃん!!


「当たり前でしょ、ブラなんて持ってきてないもん」

「なんでだよ!! 乙女の必需品だろうが!!」

「ちょ、その見た目で乙女とか言わないでよキモい」

「お前なあ……ッ」


 いや、だってキモいじゃん。そんなに睨まれてもキモいもんはキモい。

 もういいでしょ、と今度こそ離してもらおうと力を入れたら案外あっさりと誠至から解放された。何故かヤツの顔は真っ赤だ。


「っなんで持ってこなかったんだよ!」

「えーだって女姿になるとは思ってなかったんだもん。サラシしか持ってきてないよ」

「じゃあサラシを巻けばいいだろ! そのままじゃいろいろヤバイって!!」

「いや、サラシ巻いたら胸なくなるじゃん。女姿なのにそれはアレじゃん。女のプライドとして……」

「んなこと言ってる場合かよ!!?」


 もう、うるさいなぁ。私の身体なんだからどうしたって私の勝手でしょ? なんで誠至がそこまで……


「わかった、じゃあ俺がそこら辺でブラ買ってきてやるから!!」

「えー、それはキモくない? まさかそれを着た私を襲おうと……、」

「ッ、どう見ても襲われないためだろーが!!」


 必死になって食ってかかる誠至。

 はあ……もうめんどくさ……。一向に引き下がりそうになかったので諦めて「勝手にすれば」とだけ言う。

 すると誠至は「よっしゃ待ってろ!」と嬉々として何処かへ駆けていった。

 どんだけブラジャー買いたいんだよやっぱキモいな。

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