第803話 棒に当たった気分
無事ガルノバン王都に到着し、列車に乗り換える。今回の列車は私専用の特別車両なので、発車時刻は私が乗った時だ。
「では陛下。色々お世話しましたー」
今回は、世話になったというよりは、世話したという方が正しい。私、嘘は言っていない。
アンドン陛下も反論せず、困ったように笑うだけだ。
「相変わらずだな、侯爵。また、温泉街にでも行かせてもらうわ」
「その時は、予約をお忘れなく」
脇からリラが注意する。アンドン陛下、「やべ」って顔をしないように。今度アポなしでうちの領に来たら、速攻正妃様と宰相様に連絡して、引き取りに来てもらいますからね。
列車は順調に走り、もうじき山を越える。ここを越えたらデュバル領だ。
「何か今回の旅行は長く感じたなあ」
「最後の最後に妙な事に巻き込まれたからね」
本当にね。あれも、三男坊が容疑者になってなければ、振り切って帰ってたところなのに。
「とりあえず、しばらくは領地でのんびり――」
「出来る訳ないでしょ? このまま王都へ行くわよ」
「えええええええ」
リラが酷い。王都邸でまた書類の山に埋もれさせる気か?
「シイニール様の件、王宮に報告に行かなきゃ」
「ああ、それか。いや、それならユーインとヴィル様に頼んで」
「一番関わったの、あんたでしょうが」
ぐうの音も出ませんて。
結局、列車はデュバル領を過ぎ、そのまま王都へと続く路線に入った。さらばデュバル、また会う日まで。
「あ、そういえば、ロイド兄ちゃんとツイーニア嬢のその後って、どうなったんだろう?」
「婚約が整ったのよね? 次は結婚式?」
そう。王都に戻ってしばらくしたら、ルチルスの結婚式もある。あちらはヒューモソン家の体面もあるから、支度にはうちも手を貸す事になっていた。
ルチルスの実家は男爵家で、あまり裕福とは言えないから。
ヒューモソン家は腐っても伯爵家。それに、面倒な前当主と前嫡子を追い出したから、これから右肩上がりで収入を増やす可能性が高い。
うちからも色々仕事を頼みたいし。その為にも、一門となったルチルスの結婚式には、しっかりうちの存在感をアピールしておきたいところ。
対して、ロイド兄ちゃんの結婚式は、ペイロンで行われるだろうし、一番手を出すのはペイロン伯爵家……ルイ兄とツーアキャスナ夫人だ。
うちとしては、ツイーニア嬢を預かっていた関係から、式に列席するのと、祝いの品を贈る程度かな。ちょっと寂しい。
「式には、うちからも参加者が多くなるわね」
「あー。ヤールシオール始め、友達だっていうからね」
お義姉様やリナ様も招待されるかも。同じ派閥でもあるし、問題ないのでは?
私の言葉に、リラが少し表情を陰らせる。
「セブニア夫人は、どうかしら」
「あ」
ツイーニア嬢は、長らくセブニア夫人と一緒に療養していた経験がある。お互い、療養の結果が出て今はいい方向へ行っているけれど、苦しんだ経験を共有している相手だ。
「セブニア夫人も、招待されるんじゃない?」
「ツイーニア嬢はそうでも、クインレット家がどう思うか」
「えー? 当主で兄ちゃんの父親であるアロゲートのおっちゃんなら、嫁さんの仲いい人は全員呼べって言いかねないと思うんだけど」
「あんたはまた……クインレット家って、ペイロンの分家の中でも筆頭でしょう? そこの跡取りの結婚よ? そんな軽く――」
「大丈夫だって。何故なら、ペイロンだから!」
私の宣言に、リラがうろんな目でこちらを見てくるんだけど。酷くない?
車内で一泊過ごす間に、列車はユルヴィル駅の近くまで来ていた。
「お、ここからトラムと道路が見える」
「あら、本当」
王都の再開発地区と、ユルヴィルを結ぶ新線だ。これが出来上がれば、ユルヴィルへ行くのも楽になる。
それはつまり、列車を利用する人間が増えるという事。駅舎は元から大きく作ってあるから問題ないけれど、今の線路の数では足らなくなるかもね。
今のうちに、拡張工事をしておこうかな。
「また悪い事を考えているわね?」
「え?」
車窓から新線を見下ろしつつあれこれ考えていたら、脇からリラが怖い顔で睨んできた。
「べ、別に悪い事なんて――」
「本当に? また何か新しい仕事を思いついたんじゃないでしょうね?」
……新しくは、ないかな。今あるものを拡張するだけなんだし。
駅で下車し、せっかくなのでユルヴィル家に寄っていく。兄がいなくとも、お義姉様やばあちゃんはいるだろ。
そう思っていたら、意外にも全員いて、しかも来客中だという。しまった、そのパターンは考えていなかったわ。
お邪魔するのも悪いと王都へ向かおうと思ったら、お義姉様がホールまでやってきた。
「レラ様! ああ、これぞ天の助け!」
え? 何?
何故か客間に通された。そこにいたのは。
「リナ様!?」
「レラ様。いや、こんな偶然あるのか……」
何やら、リナ様の元気がない様子。いや、リナ様だけでなく、兄やじいちゃんばあちゃんまでどんよりしている。
「どうか、したんですか?」
「実は……」
リナ様の説明によると、現在リナ様の婚家シャウマー伯爵家が大変困った状況にあるという。
リナ様の夫であるシャウマー伯爵ジーロス卿には、妹がいる。以前、プレデビューで会った事がある、サラータ嬢だ。
そのサラータ嬢に、縁談が持ち上がっているんだとか。
「ええと、サラータ嬢はまだ学院生だったんじゃあ」
「そうなんだ。それを、学院を退学させて嫁がせろと、旦那様がせっつかれている」
えええええ。普通、そこは卒業までは婚約でいいだろうに。
大体、せっついているっていうのは、どこの誰だよ。
「リナ様、その、サラータ嬢を嫁がせろと言っている人物は、誰なんですか?」
「その……旦那様の親族なんだが……その……」
何やら言いにくそうだ。
「レラ様、リナ本人は言いにくいでしょうから、ここからは私が説明します」
「あ、はい」
「今回サラータ嬢に結婚を迫っているのは、シャウマー伯爵家の分家に当たる家の当主なのですが、リナが結婚する際、最後まで反対していた人物なんです」
何と。つまり、最初からリナ様の敵という事か。
「彼は、リナの結婚の際には自分が譲歩したのだから、サラータ嬢の結婚に関してはそちらが譲歩しろと言ってきたそうです」
「何それ」
思わず、リラと声が重なった。分家とはいえ当主なら、多分シャウマー伯爵よりも年上なのだろう。いい年したおっさんが、屁理屈こねるな、まったく。
それよりも、大事な事がある。
「リナ様。サラータ嬢は、今回の縁談、乗り気ですか?」
「いいや。相手は旦那様よりも年が上で、しかも後妻に欲しいと言ってきているんだ」
はーあー? そんな年上のおっさんが、シャウマー伯爵家の令嬢を後妻に望でいるだと?
「失礼を承知で聞きますけれど、相手の家はそんなに身分と家格が高いんですか?」
それでも大概失礼な話だが。でも、リナ様は首を横に振った。
「いや……家格で言えば、シャウマー家よりも下だ。爵位はギリギリ子爵だけれど、あまりいい話は聞かない。それに、見た目がガマガエルなんだ」
ぶふぉ。最後の一言に、思わず吹いた。ガマガエルって。いや、確かにサラータ嬢にガマガエルオヤジは似合わないわな。
「私も旦那様も、どうにかサラータを護りたいのだけれど、自分達の結婚の際に一悶着あった相手だ。どうにも強く出られなくて……」
「それで、困った結果我が家に相談しにきたの」
なるほど。ユルヴィルは今はそうでもないけれど、以前は魔法の大家として有名だったし、じいちゃんばあちゃんにはまだまだ高位の家に伝手がある。
とはいえ、問題が結婚では、どの家も迂闊に手は出せない。貴族同士の結婚って、国同士の同盟とか企業同士の提携のような問題だから、外から口を突っ込むのが難しいんだよな。
とはいえ、このままだとサラータ嬢がガマガエルオヤジの後添いにされてしまう。さすがにそれは可哀想だろう。
いくら貴族の結婚は家同士のものとはいえ、もう少し若い乙女の事を考えてほしいものだ。
その分家の当主、リナ様達に嫌がらせの為にこの縁談を持ち込んだんじゃね?
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