第797話 修道院の為の場所
寂れた街、ソードンをアンドン陛下を交えてそぞろ歩く。一旦宿屋に取った部屋で、全員着替えてからの街歩きだ。
アンドン陛下と私、ユーインの三人のみ。ヴィル様とリラは、三男坊達の話を聞く事になっている。
いや、あの夫人、相当抱え込んでそうだから。リラなら、聞き役にうってつけだし。
街は蛇行する道の両脇に建物が並ぶ、宿場街のような様相だ。
「元々ソードンには、修道院以外何もなかったんだ。一時期は監獄に使われたって話は、したよな?」
「聞きました」
「そのくらい、人が来ない場所だったんだよ。監獄から修道院に戻される際、それまでの男子修道院だったものを、女子修道院に改修したそうだ。当時の修道院長は、王家の行かず後家だったってさ」
陛下、口が悪い。当時がいつだったのかは知らないけれど、王女では国の事情で嫁ぐ嫁がないが決定するだろうに。
まるで本人のせいで、嫁入り先がなかったような口ぶりじゃね?
「アンドン陛下。その最初の女子修道院長って、どんな方だったか記録に残ってますか?」
「へ? いやあ、何でも厳格な人だったらしいぞ。その色が、今でもあの女子修道院に残ってるって話だから」
「敬虔な方だった?」
「修道院長になるくらいだからな」
なら、単純に信仰に生きた方だったのでは?
ソードンの街は、修道院の為に造られたようなものだという。でも、修道院って基本、自給自足じゃなかった?
「修道院はな。これも言ったが、修道院に入った身内の面会に来る連中の為の街なんだよ、ここ」
「じゃあ、修道院の為に造った街ってのは、ちょっと違うんじゃないですかねえ?」
「似たようなもんだろ。昔は修道院に娘を入れて、教育するなんてのは普通にやっていたんだから」
この場合の教育は、読み書き計算ではなく、神の教えというものだそう。そう聞くと宗教をたたき込む場か? と思ってしまうけれど、要は宗教の皮を被った道徳や自然科学を学ぶ場だったらしい。
神の民として、ふさわしい考えと態度を持つように。
「で、こういう場に入れられるのは基本貴族の娘だ。中には王女もいたそうだけど。彼女達は一時期的に修道院に入れられているだけだから、誓いは立てていない。修道女になる訳じゃないから。そういう娘のところには、親や親族が面会に来るんだよ」
「その為の街が、ここ?」
「そう」
よく見ると、小さな街には小さな店がポツポツとある。生活必需品を扱う店は一軒だけで、後は修道院グッズを売っていた。
木彫りの像や十字架に近いモチーフのネックレス、神の使徒……いわゆる天使のような姿の像もある。
「お、クッキー発見。オヤジ、これ一つくれ」
「あいよ」
アンドン陛下、何買ってんですか。それに店のおっちゃんも、今クッキー買ったのが、この国の国王だって、わかってんのかしら。
そりゃまあ、大分ラフな服装に着替えているけれど。
「いいんですか? 買い食いなんかして」
「いいんだよ。これも修道院の収入になるんだから。一つどうだ?」
「いただきます」
なるほど、このクッキーは修道院で作っているものなのか。それを売る事で、現金収入を得ている訳だね。
もらったクッキーは、塩味の利いた美味しいものだった。
日が暮れるまで歩き回り、宿へと帰る。貸し切りだけあって、建物内は静かなものだ。
もっとも、修道院への面会で訪れる客を相手にしているのなら、普段から静かなのかも。
アンドン陛下と別れ、二階の部屋へ入る。ちなみに、三男坊とアンドン陛下、前ハリンドン侯爵夫妻は三階の部屋だ。
二階は私達だけで使っていいという話だったので、三つ並んだ部屋のうち、真ん中の一部屋は共用スペースとして使う事になっている。
「お帰りなさい」
共用スペースに入ると、リラが待っていた。
「何か聞けた?」
私の質問に、リラがうんざりした顔をする。
「愚痴なら山程。あの人、かなり抑圧されてたようね」
やっぱり。ちょっと聞いただけであれだもんな。
同行したオケアニスが淹れてくれたお茶を前に、座ってリラの話を聞く。
「サーリニール夫人は一人娘で、だからこそシイニール殿下を婿に迎えたんだけれど、どうやら夫人の母……現ザカノアド伯爵夫人はそこが気に入らないみたい」
「へ? だって、夫人が一人娘なのって、親が原因でしょ? 何でそれで娘にヘイトが向かうの?」
「ちょっとこれ、カストルに調べてみてほしい内容なんだけど」
そう言い置いてから、リラが話した内容は、確かに調査が必要なものだった。
ザカノアド伯爵夫人は、サーリニール夫人を生んだ三年後、二人目の子を身ごもったそう。
ただ、現状でわかる通り、その子は生きてうまれてこなかった。サーリニール夫人の記憶には、母であるザカノアド伯爵夫人のお腹が大きかった記憶がないそうなので、初期の流産だったのかもしれない。
ただ、問題なのはザカノアド伯爵夫人が、子供が流れたのはサーリニール夫人のせいだと主張した事だ。
周囲は子供相手に馬鹿な事をと窘めたそうだけれど、伯爵夫人は一向に聞き入れない。それどころか、その日を境に実の娘を遠ざけるようになった。
「一応、この辺りをクリアにしておきたいのよね……」
リラが気になるのもわかる。子供が原因での流産なんて、事故のうちじゃないかな。
それに、初期の流産なら問題は胎児にある事が多いと聞いた記憶がある。それこそ、サーリニール夫人のせいではない。
「カストル」
「お側に」
本当、いつでもどこでも呼べば出てくるよね。便利だけれど。
「話は聞いていたわね? 調べられる?」
「伯爵家でしたら、当時から勤めている使用人がいるかと思います。そちらから辿りましょう」
何を辿るのかは、聞かない事にしておく。
「これで事情ははっきりするでしょう」
「そうね。で、続きなんだけど、ザカノアド伯爵夫人は、相当前ハリンドン侯爵夫人に入れ込んでいるようね。それが侯爵夫人の娘コーテゼレナへの盲愛の原点みたい」
余所の娘……遠縁だから赤の他人とまでは言わないけれど、自分の子でもない相手への盲愛とは。
実の娘にはヘイトを向けておいて。
こういう話にイラっとくるのは、自分が似たような境遇だったからかもしれない。
別に実父の愛情を欲しいとは思わないけれど、あの人も「余所の子」であるダーニルを可愛がっていた。もっとも、本人は「自分の娘」と思っていたそうだけど。
ダーニルかあ。今となっては、どこか遠い空の下で元気にやっててくれとしか思わないわ。色々鬱陶しい事は言われたりやられたけれど、まあ対処出来る範囲だったし。それに、期間も短かった。
そう考えると、サーリニール夫人が抱える闇は深そうだなあ。
一泊した翌日は、修道院へと向かった。今日の装いも、割とラフ。ただ、見る人が見れば、仕立ての良さがわかる仕様かな。
「昨日も遠目に見て思ったけれど、随分高い壁ですよね」
ソードン女子修道院は、見上げるような高さの壁に囲まれた、堅牢な建物だ。
「監獄に使われていた時期に、改築して付け足したそうだ。元はもう少し低い壁だったってよ」
「へえ」
今日はアンドン陛下、私、ユーイン、リラとヴィル様の五人。元ハリンドン侯爵夫妻も同行したがったけれど、アンドン陛下から断ってもらった。
なるべく、邪魔されたくないからさ。
修道院の内部は、基本非公開。ただし、今回は預かっていた侯爵令嬢が修道院の外とはいえ亡くなっているので、特別に俗世の私達を受け入れてくれるそうだ。
対応に出てくれたのは、三十路半ばくらいの修道女だった。
「ようこそ、ソードン女子修道院へ」
とてもようこそという表情ではなかったけれど、こういう施設だから、排他的になっても不思議はない。
では、分厚い石の壁の向こうへ行きましょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます