ドーピングの効果
『今だ!』
俺はワンドを頭上に掲げて、持ち手にあるスイッチを入れた。
『キングモードを発動します』
ワンドから声が聞こえた直後、閃光が世界を白く染め、俺の衣服が消えて、ゴブリンの叫び声があたりに響いた。
涼やかな冷風と熱風の双方を体に感じて、自分が全裸になった事を実感する。
俺は今、社会的ルールや理性という縛りから解き放たれ、真の自由を得たと理解した。
それは魂の開放。
みなぎる活力、躍動するからだ、自由の喜びに心と股間が震え、言い表せない全能感さえも感じた。
だが閃光が収まと、徐々に俺の衣服がもどり、ストリーキング状態が解消され、全能感さえも『じゃ、また』という感じで去って行った。
あとに残るは、目が見えなくなって大騒ぎするゴブリンの姿と、不条理な現実。
そして、全力で駆け戻ってくる、理性と羞恥心。
…死にたい。
俺は変態じゃないと、周囲に向けて叫ぶが、考えてみれば俺の姿は他者には見えず、俺の心情も誰も知らない。つまり、俺の日常に何ら影響はなく、社会的に死ぬこともない。
ありがとう異世界、ありがとう鈴木さん。俺はまだ生きられる。
『キングモードは200円で10回分のチャージ可能です。詳しくは公式サイトのストアをご確認ください』
………って、何なんだ、このワンド!
「ハッピーな記念品って、ヤバい方向にぶっ飛ぶだけじゃねえか!…って、ヤバ!」
叫んでいたら、目の前のゴブリンに俺の居場所がばれたらしく、見えないながらも、手を振り回して接近する者や、弓をつがえる者がいた。まずい、このままだと本当にまた死ぬぞ。
俺は慌てて、近寄ってくるゴブリンを槍で突く。
槍はあっさりゴブリンの胸を貫き背へ抜けた。
「まずい、槍が使えな…」
ゴブリンが邪魔になって、槍が使えないと思いながらも、反射的に横へ振った。
すると、槍はゴブリンを刺したままでも、予想外に軽く、振ったその勢いでゴブリンが槍からすっぽ抜け、他のゴブリンを巻き込んで、彼方へと転がっていった。
「ポーションすげえな」
残るゴブリンは5匹、俺は槍を握りしめ、弓もちゴブリンとの距離を詰める。
足音で接近を感じたゴブリンが弓を構えるが遅い。
ヒュンと風切り音を立てて、振るった槍がゴブリンの首を跳ね飛ばす。
更に切り返しで、別の一匹を袈裟懸けに切る。
ゴブリンの一匹が、逃げ出す。
視力が戻って、不利を悟ったのだろう。
俺は逃げるゴブリンの背に向けて「火球」と、短く言って魔法を放つ。
背に火球を受けたゴブリンは、炎に包まれ悶えながら倒れた。
ゴブリン程度への攻撃なら、単語で十分なようだ。
よし、この機会にもう一つの魔法も試しておこう。
「刃旋風」
火球の威力から推測して、この距離で刃旋風をフル詠唱すると、俺自身も危険と判断して短く唱える。
すると、手の前で風が巻き始めたが、日本でじんせんぷうと言えば、塵旋風と書いて塵を巻きあげた、つむじ風の事をいうのだけど、これは字が違うな。
渦巻く風をゴブリンに向けて、ひょいっと投げる。
俺の手元を離れたつむじ風は、急に2メートルほどの大きさに成長し、ゴブリンに向かっていく。
ゴブリンは、つむじ風から逃げようとするが、つむじ風はまるで誘導ミサイルのように、ゴブリンの後を追う。ゴブリンの背でつむじ風が煌めき、ゴブリンが細切れになって、血煙になる。それでも刃旋風は消えず、次なる獲物を見定めたかのように、最後に残ったゴブリンに襲い掛かり、これもみじん切りに変えた。
なおも数秒その姿を保っていた刃旋風だが、効果時間が切れたのか、解けるように消えた。
思った以上に使えたけど、これ対象をどうやって選んでいるんだろう。
「ホーミングミサイルって、電波とかの反射で敵を感知しているんだっけか? でも、あの魔法にそんな機能は無いよなあ。近くにいる者を無作為に襲うなら、使うときに注意しないと、味方を巻き込んだり、俺自身が切り刻まれたりするかも」
『スキル 忍び足のレベルが上がりました』
『スキル 槍術を取得しました』
『スキル 槍術のレベルが上がりました』
おお、このタイミングで報告来たか、ステータスさんは意外と融通が利くんだな。
んじゃ、ステータスさん現状報告をよろしく。
【名前 世界航】
【種族 人族】
【年齢 21歳】
【状態 健康】
【職業 】
【スキル ステータス開示・鑑定1・投擲1・忍び足2・槍術2】
【固有スキル 訓練所作成】
スキルも増えて、そこそこ見られるステータスに、なってきたんじゃないかな?
俺は一人うなずきながら、捕まっていた女性の方へ向かう。
倒れた女性の顔は見えず、年のころもわからないが、脈をみると生きているようなので、とりあえずヒールをかける事にする。
「万能なるマナよ、その清く温かな力をもって、倒れし者の傷を癒せ。ヒール」
俺の自傷とは訳が違うので、効果を水増しするために、少し言葉を足して唱える。
女性が光に包まれる様子を眺めていると、急なめまいを感じて膝をついた。
「何…だ…こ…」
俺はそのまま地に倒れて気を失った。
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