第20話






   20話





 何故、自分はこの女に夢中になるのだろうか。

 彼女からの熱を感じ、朦朧とした感覚の中で、葵音はそんな事を考えていた。


 性格、表情、ミステリアスな部分。

 どれも好きで仕方がない。

 けれど、彼女と抱き合う中で感じたのは、彼女の視線だ。

 黒葉と目が合うだけで、ドキリと胸が鳴るし、目を瞑ればこちらも見てほしいと思う。

 睫毛が影を落とすほどの長い睫毛が上を向くと、そこには黒い宝石がある。

 そんなキラキラとした瞳を見つめ、見つめられるのが堪らなく好きなのだと感じた。




 お互いの熱を感じる中で、彼女が初めてだろう行為をしていくが、黒葉は不安になる事もないのか、ただ葵音が与える熱と快楽に溺れているようだった。

 声を聞くだけで、激しく興奮してしまう。

 そんな状態ががっついているようで恥ずかしかったけれど、それを止められるほど、葵音は紳士にはなれなかった。



 目が合えば微笑み、そして抱きついくる彼女がいとおしく感じ、葵音もいつもより夢中になってしまう。


 今まで経験しきた物とはまったく違う感覚に戸惑いながら、彼女から与えられる幸福感に浸りながら、葵音も溺れていったのだ。






 

 「………悪かったな。止まらなかった。」



 汗ばむ体をベットに預けて、小さい吐息を繰り返して深く眠る黒葉にそう声掛ける。もちろん、返事はない。

 汗をかいて額に張りつく前髪を避けながら、葵音はそこに軽くキスをした。



 「こんなに我を忘れるぐらいにがっつくなんてな……自分でも信じられないよ。」



 苦笑しながら黒葉が寝ているすぐ横に体を倒す。

 けだるい体が、妙に心地がいい。

 

 黒葉を起こさないように優しく抱き締めながら、葵音も目を閉じる。



 「俺に会いに来てくれてありがとう。どんな理由であっても、今は嬉しいんだ。」



 虚ろげだったけれど、寝ている彼女にそう伝えると、葵音は黒葉と同じようにすぐに寝てしまった。


 彼女のゆっくりとした鼓動に誘われるように…………。







 



 ☆★☆




 知らないむくもりと心地よさを感じて、まだ、眠い目を無理矢理開けた。


 黒葉の視界に飛び込んできたのは、優しい顔で眠る葵音だった。

 そんな彼に肌と肌とを合わせるように抱きしめられている。

 気持ちいいと感じたのは、これだったのかと黒葉は初めて知った。


 大好きな相手と素肌のまま触れあう事が、あんなにも心地よくて幸せな事だというのは、昨日の夜の事情でよくわかった。

 けれど、寝ている間もこうして抱きしめてもらえるのが、気恥ずかしくも嬉しいのだ。


 葵音のゆったりとした鼓動が、黒葉の体に響く。

 その音さえも愛しいのだ。



 彼を見つめると、昨晩を思い出して赤面してしまう。

 昨日は彼は躊躇していたのに、黒葉の方から誘ってしまったのだ。それだけでも、恥ずかしいことなのに、彼から与えられる熱はとても熱くて激しくて………普段優しい彼からは信じられない事だった。

 ギラギラとした獣のように怪しく光る瞳は鋭く、そして呼吸は荒かった。言葉では「ごめん。」と言っていても、行動は止められる事はなかった。

 黒葉自身も止めて欲しいはずもなかった。

 それに葵音に求められることが幸せで、もっと欲しがってほしいなとさえ思った。




 彼と距離が近くなればなるほど、もっと彼が欲しいと思ってしまう。

 葵音との思い出が欲しいと思い、一つ一つを大切に見て感じてきた。そして、次はどんな思い出が出来るのだろう?

 そんな楽しい期待をしながら、フッと考えてしまうのだ。


 その思い出はいつまで作ることが出来るのだろうか?

 彼の傍にいれるのはいつまでなのか?



 「もっと、葵音さんと一緒にいたい。」と。



 温かい彼の体温に包まれながら少し先の未来を考えると、悲しさで目に涙が溜まってしまう。

 もっともっと、彼にこうやって抱き締めて貰いたい。離さないで欲しい。


 黒葉はそう願いながら、寝ている彼の胸に自分の顔を埋めた。



 「んっ……黒葉………?どうしたんだ?」

 「あ……葵音さん。」


 

 抱き締めていた黒葉が動いたことで、葵音は起きてしまったようで、ゆっくりと綺麗な茶色がかった瞳を開いた。


 

 「黒葉……また、泣いてるのか?どこか体が痛い所あるのか?」

 


 起きてすぐに自分を心配してくれる彼の優しさにキュンとしながら、黒葉は自分で目に溜まった涙を手で拭った。



 「幸せだなぁーって思ったら、何故か泣けてきてしまったんです。」



 そう言って涙の意味をごまかす。

 すると、葵音は嬉しそうに微笑んで、黒葉の目元にキスを落とした。



 「泣くなよ。……おまえには笑っていて欲しいんだ。」



 葵音の言葉に、黒葉は微笑みながら頷いた。




 そうだ。

 泣いているなんて勿体ない。

 大切な彼と笑っていられる時間を作っていこう。


 黒葉は、この時にはもう終わりが近い事に気づき始めていた。









 ★☆★






 初めの旅行まであと数日に、なった頃。

 黒葉は珍しく買い物に出掛けた。

 1日用の旅行バックが欲しかったようで、「今回だけは奮発しました。」と、お気に入りのバックを買ったのを嬉しそうに見せてくれた。


 それぐらいに黒葉が、星空を満喫する旅行を楽しみにしているのがよくわかっていたので、葵音もその準備をしっかりしておかなければ、と思っていた。




 そんなある日。

 外で取引先の相手と食事をしながら話をした時だった。

 帰りに街を歩いていると、葵音の目に止まった物があった。


 それはウィンドウディスプレイに飾られている、白のレースのワンピースだった。

 可愛いすぎない綺麗なレースで作られており、とても華やかだった。

 背中には、アクセントに黒のリボンが編んであり、少しクールさもあった。



 「これ……黒葉に似合いそうだな。」



 そのディスプレイの前に立ち止まり、そのワンピースをボーッと見つめていた。

 目の前には、このワンピースを着た彼女が微笑んでいる姿が想像でき、思わずつられて微笑んでしまいそうになる。



 「お客様、そちらのワンピース、お気に召していただけましたか?」

 「あ………あぁ。」


 どらぐらい見つめていたのだろうか。

 店の中から、若い女性がニコニコと話掛けて来た。


 「プレゼントでお探しでしたか?」

 「そう、ですね。……似合うかな、と思って。」

 「このワンピースはレースがオリジナルでとてもこだわっているんです。きっと、喜んでいただけると思いますよ。」

 


 これをプレゼントした時に、嬉しそうに笑ってくれる彼女の顔が頭の中で再生される。

 けれど、黒葉は1度白いワンピースを勧めた時に、激しく拒否した事があったのを葵音は思い出した。

 

 黒葉は白が嫌いだろうか。

 何故あんなに嫌がったのかはわからない。


 けれど、このワンピースを着た彼女を見てみたい。

 そんな風に思ってしまったら、その気持ちを止める事は出来なかった。



 旅行の時に着て貰うためのプレゼントにしよう。

 そう思いついた時には、ワンピースだけではなく靴や羽織る夏用のカーディガンまで買ってしまったのだった。





 「ありがとうございました。」



 店員に見送られながら、葵音は買ったばかりのショップバックを見つめた。

 女物の店の袋を持つのは気恥ずかしかったけれど、それも黒葉のためと思えば平気だった。



 「あいつ、受け取ってくれるといいけどな。」


 そんな事を呟きながらも、葵音は黒葉の笑顔だけが頭に浮かび、ニヤついてしまう顔をどうにか抑えながら帰路についたのだった。





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