第2章 夏

19 合コン

「オホン! えー、それでは皆様、今夜は楽しく飲みましょうー! かんぱーい!」


「「「かんぱーい!」」」


 最年長ということで、手始めに新村が乾杯の挨拶を担当した。

 続けて他の五人もジョッキやグラスを掲げて唱和する。


「ぷはぁー、んまい! やっぱ、可愛い女の子と飲むビールは格別っすねー」


「おうよ、これもホント渋川君のお陰。いい後輩を持った俺は幸せ者だ。いやあ、感謝感激雨ザラメ……ぷっ!」


「「わーはっはっはっ!」」


 上機嫌の新村と松下は、しょうもないギャグで大盛り上がり。それを横目で見つつ苦笑いしている海斗だった。


 羽柴製作所の従業員男性陣三名の前に座るのは、花の女子大生の三人だ。

 彼女らもまた、くだらないノリに「つまんねー」とか言いながら盛り上がっていた。


 


 海斗に飲み会の相談をされた彩乃は、あれから直ぐにしずかと京子に連絡を入れた。勿論へべれけになった新村と松下の画像を転送して。

 

『おっ! おもしろそうじゃん。ちょっとおっさん臭いけど、まあアタシは全然オッケーだぞ』

『彩乃さんとしずかさんが行くなら、私も行きます('ω')ノ』


 という返信があり、直ぐに合コン開催が決定したのだ。





「じゃあアレっすか、しずかちゃんってオレん家の近所なんすか? これも何かの縁っすかねー」


「そりゃたまたまだろ? アタシは大学入ってから二回目の引っ越しでさ、今の家気に入ってんだぜ」


「じゃあ今度、遊びに行っていいっすか?」


 松下は目を輝かせていた。言われたしずかは「えー」と言いながら横目でニヤリとしている。


「悪いなーしずかさん。夜中、こいつが訪問してきたら、速攻不審者通報してやってくれや」


「おう、まかせろ。ストーカーだっつてマッポにチクってやるら」


「えー、酷いっすよ。オレ不審者に見えますかね? どう思います京子ちゃん?」


「えーっ、そうですねえ。どっちかっていうと善良な人には見えないですかねー」


「あぁ~、京子ちゃんまで」


「クックック! 逆に不審者以外に、何に見えるっつーんだよ!」

「だよなぁ松下」


「みんな酷いっすよ~」


 松下が顔を崩しながら嘆くと、皆一斉に笑い出した。



 海斗はグラスに入ったウーロン茶をグビリと飲んだ。


「あれあれ? カイったら、そんなん飲んで、相変わらずお子ちゃまでちゅね」


 海斗の正面に座っている上機嫌な彩乃が、ビールを半分以下にしたジョッキを片手に言ってきた。

 食べ物はそこそこなのに、だいぶお酒は進み、彼女を含め酒飲みたちはもう何杯目に突入しているのかわからない状態に。

 年上の男共ならまだしも、二十歳そこそこの女子がこんなに飲むなんて。

 今時の女子大生は凄いなあと海斗は呆れていた。


「さっきからくどいよ。僕はまだ二十歳はたちになってないの。それだけ」

 

 酔っぱらいの絡みはしつこい。お酒が飲める立場の彩乃は、座った目をしながらお姉さん気取りだ。


 来月には誕生日が来て、海斗は二十歳になる。そでまで約一か月の辛抱だ。

 フライングでお酒を飲みたいところだが、そこはグッと堪えて我慢していた。


「うん、カイ偉い偉い! ちゃんと法律は守らないとダメよねー」


「おう! 幼馴染くん。ここにも飲めねえ奴がいるから安心しろって。なあ京子ちゃん」


 にゅっと横からしずかが割り込む。

 京子は可愛くフフッと笑い肩を揺らした。


「ですよねぇ。渋川さんと私、おこちゃま仲間ですね♡」


 京子もまた二十歳を迎えていない未成年者。海斗と同じウーロン茶を飲んでいる。


「じゃあ、渋川さん。ウーロン茶同士、酔えないですけど乾杯」


 軽くグラスを掲げた京子。それに合わせて海斗も「ど、ども」と言いながらグラスを掲げた。


「おいおいおい。仲良しカップルの誕生かぁ? 渋川ぁー、おまえ彩乃ちゃんを差し置いて罪な奴だなぁー」


「よし、彩乃ちゃんはオレに任せろ! なあに、心配いらねえゼ? ついこの間、オレは彼女と別れたばっかりだからな、正直今猛烈に人肌恋しいのよ。わかるか? この切ない気持ちが! ががーっはっは」


 と、先輩二人にいじられる海斗だが、これは会社と同じくもいつも通りなので愛想笑いで受け流す。

 が、ここでしずかが一言。


「あーあ、どうする? 彩乃がやきもち焼いてんぞ!」


 言われた海斗は、慌てて視線を彩乃に戻すと、頬をぷぅと膨らませたおたふく顔が。


「むうー、カイの甲斐性無し!」

「はっ、カイのカイしょうなしだってー、ひゃーウケる!」


 目が完全に座っているおたふくと化した彩乃と、

 それダジャレなの? と目尻に涙を溜めて爆笑のしずか。どこが面白かったのかわからない。

 駄目だ、この二人完全に酔っぱらってる。そう、海斗は心の中で諦めた。


「みんな大分酔ってますね。困ったものです」


 優しい口調で海斗に話しかける京子。

 対する海斗からは、何も言葉は出てこなかった。


 すんと鼻から息を抜いた京子は、二コリとはにかみウーロン茶をちびりと口に含んだ。

 もう一人素面の人がいることによって、海斗は少しだけ助かった気持ちになっていたのも事実だった。


 お酒の力は凄い。酔っぱらって話をしている仲間を見ながらつくづくそう思う。

 今日のついさっき知り合ったばかりの男女なのに、こんなにも和気あいあいと打ち解け合えるなんて。

 まあ、酔っていなくても京子は十分愛嬌をふりまいていたのだが。



 海斗は、一人蚊帳の外感を抱いていた。

 やっぱりというか、海斗の女性に対するあがり症は、こんな楽しい場でも見えない壁となって距離を作ってしまう。

 いくら京子が優しく話しかけても、しずかが文句を言って反応を引き出そうとしても、返す言葉が何一つとして出てこなかった。


 そんな海斗の症状を気遣うためなのか、いつの間にかしずかと京子は、新村と松下の四人で会話を盛り上げていた。



「今度さあ」


 彩乃がおもむろに口を開いた。

 頬杖をつきながらじっと海斗を見つめている。


「今度はカイがちゃんと飲めるようになってからまたやろうよ、飲み会」


 視線をテーブルに落とした彩乃は、枝豆をつまんだ。


「……次、このメンバーであるかなあ?」


 枝豆を咀嚼したあと「あるわよ」と彩乃が言った。


「だって、こんな僕と飲んだって、全然楽しくないだろ。しずかさんや京子ちゃん、絶対に嫌がると思う」


「ううん、そんな事ない」


 首を横に振り、力強く彩乃は否定した。


「しずかさんも京子ちゃんも、カイのこと真剣に心配してくれているの。この間しずかさんなんて『あの喋り方、なんとかしてやりてえな』って言ってくれてたし。あの子たちなら絶対にカイのこと見放したりはしない。アヤが信用している友達だからね。ヒック!」


 酔いの席の話で、どこまで信用できる話か判らないが、それでも海斗は彩乃の言葉を真剣に聞いていた。


「……じゃあ、僕が飲めるようになったら」


「うん、そうしましょ」


 彩乃は笑みを浮かべると、ジョッキに残ったお酒を一気に飲み干した。


「あっ!」とテーブルの料理に目をやりながら叫ぶ彩乃。


「え? アヤどうした?」


 ぐいと顔を近付けてキッと睨んら彩乃。薄茶色の瞳は酔いのせいか、ほんのり赤色に染まっていた。


「そうよ!! なんなら先ずは二人で飲もっか! カイの飲み練習として……そうねえ、カイの部屋で家飲み、それも……限界まで、超限界まで! うん、決定!」


「ええっ!」


 やっぱり彩乃はただの酔っぱらい。海斗は、さっきのしずか達の件を話半分に留めておくことにする。

 ただ、彩乃と二人で飲むことに関してはアリだと思った。彩乃となら気兼ねなく飲めるような気がしたからだ。家飲みはさすがに勘弁だが。


「うふふ、カイと飲めるの楽しみ――――」



 と、言葉途中で彩乃の動きが止まった。

 しかも、ほんのり赤く染まっていた顔色が、見る見る変化していく。


「おい、どうしたアヤ、大丈夫か?」


「だ、大丈夫よ。ちょっとだけ飲みすぎちゃったみたい」


 完全に蒼白した顔で、彩乃は言葉を絞り出す。


「ごめんね、ちょっとトイレ行ってくるから……」


 苦しそうに、ふらふらと立ち上がる彩乃。

 それに気付いた京子は、


「大丈夫彩乃ちゃん? 私、一緒についていってあげるから」


「……うん、ありがとう京子ちゃん……おねがいね」


 彩乃は京子の肩を借りて、トイレへと向かっていった。


「あれ? 彩乃どうしたの?」


 会話に夢中だったしずかは、今気付いたようで海斗に訊いた。

 他の二人も海斗に目をやっていた。


「あ、な、なんだか、飲み過ぎた……みたいで」


 それが海斗の喉からひねり出した言葉だった。

 眉を寄せていたしずかは、海斗から視線を外して「おー、そうか」と呟く。

 海斗から外した視線は、そのままテーブルの料理の上を何回も往復していた。何かを心配するかのように。


「まあ、京子ちゃんが付いてるから、心配ないっしょ?」


 と気の抜けた声で言った新村。

 しずかも「だよな」と言って、また飲み直していた。



 それから10分位して、彩乃と京子は戻ってきた。

 彩乃の顔色はすっかり元通りになっていた。


「やっぱり飲みすぎちゃったね、てへぺろ」


 おチャラけてみせている彩乃。いつもの笑顔を振りまく様子を見て、海斗も安堵していた。

 彩乃と並んで歩く京子は苦笑いのまま、その瞳はなぜか海斗を捉えていた。


「渋川君お願いがあるの」


 京子はいつもより真剣な面持ちで海斗の前に立つと、何かを言いたそうなそぶりを見せていた。何か大事なことを。


「は、はい。な、なんでしょか?」

 

 と、上擦った声を出す海斗に、京子は目を見開いていた。

 海斗のどもった喋りと、少し落ち着きのない仕草が、喉まで出かかった京子の言葉を飲み込ませてしまっていたのだ。

 代わりに出てきた言葉は、至って普通のお願いだった。


「飲み会おわったら、彩乃ちゃん家まで送ってほしいのです……あの、いいでしょうか」


「あ、はい。ああの、もともと、そのつもり、だったんで……」


 頭をくしゃくしゃに掻きながら答える海斗。

 それを聞いた京子は、少しだけ安堵した顔になっていた。


「そう、良かった。じゃあ、おねがいしますね」


 二人で同時にぺこりとお辞儀をして、京子と海斗は彩乃に視線をやった。

 当の彩乃は途中で店員を捕まえて、ソフトドリンクを注文し直していた。


「ごめーん、アヤはこっからコーラで」


「おうおう、お子ちゃま呼ばわりした奴が、コーラかよ」


 しずかが嫌味ったらしく言うと、彩乃は舌を出して肩をすくめた。


 そして、お開きの時間になるまで全員で合コンを楽しんだ。

 

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