第802話 大丈夫、わかんないって

 ソードン修道院での一件は、無事解決した。結果があれだけれど、これでいいと思っておこう。


 表向きは、コーテゼレナ嬢の事故死という事にするという。さすがに、元とはいえ侯爵令嬢が飛び降り自殺したとなると、ハリンドン侯爵家の名に傷がつくし、修道院側としても醜聞だ。


 一応、院長にだけはこちらの考えをアンドン陛下が伝えたらしい。渋い顔をしていたってさ。


 修道院長になるくらいだから、教義には厳しい人なんだって。こちらの宗教でも、自殺は禁じられているから。


 元ハリンドン侯爵夫妻に関しては、アンドン陛下に一任している。といっても、この先元侯爵夫人は人前には出られないだろう。


 既に侯爵位を譲って隠居状態だから、誰からも不思議には思われないのが救いと言えば救いか。当人の、ではなく家の、だけれど。


 アンドン陛下にした説明を、リラにも話した。彼女も転生者だから、日本云々が通じる。


 これがあるから、ユーインやヴィル様は遠ざけないといけなかったんだよなあ。リラを同席させなかったのは、一応アンドン陛下だけに教えるって建前だったから。


 今、私達は修道院とは街を挟んで逆にある小高い丘に来ている。二人だけで散歩するという名目で、宿を出て来たのだ。


 内緒の話をするので、念の為遮音結界も張っておいた。


 全てを聞き終えたリラが、軽い溜息を吐く。


「まあ、本当に軟禁する訳じゃないんでしょうけれど」

「あー、うん」

「あんたも気付いてたんだ。普段は貴族的な考えからは遠ざかっているのに」


 こればっかりはね。色々と習ってもきたし。


 ペイロンでも、どうにもならない人材ってのは出てくる。全員が全員、健全な脳筋になるとは限らないのだよ。


 で、そういう人はどうするか。下手に権力のある家に生まれた場合、どうにもならんと判断されたら秘密裏に「処理」される。いわゆる急な病による病死だ。その為の毒薬も、ペイロンには長く継承されているんだとか。


 実子でもないし、ペイロンを継ぐ訳でもない私に、何故それが教えられたのか。あの頃から、私にデュバルを継がせる計画、立ってたのかもね。


 それはともかく。元ハリンドン侯爵夫人は、ここから出てハリンドン侯爵領の端で静養する事が決まっている。実質の軟禁。


 でも、来年か再来年。ここでの話が人の口に上らなくなった頃、例の「急な病死」になるだろう。


 時期に関しては、アンドン陛下が決めるだろう。多分、ガルノバンの行事の邪魔にならない頃だと思う。


「……色々と、救われないわね」

「だね」


 それだけ言うと、私達は無言で宿へ戻った。




 残る大仕事は、三男坊にこれを伝える事だ。もっとも、大仕事なのは私ではなく、三男坊自身とサーリニール夫人だろう。


 何せ、あれこれをザカノアド伯爵夫人に伝えなくてはならないのだから。


「真相がわかったって、陛下に聞いたよ。コーテゼレナ嬢の事故死というのは、本当なのかい?」

「まあ、殿下は私をお疑いですか?」

「だから、もう殿下じゃないってば……」


 いつまでもボンボンに見えるから、私に「殿下」呼びされるんですよ。子供も生まれたってのに、どうしてこうなのか。


「コーテゼレナ嬢は、鐘楼の上、鐘の側に上るのがお好きだったようです」

「何だって、そんな場所に……」

「そこから、王都が見えたそうですよ」


 嘘だけど。山脈に阻まれて、王都は見えない。もっとも、山脈がなかったとしても、鐘楼程度の高さからは見えなかったかもしれないけれど。


 でも、三男坊は信じたらしい。


「え? そうなの? じゃあ、王都をよく見ようとして、足を滑らせた?」

「おそらく、そんなところでしょう。鐘楼に上るとわかるんですけれど、壁を挟んであの谷がよく見えるんですよ」


 これは本当。よくあの場所から、あそこへ飛び下りようと思ったよな。高所恐怖症のユネーじゃないけれど、私でもちょっと足がすくむのに。


 私の話を聞いた三男坊は、隣に座るサーリニール夫人を気遣う。


「大丈夫?」

「ええ。……でも、こんな事、お母様に何て伝えればいいのか」

「伝えなくていいんじゃないですか?」

「え?」


 私の言葉に、サーリニール夫人だけでなく、三男坊も鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「だって、ザカノアド伯爵夫人って、ここにはいらっしゃらないのよね? なら、嘘を言ったところで相手にはわかりようがないでしょう」

「そう……なのかしら?」

「サーリニール夫人が言いにくければ、殿下が伝えたらいかがです?」

「え? 僕?」


 あんた、元王族だろ? そのくらいの嘘、笑顔で吐けよ。あんたの兄ちゃん達は、平気でやるぞ? あ、母親のネミ様もか。上王陛下はどうだろうなあ。


 そう考えると、三男坊って父親の上王陛下に似たのか?


 ちょっと不敬に当たりそうな事を考えていたら、サーリニール夫人が弱音を吐く。


「でも、お母様をうまく騙せるかしら……」


 かなり母親に対して苦手意識を持ってるね。まあ、話に聞く限り、当然か。


「もし騙せそうになかったら、ここで元ハリンドン侯爵夫人が人事不省に陥ったと言っておけば、誤魔化せますよ。これも嘘だけれど、元侯爵夫人は誰にも会えなくなりますから、こちらも嘘だとは見抜けません。ザカノアド伯爵夫人は元侯爵夫人に意識が向いて、お二人の事は眼中になくなりますよ」

「助かるけれど、言い方……」


 何か問題でも? ここまでお膳立てしてやってる私に、失礼ですよ? 三男坊。




 意外と短い滞在だったけれど、何だか濃い時間を過ごした気がする街だったな。


 そのソードンの街ともお別れだ。宿から見送りに出てくれたのは、元ハリンドン侯爵。


 娘と妻が立て続けにあれこれあったせいか、ここに来て見た時よりも確実に老けている。心労を考えると、当然かも。


「デュバル侯爵、妻が大変失礼を致しました。今更ですが、詫びても詫びきれません」

「お気になさらず」


 実害はなかったからね。もっとも、元侯爵夫人が刃物を持っていたから、殺人未遂となり、結果近い将来の死を招いた。


 ある意味、溺愛する娘のところへ早々に行く訳だ。いいんだか悪いんだか。 帰りの車の中は、さすがに静かだ。行きも、そこまではしゃいだ訳ではないけれど。


 アンドン陛下の気分が落ち込んでいるのは、車のスピードに表れるのかもしれない。行きとは違い、安全運転だ。


 帰りも、アンドン陛下運転の車に乗っている。同乗しているのはリラ。またしても男性陣は別の車に追いやられた。


 ユーインがリアクションなしだったのが、ちょっと気になる。


「……悪かったな」

「え?」


 後続車に意識を向けていたら、運転席のアンドン陛下から謝られた。


「面倒な事に巻き込んで」

「まあ……それは」


 一応、三男坊が容疑者だってんだから、どのみちレオール陛下からも真相解明に動けと言われたと思うんだ。


「うちの三男坊が巻き込まれましたからね。仕方ありません」

「シイニールもざまあないな。相変わらずその扱いかよ」

「成長が見られないので。大変残念です」


 同じ三男坊でも、ミロス陛下はしっかりしているのに。まあ、ちょっと母親を苦手にしているようだけれど、男の子なんて皆あんなもんでしょ。


 ふと気になったので、アンドン陛下に聞いてみた。


「陛下の母君って、どんな方ですか?」


 ……返事がない。どうしたんだ?


 しばらくして、アンドン陛下の口から重い溜息がこぼれた。


「侯爵……何と言う恐ろしい事を聞くんだ」

「え?」


 私、何か変な事を言った? リラを見るも、彼女にもわからないようで、無言で首を横に振っている。


「あのな、俺の母親って事は、姉上やヴァッシアの母でもあるんだぞ?」

「……ああ」


 どちらも「女傑」と呼んで差し支えないような方達だ。なるほど、ガルノバンの王太后陛下は女傑……と。


 この世界、王族の女性は強い人が多いな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る