02 幼馴染との再会は
程なくして、海斗の席に担当となるメイド服の女の子がやってきた。
「こんにちはーご主人様、わたくしはノンコといいますー」
他の娘と変わらず鼻にかかる甲高い声であいさつをしたノンコは、先ほど頼んだオムライスをトレーに乗せていた。
当然のように海斗の向かい側へ着席する。
ノンコはトレーのオムライスを海斗の前に差し出すと、
「えっとぉ? ご主人様のおなまえはぁ?」
キラキラの瞳で窄めた肩を振りながら名前を訊く。
悩殺萌え萌え攻撃で、可愛さアピールを全開にして攻めるノンコ。ファーストコンタクトは完璧の筈だったが、
「……あ゛」真正面のしょぼくれた男を見て絶句してしまった。
残念ながら海斗は俯いたまま全く彼女を見ていなかった。
それどころか、頭を掻きむしりながら何か言いたそうな雰囲気。
「…………か」
「か?」
やっとのことで絞り出した海斗の言葉に、疑問符を付けて返したノンコ。次の言葉を待っていると、
「……か、か、かいとです」
「あ、ああ……へえ~、かいと様ですね。よろしくお願いしますぅ」
ノンコは少し呆れた感じになりつつも、海斗が名前を名乗ったと分かれば、すぐさま萌えキャラを取り戻していた。
「ど……ど、ど、ども」
どもった上にうわずった声しか出ない海斗。やっぱり女の子を目の前にすると、上手く喋れなかった。それどころか、ノンコの顔さえまともに見れていないヘタレな自分に嫌気が差していた。
「そのご様子ですと、とーっても緊張していらっしゃるのかなぁ? でもぉ、このカフェに来たんだから、すぐにわたくしたちと仲良くなれますよぉ、ねっ♡」
「…………」
未だに俯いたままの海斗を目の前に、ノンコの口端が引きつりそうになる。しかし、そこはプロの接客業として怯むわけにはいくまいと、うふっと笑い声を返して笑顔をキープしていた。
「なんかぁ、ノンコのおともだちにもぉ、かいと様と同じ名前の人がいますよー。なんとなく、雰囲気も似ていてー、ノンコ、チョットだけ気になっちゃうかもぉー」
一々わざとらしい喋り方をするノンコだが、それもメイドカフェの最大のウリである。マニュアル通り、そうやって目の前の異性を気になるなどとリップサービスをすれば、大概の男子はこれがたまらなく胸キュンしてしまうのだ。
「そ、そ、そう、で、すか」
いまいちリアクションの薄い海斗に、いよいよ本気モード全開で攻めるため、ノンコはぐっと前のめりの体勢をとった。
先ずは自分の顔を見てもらわなければ、その魅力が伝わらない。ずっと視線をテーブルばかりに向かせていた海斗へ、顔を上げてこちらを見るように直接指示を出した。
「ねえ、かいと様、お顔見せてくださいよぉ。俯いたままだとぉ、楽しいお話できませんよぉ?」
顔を上げてほしいとのんこが要求してきたので、仕方なく海斗は俯いていた顔をゆっくりと上げた。
このお店の女の子たちの制服はほぼ一緒だ。テーブルが邪魔をして腰回りと短めのスカートは見えないものの、胸部が大胆にが解放さたメイド服の上着は、白いブラウスと襟元に付けた大きなピンク色のリボンをより映えさせていた。
しかし目の前の女の子のは、その胸部が他の娘よりも随分と大きく飛び出して見える。近距離のせいかもしれないが、それでもつい見入ってしまいそう。
ブラウスの襟は首回りまで覆われているし、大きなリボンまで付いているので、胸元の谷間なんて全く見えないのに、グラビアアイドルのあの谷間を想像させてしまう程だ。
あまりジッと胸ばかり凝視していると変質者扱いされかねないので、海斗は自然の流れで視線をノンコの首上に移動していく。
顔面は強張ったままだだったが、それでも口の端を釣り上げて必死の笑顔を作り出した。
「ど、ども……」
そして、視線が交わった瞬間にノンコから「え!?」と声が漏れた。
同時に彼女の時が止まってしまったかのようにピクリとも動かない。
海斗はなにが起きたかわけが分からず、笑顔のまま硬直するノンコの表情を目の当たりにした。
「あ、あれ? ノンコ、さん? ど、どう、したの?」
薄茶色の瞳をわずかに震わせてジッと海斗を見つめるノンコ。その表情から徐々に作り笑いが消えていき、真顔ともいえる真剣な表情に変わっていた。
「えーーっ!! うそ! カイなの?」
震えた声でノンコが吠えた。
さっきまでの接客用とは違い、低めの声を。おそらくそれが彼女の地声なのかもしれない。
瞳を大きく見開いて、両手を口に押し当て周りをキョロキョロ見渡しながら「え、えっ! うそ、うそ、やだ!」などと言っていた。
何故、目の前の少女は慌てだしたのか。その様子を見ていた海斗は、いまいち状況が飲み込めずに困惑する。
「えっと……ノンコさん、だ、だい、じょうぶ……かな……」
気が違ってしまったのかと思えるほど上半身を乱れ振りたくるノンコに、周りの注目を浴びるのだけはどうにか避けた海斗は、どうにかしようと彼女に問いかけた。
「ね、ねえ! お、お、落ち着いてっ!」
その声が耳に入ったノンコは、左右に回していた上半身をピタリと止めて、再び海斗と向き合わせる。
乱れた呼吸を整えるために、両掌を胸に当ててゆっくりと深呼吸を数回。
胸元か解放されているメイドの制服は、割と大きなノンコの胸を更に際立たせていた。
深呼吸で息を吸い込む度に、さらに大きく隆起する胸部を目の前で見せられている海斗にとって、嬉しいやら恥ずかしいやらで目のやり場に困ってしまう。
「……ごめんね、突然だったから、つい、驚いちゃって」
落ち着きを取り戻すと、ノンコはまたさっきと同じく前のめりになり、今度は周りに聞こえないように口を手の甲で隠しながら海斗だけに囁く。
「ねえ。君は、えっと……渋川! そう、渋川海斗くん…………だよね?」
目の前の見知らぬ少女に突如フルネームを言い当てられて困惑する海斗。
こんなに可愛い女の子が知り合いにいたのかと考えてみるも全く思い当たらない。
なぜ彼女は? と思ったが、ただ単に自分が彼女を知らないだけであり、彼女は何かのきっかけで自分の事を知る機会があったと推測する。
今更隠したところでどうこうならないだろうと考え、ここは正直に返答した。
「え? ええ! あ、うん、そうだけど……」
そう海斗が肯定すれば、こくりと頷きノンコ。強張っていた彼女の表情が段々と柔らかくなっていった。
「ど、どう、して? 僕の名……前を?」
どう考えても心当たりの無い目の前の少女に、どうして自分の名前を知っているのか問いかける。
しかし帰ってきたノンコの反応は、ただ単に喜びを表現している姿だけだったのだ。
「やっぱり! カイだ、カイ! わあぁぁー、なつかしいー。ねえ、元気だった?」
ノンコは幼い少女のように体を弾ませて、嬉しさを海斗にぶつけていた。
だが海斗も気になるワードを耳にする。
カイ……この呼ばれ方はずっと昔に耳にしていた。
それは、記憶の奥底に眠っていた子供の頃の思い出を呼び覚ますようで……
「え? な、何? ど、どうして、その、呼び名を? き、き、君は……だれ?」
「誰って、ほら私。覚えてない?」
ニコッと目を細くして首をチョンと傾げたノンコ。
挨拶の時もノンコは得意のこのポーズで心を掴みたかったのだが、海斗は見ていなかったこともあり断念した。
しかしながら、作り笑顔の初回より、素を前面に表した今回の方が圧倒的に可愛かった。
あまりの可愛さに海斗の心臓が撃ち抜かれてしまい、激しく脈打つのが鼓膜まで届いていた。
こんなに可愛くて、女の子らしくしている女の子なんて全く心当たりが無い。
特に胸がこんなにもデカイとか、会ったことがあるなら忘れる筈がない。
仕方なく、海斗はこう返す。
「い、いや……ぜ、全然、知りません」
海斗の答えを不服としたノンコは、その大きな瞳をキッとさせて不満を漏らした。
「えーーーっ! なんかショック。 私、ほら私よっ!!」
そう言うとノンコは余計にムキになって、諦めるどころか更に詰め寄ってくる。ぐぐっとその可愛らしい顔を海斗の鼻先に近づけてきた。
あまりの近距離に、海斗は思わずのけぞってしまう。
「もう! カイは何で幼馴染の顔を忘れるかなあー」唇を尖らせて、ぷうっと頬を膨らませているノンコ。
幼馴染……ノンコからその言葉を聞いた瞬間、遠い昔の記憶が呼び覚まされた。
全く思いもよらなかった女の子。
その子の顔と名前が、海斗の脳裏へ瞬時に浮かび上がったのだ。
「……まさか! 君は……彩乃なの?
「ピンポーン! カイ君、大正解!」
海斗は、人でごった返しているメイドカフェの中で、会うはずが無いと思っていた幼馴染と偶然にも出会った。
それも、幼き日に別れたまま、久しぶりの再会だった。
薄茶色の瞳で見つめている彩乃。
美人の大人になった幼馴染との再会を果たしたのである。
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