第18話






   18話






 自分の腕の中で「好き。」と言いながら泣く黒葉。

 こんな小さくて儚いと思った相手に言わせてしまった事に、葵音は申し訳なさを感じていた。


 彼女が、どうして好きだと言ってこないのか。そんな理由ばかり考えては、自分の気持ちを伝えるのを躊躇してしまっていた。

 本当に好きだったから慎重だったと言えば聞こえは言いけれど、ただ臆病になりすぎていたのかもしれない。葵音は、黒葉の事になると不安になりすぎてしまうのだ。




 けれど、不安になったとしても、彼女の本当の考えがわからなかったとしても、黒葉の隣にいたい。

 それだけは変わらない。



 葵音は、彼女の頬に手を添えた。

 随分泣いたのだろう。頬には涙の跡がたくさん残っていた。それを優しく指で拭う。

 すると、くすぐったそうに黒葉は目を細めた。



 「ありがとう、黒葉。俺も黒葉が好きだよ。」

 「え…………本当、ですか?」

 「本当だ。」



 黒葉は信じられないと言ったように目を大きく開いて驚いた顔を見せていた。



 「年下でよくわからない女なのに………。」

 「そんなのは好きになる理由にはならないだろ。」

 「でも………。」

 「なんだ。俺の恋人になってくれないのか?」



 葵音がそう言うと、また涙を溢しながら「恋人になりたい。」と黒葉は言葉を洩らした。


 先程から泣き続けている黒葉の頭を優しく撫でながら「泣きすきだぞ。」と言いつつも、葵音の顔には明るさがあった。


 少しずつ落ち着きを取り戻した黒葉の視線に合わせるように、身を屈むと葵音は彼女に顔を近づけた。



 「それじゃあ、これからは恋人としてよろしくな。」

 「………はい。」

 「とりあえず、キスでもしておくかな。」

 「葵音さんは、すでにキスしてたじゃないですか。」

 「おまえだってそうだろ。」

 「だって、好きだったから………。」

 「俺もだよ。」



 そう言い合うと、2人は顔を見合わせながらクスクスと笑った。



 「好きだ、黒葉。」

 「私も大好きです。」



 目を瞑り、2人はお互いの唇の感触を確かめ合うように何度も軽いキスを交わした。


 キラキラの光る星達に見守られながら。

 葵音がキスの合間に見る彼女の、後ろには輝く星空があり、その輝きは2人を祝っているように感じられた。



 


 手を繋いでベッドに入り、葵音が黒葉を抱き締めながら横になると、黒葉はすぐに眠たそうに目を細めた。

 もう数時間すれば日が昇る時間だ。彼女はねむたさが限界にきたようだった。



 葵音が撫でるように黒葉の艶やかな黒髪を手ですいているうちに、黒葉はすぐに、すやすやと寝てしまった。

 その寝顔は安心しきって微笑む、幸せそうなもので葵音もそれを見ただけで嬉しくなってしまう。



 恋人になる前から一緒に住んで、同じベットで寝て、キスも数回した。それなのに、恋人になったというだけで幸福感を感じられるのが不思議だった。


 恋人になったら、デートをして、寄り添いあい、そしてきっと未来を語るのだろう。2人が歩んでいく道を。

 それが明日なのか、もっと遠い先なのかはわからない。けれど、お互いの幸せのために一緒に幸せになりたいと願うはずだ。




 「だから………いつか、教えてくれよ。」




 熟睡している彼女の頬に小さく口づけをした後に、葵音は消えてしまいそうな声で呟いた。

 その言葉は葵音自身と窓から見える星しか知らずに消えていってしまった。












   ☆★☆





 ベットが軋んで、少し体が揺れた。

 黒葉はまだ眠い目を擦って、ゆっくりと目を開けた。

 レースのカーテンからは、太陽の光が入り込んでおり、優しくベットを照らしていた。

 あぁ、もう朝なんだな……そう思って、ベットの隣にいつもいる葵音の方に視線を向けた。


 すると、彼はとても優しい笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。



 「あ……葵音さん……。」

 「おはよう、黒葉。」



 そう言うと、彼の顔がゆっくりと近づいてきて、唇にキスを落とされた。


 触れるだけの短いキス。

 けれど、彼が離れるときもじっと自分をみつめてくら様子がとても色っぽく見えて、黒葉はドキリとしてしまう。

 彼の長い睫毛に、綺麗な茶色の瞳が伏せ目がちに見えてドキドキしてしまう。



 「ほら、黒葉。おはようは?」

 「あ、おはようございます。」

 「………おまえ、今のキスの意味わかってないだろ?」



 黒葉はまだ覚醒していない頭でキョトンとしたまま彼を見つめると、葵音は困った顔で笑った。



 「おはようのキスだろ。恋人同士になったんだ。こういうのは女の方がやりたがるんじゃないのか?」

 「あ!なるほど………嬉しいです………。恋人だから……。」




 黒葉は葵音の言葉で、やっとキスの意味を理解し、先ほどのキスを思い返す。

 それだけで、また胸が高鳴ってくるのを感じた。


 恋人になったら、こんなにもドキドキすることが起こるのだ。それを想像するだけで、顔が赤くなってしまう。


 

 葵音と出会ってから、毎日が新鮮で幸せで、1日1日がとても大切だった。

 彼の隣にいるだけで幸せだと思っていた。


 けれど、そんな日々を過ごすうちに、彼にもっと近づきたいとも思っていた。


 葵音は仕事も出来るし、優しいし、とてもかっこいい。

 それなのに彼女がいないのはおかしいな、といつも思っていた。

 けれど、一緒に暮らすうちに、彼は仕事の電話だけではなく、女の人からの誘いの連絡もよく来ているのがわかった。

 黒葉は気づかないフリをしていたけれど、口調が違うのだ、さすがにわかってしまう。



 けれど、葵音はいつも断っており出掛けるのも仕事の時ばかりだった。

 黒葉が知らないところで会っているのかもしれない。けれど、そんな事はないような気がしていた。


 年下で恋愛経験がなくて、特技も色気もなくて、そして秘密ばかりの女なのに、葵音は選んでくれたのだ。

 それが、信じられないぐらい嬉しくて、そして悲しかった。


 終わりが少しずつ近づいている証拠なのだから。



 「黒葉?どうした?」

 「あ、いえ!………恋人らしいこと、沢山したいなって思ったんです。」

 「あぁ、しよう。………一緒に風呂とか入るか?」

 「葵音さんとお風呂!入りたいですっっ!」

 「………おぅ……今度、入ろうな。」



 葵音は驚いた顔をしながら何故か苦笑していた。



 大好きなな彼と何でもやってみたい。

 いっぱい話して、触れ合って、出掛けて……彼の事を知りたい。



 カウントダウンが0になる日まで。




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