第16話 side 誠至②

 たまたま告白現場を目撃されたのが始まり。その時の俺を見て『学校一のモテ男は断り方までクールなんだねぇ』とアイツが話しかけてきたのだ。

 出会い……なんて呼ぶには余りにも瑣末。けれど何故だかそれ以降千秋は俺に絡んできた。


 いつの間にか周囲からは友達認定。なんで俺がこんな頭弱そうな女と――と何度も思ったが、それも月日が経つにつれ“隣にいて当たり前の存在”になってしまっていた。


 初めて嫉妬を覚えたのは、教室でいちゃついていたアイツを見た時。

 お前が俺の部活終わるまで待ってるから教室まで迎えにこいと言ったくせに、その間に何やってんだこの野郎。

 相手は最近できたばかりの“彼氏もどき”。正直、余りにも頻繁に変わる彼氏の座に特別感なんてものは全く感じ取れなかった。アイツにとっては性欲処理道具くらいの認識だっただろう。

 だからアイツから『新しい彼氏ができた』と聞かされても適当に流していた。……のだが、改めてその光景を見た時、嫌でも思い知ることになった。


 俺はアイツのことを甘く見ていたのだ。


 誰もいないのをいいことにベタベタと密着する男女。男が女に一方的に迫っているように見えるが、女も満更ではなさそう。

 ほっといたら何かが始まってしまいそうな程にピンク色のオーラを撒き散らすそいつらに……俺は頭に血が昇るのを感じた。


「千秋、帰るぞ」

「あ! 誠至〜もう待ち草臥れた〜」

「勝手に待ってたのはお前だろうが。したら彼氏といちゃつきやがって。発情期か」

「あは、だって暇だったんだもん。じゃあまた明日ね〜」


 雰囲気をぶち壊すかのように教室の扉を開けると、すぐさま飛びついてきた千秋。それに僅かでもない優越感を抱き、その気持ちのままに千秋の腕を引っ張る。

 千秋は思い出したように振り返り“彼氏”に別れを告げた。……どう見ても彼氏とは思えない扱い。

 まず彼氏ではなくたかが男友達の俺と一緒に帰るのもおかしいし、それに対し罪悪感をこれっぽっちも感じていない。

 もうこの女はおかしいとか通り越して人間として大事な部分が欠けているに違いない、と思ったが――――それでいい。


 男友達である俺が、誰よりも優先する存在ならそのままでいい。“男友達”というポジションに甘んじて居座り続けてやる。


 それに、俺が告白したら最後、今までの男達のようにただの性欲処理道具としての扱いに落ちるのであれば、コッチの方が百万倍マシだ。

 そう思い、高校時代俺はアイツの唯一無二の男友達として関わり続けた。

 少しは千秋も俺のことを好きになってくれないかと期待していたが……、そんな期待は抱くだけ無駄だった。


 共に過ごした時間を経てわかったこと。アイツは恋愛脳なんかじゃない。大方『ヤりたい=好き』だとでも思っているのだろう。馬鹿が考えそうなことだ。

 ある意味恋愛初心者なアイツを落とすのはそう簡単なことじゃない。だから高校卒業して大学が別れてもじっくり攻めようとしたのに……。男装って。馬鹿にもほどがある。


 しかしその時――――いや待てよ、と脳内の電球がピコンと光った。

 これは見ようによってはチャンスなんじゃないか? 男装ってことは、高校までの千秋を知らないヤツは皆アイツのことを男だと思うわけだ。俺達は上京組だし、確か千秋の大学に知っている奴は進学していないはず。


 ……よし、これで引っ切り無しにいた彼氏が途切れる。

 いくら俺が一番仲は良かったとはいえ裏でヤってることには変わらない。そんな事実、面白くない……なんてものじゃない。


 だがアイツはだ。最初は馬鹿もここまできたら末期だな……なんて遠い目をしたが、結果オーライだ。


 男の俺から見ても千秋の男装姿は完璧。もし俺じゃなかったら例え千秋の女姿を知っている連中でも気付かないレベル。……男装しても隠し切れていない色気は少し気になるが。

 まあわざわざ《男》である千秋に近寄るような物好きな男はいないよな。

 そんじゃそこらのホストなんて比べ物にならない程誘惑が上手いアイツに女は群がるだろうが……女相手に嫉妬するほど心は狭くない。よって無問題。

 バイトの内容的に女ウケいいのは必須だしな。まあ実際は女であるはずの千秋が人気ナンバーワンとか軽く引いたが。


 そんな風に余裕をぶっこいてた俺。

 大学入ったら接点探さないとなと考えていただけに、バイト先が同じということに安心しきっていた。


 その余裕ぶっていた一年間のツケが……今になって、全て回ってきたのだ。





 大学二年生になって間もなく、次々と従業員が増えた。全員千秋と大学が同じ。

 しかも全員が全員―――普通じゃなかった。




 まず佐伯礎。千秋の一個上。

 誰もが認めるワンコ系だが……俺にはどうしても、“ワンコ”の皮を被っているようにしか見えない。

 事実、口では佐伯のことを駄犬だなんだと罵っている千秋だが、その“ワンコ”を全面に出された時は拒否れていなかった。

 それをわかってやっているなら策士以外の何者でもない。


 何が“ワンコ”だ。そうやって従順なフリをして飼わせた気にさせといて……いざとなったら平気で飼い主に噛み付く。考えただけでも恐ろしい。


 この前のショッピングモールの件だって疑問が残る。千秋の女姿を見て『女装』と言った佐伯。本当にそれで納得していればいいのだが……。どうしても疑ってしまうのはアイツが猫被りならぬ犬被りしているせいだろう。


 まあこの件ばかりは考えてもわからないので一先ず置いておこう。




 次に篁琳門。千秋と同い年。

 極度の女嫌いらしいが、女が放って置かない外見のせいで苦労しているようだった。そんな奴が何故客が女しかいないようなバイトをやる気になった?……まあ勿論千秋が原因だ。


 『一緒にリハビリすることにした!』とか千秋が嬉しそうに話していたが、普通拒絶反応まで出るレベルの恐怖対象に『千秋がいるなら』なんて理由で関わろうとはしない。

 千秋に特別な感情を抱いている証拠だ。

 千秋は控えめに言って馬鹿だから『男装だってバレたら嫌われるっ』とか何とか言っているが……篁の千秋を見る目は本当に友情としてなのか疑わしくなる。


 ただのホモだったら危惧することはない。正体をバラせば済む話だ。

 だが……正体が女だと知っても、今と同じ感情を抱き続けたら? 友愛からただの愛に変わる例なんて、珍しくもなんともない。というか俺がそのパターンだ。


 しかも千秋のやつ篁には滅法甘い。駄犬なんて比にならないレベル。

 目に入れても痛くないとでも言うように猫可愛がりする千秋を見ていたら……もし篁が『付き合って』とかほざきでもしたらうっかり聞き入れてしまいそうだ。

 そんな未来考えたくもない。




 そして最後はアイツ……蘇芳倭人。千秋と同級生でオーナーの弟。

 オーナーと血が繋がっているのを証明するかのような女好き。しかしただ言動がチャラいオーナーとは違ってこれ以上ないくらいの俺様。

 全てのことは自分の思い通りになると信じて疑っていないタイプだ。まあ確かにその外見なら、少なくとも女は自分の言うことを聞いただろう。


 そしてそんな男が千秋に興味を持った。

 うむ、ほぼ間違いなく正体勘付かれてるな。ただ証拠がないうちは手を出すのを我慢しているといった感じだ。


 だから何が何でも隠し通さなければならなかったのに……本当にお前は何やってんだ!!




「バレたって……決定的な証拠を掴まれたのか?」

「き、着替えを、その……見られました」

「着替え?」


 途端、恥ずかしそうにもごもごと口籠る千秋。なんだその乙女みたいな顔。全くもって似合わない。気持ち悪い。

 しかし次の瞬間、その表情の理由がわかる。


「む、胸を……」

「はああああ!!?」


 思わずたった今言われた部位を見てしまう。そこにはストン、と真っ平らな壁が。


「どういうことだよ、お前サラシ巻いてんじゃねえか」

「いや〜ちょっと緩んでたからさ」

「……解いたのか?」

「あは」

「あはじゃねえよボケが」


 はあ……馬鹿だ馬鹿だと思ってたけどここまでとは……。

 思わずその場にうずくまる。10年分くらいの溜息を吐く俺を千秋は不思議そうに見て同じようなポーズをした。

 なんだそのキョトン顔は。お前のことで頭抱えてんだよこの野郎。


 全く、コイツのこの危機感のなさはどうなってる? 性別偽ってる自覚あるのか? ないだろ。


「誠至ー?」


 じゃあ何か? この女は自分の胸をどこの馬の骨ともわからない野郎相手に(蘇芳だが)晒したってことか?


「……、」

「誠至ってば〜、ってちょ、痛い痛いどうした急に」

「……俺だってまだ見たことないのに」

「はあ? 何言ってんの? ……っていい加減手を離せハゲるわ」


 どうしようもない怒りをとりあえず目の前の頭頂部目掛けて発散してたらバシッと叩かれる。


「お前が悪い」

「なんでやねん!!」


 理不尽だ! とかなんとか喚いて頭頂部をさする千秋。もういっそそのままハゲてしまえ。そうでもしないとこの女からは永遠に男が途絶えない気がする。


 ……待てよ。相手はあの蘇芳倭人だよな? 胸見られてハイ終わりなんてことあるか?


「……千秋、」

「何!?」

「お前、蘇芳に何かされた?」

「!!?」


 怒り気味に顔を上げた千秋の表情がピシリと固まる。コイツやっぱり……!


「おい……ッ」

「されてない! 何もされてない! 正体バレただけ! ほんとそれだけだから!!」

「おい千秋ッ」

「いい!? 何もされてないからね!? 私はピュアなままだから!!」


 じゃあね!!! と勢いのまま走り去っていく千秋。


 いやガッツリされてんじゃねーか!! 一体何されたんだ!? キスか? タッチか? それいじょ……はないだろさすがに。バイト先の更衣室だし。蘇芳がそこまで狂人ではないと信じたい。


 ああああ"クッソ……内容はどうであれ何かされたのは確定か……ふざけんなよ……俺が何年我慢してると思ってんだ……。

 つーか千秋意味不明なこと言ってたし。何がピュアなままだよ。既にヤりまくってんだろお前。


 と、そこでもう一つ肝心なことを思い出した。そうだった、蘇芳倭人を危険視する理由―――それは他でもない、千秋自身も本来はソッチ側だからだ。

 今は男装なんて酔狂なものにハマって本来の奔放な姿が出てきてないが、事実アイツは手のつけられないレベルの快楽主義だ。蘇芳倭人と全く同じ性質。

 もし女の姿で大学に通っていたら出会った瞬間ヤり始めていたのではと思ってしまうくらいあいつらは似てる。……これからはより一層注視しないとだな。


 はあ……勘弁してくれ……。

 馬鹿で阿呆で間抜けで無駄にエロい女を好きになってしまった代償が、まさかこんな抱えきれないほどの気疲れだったとは……。


 お願いだからこれ以上面倒ごとを増やさないでくれよ。

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