隣のお姉さんは魔法少女、ぼくは悪の大幹部
タナカつかさ
第1話 隣のお姉さんは魔法少女。
僕にはお姉さんが居る、それは近所のお姉さんで、とても優しいお姉さんだ。
毎朝優しい笑顔で挨拶をして、テストが一〇〇点だとスゴイ褒めてくれて、夜勉強していると窓から手を振って応援してくれる。
家に両親がいない僕を気に掛けて、いつも一人の夕食を心配して、一緒に居ようとしてくれて、ほんの小さな楽しいことも、ほんの小さな悲しいことも、全てを共有して分かち合おうとしてくれる。
小さい頃からずっと一緒にいる、僕の一番大切なお姉さんだ。
でもある日、僕はお姉さんの秘密を知ってしまった。
「――変身!」
僕の名前は
今、目の前でピカピカしながら変身している、お姉さんのお隣さんだ。
突然だけど、この世界には怪物が居る。
それは悪の組織が造り出す怪物で、その怪物は人間が元になっている。
仕事のストレスとか友達への恨み、スポーツの試合で負けた哀しみとか、就職がうまくいかないこの世の理不尽に対する怒り、そういうのを扇動して感情を爆発させる。
と、原理は分からないけど心の闇を抱えた人は真っ黒な怪物に変身してしまうんだ。
その怪物の名前は通称『アクダーマ』、魔法少女に倒されるのが仕事の怪物だ。
彼、もしくは彼女らは、日曜の朝に週一で現れるわけじゃない、一日一回どころか、日を跨がずに昼でも夜でも何度でも現れることもある、この荒んだ現代社会を象徴する存在だ、お陰で保険プランすらある。
それに対抗する存在が居た。
それが魔法少女、国や宗教によっては、スーパーヒロインとか女神とか天使とか聖女とか呼ばれている。
そんなわけで、
「――行きます!」
お姉さんは戦っていた。
はぁ! せや! えいっ! このっ! とか言いながら、ドレスみたいな衣装を着て物理法則をびゅんびゅん無視して八艘跳びしパンツが絶対見えないスカートを翻し魔法の杖からシャラン♪と光線を出しながらぶん殴る。そして、
「――これで終わり!」
ビームなリボンで相手を拘束し、背中から光の翼を噴射し反動を相殺すると杖からエグイ魔法ビームの大砲をぶっ放した。
余波の燐光が、桜の花びらのように舞う。
着弾、アクダーマが悲鳴を上げながらどこか気持ち良さげに消えて行く。
残心、爆発四散を見届け光が消えるとそれを解除し踵を返す。
するとそこには妙にすっきりした顔のオジサンが倒れていた。お姉さんは眠るオジサンに近付き、更に杖から癒し系の光のシャワーを浴びせ、
「……次は再就職が上手く行くといいですね?」
聞いてる方がとても切なくなることを言った。
おじさんに何があったのかはお察しだ。
一仕事終え、お姉さんはこの場から立ち去ろうとスカートの裾を翻す。
そこで、
「あっ」
「あっ――」
顔を合わせた。
気付いた。
気付かれた。
ずっと見ていたことを。
ずっと見られていたことを。
お姉さんが、怪物から逃げ惑う地域住民の方々の中、一人周囲を見回して人気のない路地にこそこそ駆け込んだところとか。
変身するところ(眩しくて、見えない……)に、決めポーズをさりげなく取ったところ、それを直後に若干恥ずかしがったところと衣装で誤魔化し切れないストーンとした胸囲とか。髪が夜空と桜と銀色の月を混ぜたような不思議な色で、星明りを落とすみたいにそれがキラキラと光りながら地面に雫を落としている所とか――
もうどうコメントしたらいいのか、近所のお姉さんが魔法少女とか。
「え……えっと……」
「……あ、……な、なに?」
魔法少女なお姉さんも戸惑っていた、高校生なのに、いい年してカッコいいポーズとか決めゼリフとか言ってるところを、知り合いに見られたらそりゃ恥ずかしいよね?
じゃなくて、僕にはまず聞かなければいけないことがある。
「あの……」
「う、うん」
「け、怪我してませんか?」
「……え、ええっと――」
そう、ニュートンに喧嘩売ってるあんなトンデモバトルを繰り広げて、その辺の塀とか街路樹にふっ飛ばされてたけど体は大丈夫なの? ってこと。
いつもと違うお姉さんの姿にちょっと声が裏返っちゃったけど、ひざを擦りむいたとかねん挫、アザで済むような勢いじゃなったもん、ものすごく心配なんだけど?
そんな僕に、お姉さんは埃塗れの背中やら裾やら胸元やらを、くまなく見渡し、
「……うん、大丈夫」
本当に? と思うけど、僕にそれを訊かれたこと自体がなんだかちょっと幸せそうなので、まあいいかと思う。お姉さんは芯の強い凛とした人だけど、その所為で無理をしちゃわないかと心配なんだけど――
お姉さんはなんだかものすごく微笑まし気に僕を見て、
「……心配性なのね?」
「――ち、ちがうよ! そんなんじゃないんだからね!?」
思わずツンデレしちゃったよ。誰得、男子小学生のツンデレなんて――
目の前ですごいクスクスしてるお姉さんが居るよ! くっ、僕はまだお姉さんにデレてなんかいないんだからね?!
「――じゃあ、またね?」
「あっ、」
「さようなら」
お姉さんは、ふわっと重力を無視して空を飛んでどこかに消えて行った。
「……
隠す気あるの? お姉さん、相変わらずスカートの中は見えないけど。
もっと別のものを隠そうよ。
そう思いながら、僕は魔法少女になったお姉さんのことを見ていた。
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