第32話







   32話




 黒葉の故郷から帰る時には、大雨だったのが嘘のようにキラキラとした夕日が輝いていた。

 この天気だと、夜には綺麗な星空が見えるだろう。そう思ってしまうのは、黒葉の影響だなと葵音は思ってしまい、ひとりで口元を緩ませた。


 こうやって笑えるのは、少しずつ彼女への未来が見えてきたからだろう。

 黒葉の星詠みの力で、彼女の未来が事故で終わってしまわなかったことがわかり、葵音はとても安心していた。

 

 彼女が目覚めのがいつになるかわからない。

 けれど、きっと今日あった平星家の人たちとの出会いは、黒葉の幸せに繋がっているのだと思うと、葵音はその未来を想像してしまうのだ。

 彼女と手を繋ぎ、キラキラとした空の下を歩く未来を。




 「で、黒葉ちゃんのご両親にお会いして来て、どうだったの?」



 運転をしている葵音の横で、助手席に座る累がそう聞いてきた。行きは彼が運転したので、葵音が帰りは運転すると交代したのだ。

 大怪我をしたのだから、と言ってなかなか譲らなかった累だったが、「気分転換になるから。」と言って、葵音は無理を言って運転席に座ったのだった。



 「黒葉と暮らしてる事とか、付き合ってること、そして事故にあった事も話したよ。」







 黒葉の祖母に会った後、祖母にお願いして黒葉の両親のもとへ案内してもらったのだ。

 累は車で待っていてもらい、葵音だけで向かったのだ。


 少し前の事だが、それを思い出すだけで葵音は怒りが表に吹き出してしまいそうで、掴んでいるハンドルをギュッと握りしめながら、累にさきほどあった事を話し始めた。







 黒葉の家はとても立派な昔ながらのお屋敷だった。木製の立派な門には大きな鍵まで掛かっていた。祖母が家に案内してくれ、一歩門を潜ると、立派な庭園まであった。


 屋敷では、黒葉の両親が迎えてくれた。

 黒葉似の綺麗な女性と、威厳のある厳しい目をした男性が出迎えたのだ。



 「初めまして。僕は月下葵音という者です。そして、黒葉さんとお付き合いさせていただいております。」


 

 和式の部屋に案内され、大きなテーブルを隔てて黒葉の両親と向かい合って座る。隣には黒葉の祖母が少し心配そうな表情でその様子を見守っていた。



 「なるほど。君が、黒葉が星詠みの力で見たという人物だという事か。それで、平星家に何かご用かな?………まさか、黒葉が星詠みで見たように事故にあったという話をしたいがために来たわけではないな?」


 

 父親の強い口調で言われた言葉に、葵音は絶句してしまった。


 この人達は、自分の娘がどうなってしまうのかを知っていたのだ。そして、それでいて黒葉がどうやっていようと平然としているのだ。

 父親は怒りの表情で、母親は無関心な様子で話しを聞いていた。


 星詠みの力がなくなってしまった娘は、どうでもいいのだろう。

 彼女からもたらされる金銭は、黒葉自身が働いて返したのだ。黒葉に興味がないのだろう。


 そんな両親を前にして、悲しみを通り越して怒りの感情が葵音の心を支配していた。

 大きな声を出しそうになるのを必死に堪えた。




 そして、簡単に黒葉と出会ってからの事を味覚く纏めて話し始めた。

 その間も、黒葉の両親は興味がなさそうにしていた。



 「事故にあいそうだった俺を助けてくれたのは黒葉です。今は病院で意識が戻らずに寝ています。黒葉さんに助けてもらって、俺はとても感謝しています。」

 「……それで、今日はここに何をしに来たんですか?黒葉の入院のお金でも貰いに来たんですか?」

 「………なんて事を言うんだい………。」



 黒葉の父親の言葉を聞いて、驚いた声を上げたのは隣りに座る祖母だった。

 葵音は驚いたものの、先ほどからの態度で少し納得してしまった。この両親は黒葉と全く似ていない。

 黒葉をお金でしか見ていないのだとわかった。




 「……ここに来たのは、黒葉さんの手紙で両親に返していないお金を返して欲しいと書いてあったからです。……こちらになります。」

 「あぁ、そういう事だったのか。」


 葵音がお金の入った封筒を何個かテーブルに並べると、やっと両親から笑顔が見られた。

 やっぱりそうなのかと、葵音は妙に冷静になりながら彼らの浮わついた顔を見つめた。



 「黒葉が頑張って稼いだお金でしょ?入院とか治療のお金に………。」



 隣では、なんとか両親を説得しようと声をかける黒葉の祖母がいたが、葵音はそれを首を振って止めた。




 「……そのお金は黒葉のではありません。私が持ってきた物です。」

 「なっ………。」

 「黒葉のお金は黒葉に使って貰います。そこには、黒葉があなたちに用意した以上のお金が入っています。………それでしたら、構いませんよね。娘さんに怪我をさせてしまったお詫びだと思ってくれとってください。」

 「あ………あぁ。そういう事なら。」

 「……構いませんよね。」



 睨み付けるように葵音がそう言うと、おどおどとしながらもお金を受け取った。それを見て、祖母はあきれた顔でため息をついたのだった。



 「それでは、用件は以上です。次は、黒葉さんとの結婚が決まりましたらご報告だけ来たいと思います。………彼女が、それを望んだならば。お時間ありがとうございました。」



 そういうと、葵音は小さくお辞儀をして、早足で平星家から出たのだった。



 祖母は最後まで「ごめんなさいね。」と謝っていた。

 祖母にだけは、黒葉が目覚めたときに連絡をしよう。そう決めて連絡先を聞いてその家を後にしたのだった。





 「まぁ……こんな感じだな。」

 「なるほど……だから、さっきから怖いオーラを発していたんだね。」

 「そうか?まぁ、怒ってはいるな。」

 「当たり前だよ。好きな人の両親が、娘の心配してないなんて、悲しすぎる。」

 「………普通は普通じゃないんだな。」



 両親は子どもを愛するもの。

 それはみんなが同じではないと、葵音だってわかっていた。けれど、親しい人が実際にそういう関係になると、やはり複雑な気持ちになってしまうものだった。


 一言でもいいから、「娘は大丈夫ですか? 目覚めますか?」とか「入院している病院を教えてください。」とか、黒葉を心配しているような態度を見せてほしかったと、葵音は何度も思った。




 「黒葉ちゃん、可愛そうだ。…………その家で必死に生きていたんだね。」

 「………俺のために、自分を犠牲にして、な。少し怒ってるし悲しいけど、あいつが守ってくれたかったら、今日の事もなかったし、あいつとも出会わなかったんだと思ったら、黒葉を責めることなんて出来ないんだ。」

 「うん。起きたときは、ちゃんと笑顔で迎えてあげてね。」

 「あぁ………そうだな。」



 薄暗くなってきた夜道に、一番星がキラリと輝いていた。

 星を見ると落ち着く。

 きっと、未来はあの星のようにキラキラとしているのだろう。


 そんな以前だったら「恥ずかしい言葉だな。」と思ってしまうような事を、思ってしまう。

 それは全部彼女のおかげなのだろう。


 綺麗なものを、綺麗だと愛でる。

 愛しいものを、好きだと愛せる。


 それがどんなに幸せなことだと気づかせてくれたのは黒葉なのだ。




 今はまだ寝ている黒葉だけれど、今日の事を話そう。

 そう思って、葵音は車を走らせた。






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