第516話 お掃除は大事

 夕食は、野営地に出された移動宿泊施設で。リラ達が使っているのはフロトマーロで使った大きめのやつ。


 そこの食堂で、私、コーニー、リラと、ユーイン、ヴィル様、イエル卿の六人で。


「父上から報告は受けているが、なかなか大変な王城のようだな」

「ですねえ。瘴気だらけだし、呪いだらけだし」


 ヴィル様の言葉に軽く返した時、ユーインの肩がぴくりと動いた。まだ、気にしてるのかな……


「その瘴気を、レラが一人で払っているのよね? 大丈夫?」

「今のところは、サンド様が無理しないよう管理してくれてるし。それに、報酬は前渡ししてもらったしね」

「ああ、聞いたわよ! 島ですって!?」


 コーニーの言葉に、今度はリラがぴくりと反応する。


「う、うん。交易の為の集積地にするんだって、カストルが」


 ぎり。リラの手元から、カトラリーと皿の間で不穏な音が響いた。


 いや、大丈夫。うちの仕事が増える訳じゃないから。多分。


 王城の瘴気を払い終わったら、辺境にいるらしい呪われた人達を解呪しに行くと告げると、その場がしんと静まりかえってしまった。


「……それ、レラがやらなきゃいけない事なの?」


 コーニーの声が低い。これは、相当機嫌が悪いな。


「ええと、やらなきゃいけない事っていうか、先払いで報酬をもらったからであって――」

「たかが島程度で、そんな大変な事をしなきゃいけないの!? レラのところの執事なら、島を作るくらい簡単じゃない!」


 いや、確かにそうなんですが。でも、元があるのとないのとではやはり労力が違うし。


「落ち着け、コーニー」

「兄様!」

「父上と母上がついていて、やらせているのだ。必要なのだろうし、レラにとってはそこまで負担ではないのだろう」


 あ、ヴィル様の言葉に、ユーインがまた反応する。負担……あったからね。


 まあ、人がいきなり目の前で爆発しちゃったら、そりゃびっくりするし倒れもするわな。


「それにしても、瘴気を操るとは……厄介だな」

「厄介どころではない」


 しまった。ヴィル様の一言に、ユーインが反応しちゃったよ。


「あれは、とんでもない災厄だ!」


 ええええ? そこまで言うー? 周囲もびっくりしてるじゃない。


「ちょ、ユーイン、どうしたんだよ? お前らしくもない」

「らしくない? なら、私らしいとは何だ?」

「え? いや、ほら、いつも周囲の事なんて興味ありませんって感じの……」

「すかした態度だな」

「いやヴィル! そこでそういう悪意のある言い方すんな!」


 カオス。でも、これでユーインが落ち着いてくれればいいんだけど……


 ちらりと見た彼は、どう見ても落ち着いているようには見えないいいいい。


「あの王城で何があったか聞けば、お前達もそんな暢気な顔をしていられないだろう」

「何だと?」

「レラは! 王城で倒れたのだぞ!?」


 言っちゃったー。出来れば黙っていてほしかったんだけどなあ。食堂内の視線が、私に集中する。


 皆さん、凄く驚いた顔をしてるよ。リラなんて、口元を両手で覆ってる。


「レラ、今の話、本当?」

「ええと」

「はいかいいえで答えなさい!」

「はい!」

「何て事……」


 いや、コーニー。そんな悲壮な顔をしなくても。


「あのレラが、倒れるなんて! 一体どんな目に遭ったっていうの!?」


 何か微妙に引っかかる言い方だな。訊ねている相手はユーインだけど、彼は言い渋っている。


 そりゃね。目の前で人が爆発して、巻き添え食った二人が爆死しましたとか、ちょっと言いづらいよね。


「夫人方の前は憚られる」

「いいえ、ユーイン様。ここで話してください。大抵の事は何とかなります!」

「エヴリラの言う通りよ! 話てくれるまで、逃がしませんからね!」


 リラ、その自信はどこから来るの!? コーニーは臨戦態勢だし。


 二人の熱に押された形で、王城であったあれこれをユーインが全部話した。裏道から、第三王子が飛び出して一人が自爆、二人が爆死した事。


 それを目の前で見た私が、倒れた事。目を覚ます前に、うなされた事まで喋られた私は、どうすれば。


 ユーインが話し終わった食堂は、またしてもしんと静まりかえった。最初に口を開いたのは、コーニーだ。


「やっぱり駄目よ」

「え?」

「このまま、レラをこの国に置いておけないわ! エヴリラ! カストルを呼び出して、レラだけ領地に送り返しましょう!」

「えええええ!? 待って、本当に待って!」

「待たないわよ! だって! あの! レラが! 倒れたのよ!? 今まで風邪一つひかなかった子なのに!」


 えー? あれー? そうだったっけ?


 あ、魔法を習って、すぐに回復魔法を覚えたんだった! 王都からペイロンまで送られた時、すんごい苦しかったから。


 また同じ目に遭った時、緩和出来るようにって。後でぽろっと伯爵に漏らしたら、凄く悲しそうな目で見られたけど。


 いや、伯爵が同じ事をすると思っていた訳ではなくて、あの時はまだ周囲の大人が信用出来なかっただけなのよ。


 今はそんな事、絶対にしないって信じてるし、わかってる。


 って、今はそんな思い出に浸ってる場合ではない!


「落ち着いて、コーニー」

「これが落ち着いていられますか!」

「いや、でも、報酬はもうもらってるし、サンド様やシーラ様も一緒だから」

「レラ……そこでユーイン様の名前が一番に出ないのは、どうかと思うわよ?」

「え!?」


 あ! ユーインが何かどんよりしてる! しまった!


「いや、ユーインは一番側にいてくれるし! いるのが当たり前になってるから!」

「まあ、意識しないほどレラの側にいられるのって、確かにユーイン様だけよね。そう思わない? エヴリラ」

「心の底からそう思います」


 コーニーとリラの援護射撃のおかげで、ユーインが少し浮上した。よかった……




 とりあえず、こちらで一泊はちょっと厳しいと思うので、夕食を食べ終わったら即王城に戻る事に。


 最後まで、コーニーがブーブー言ってたけどね。


「文句を言うな。この後は、父上達に任せておけ」

「でもお」

「何なら、父上達に頼んで一緒に辺境へ行けばいい」

「それもそうね」


 あれー? 辺境解呪ツアーに、コーニーも参加しそうな雰囲気?


 と、ともかく、それはサンド様達に丸投げしておこう。私は解呪ツアー前に、王城の瘴気を払わないとね。


 帰りもユーインと一緒に魔の森で鍛えた移動術式を使って、王城へこっそり戻る。


 遅い時間だからか、どこの門も閉まってるので、壁の上を越えて敷地内に入った。堀も越えなきゃいけないから、ちょっと焦ったよ。


 気配を消して、客間の付近へ向かうと、窓を開けたシーラ様と目が合った。うん、確実にこちらを見ました。さすがシーラ様。


 周囲を軽く見回して、くいっと顎をしゃくる。その窓から入ってこいって事ですね。


「ユーイン、あの窓から入ろう」

「……いいのか?」

「うん、今、シーラ様が合図をくれた」

「わかった」


 二人で跳躍して、窓の枠に足を掛ける。無事、室内に到着ー。お二人の部屋は、私が借りてる部屋より広くて居心地良さそう。


 まあ、お二人は身分をしっかり明かしてるからね。私は平民ぶりっこしてるしー。


 そう考えると、あの部屋は破格かも。


 お二人とも、部屋着でくつろいでいらっしゃる。


「お帰りなさい。向こうはどうだった?」

「コーニーにもの凄く怒られました」


 ええ、あわや城に戻れなくなるところでしたよ。そう言ったら、シーラ様もサンド様も笑うんだけど。


「それと、コーニーが解呪の旅に同行したいと言ってきましたよ」

「あら」


 シーラ様の笑顔が引っ込んだ。実の娘でも……いや、実の娘であるからこそ、厳しく対応する事があるんだよね、アスプザット家って。


 でも、サンド様からは意外な言葉が出て来た。


「そうだねえ。いっそ、全員で行くかい?」


 え? マジで?




 翌朝、サンド様達と朝食を食べて、第三王子とホエバル海洋伯が待つ部屋へと向かう。先導するのは城のメイドさんらしい。


 ただなあ、胡散臭い者を見る目でこちらを見るのは、やめていただきたい。言いたくないけれど、君達の王様と王太子を救ったの、私よ?


 部屋に入ると、既に二人はいた。


「よく休めたかな?」


 ホエバル海洋伯のこの言葉は、何だか嫌味に聞こえてくるわ。


 対して、第三王子の表情は明るい。まあ、瀕死状態の父親と、長く病床にあった兄が回復したんだもんね。


 その代わり、兄一人が犠牲になりましたが。まあ、あれは自業自得っていうのかも。


 その第三王子はキラキラした目でこちらを見てくる。


「改めて、父と兄が世話になった。礼を言う」

「どういたしまして」


 あ、これ、「恐れ入ります」って言った方がよかったのかな? ホエバル海洋伯にじろりと睨まれちゃったわー。


 やー、でもー、私は礼儀を知らない庶民だしー。表向き、そういう事になっているから、これでよしという事で。


 睨んでくるホエバル海洋伯に、にっこりと笑顔で返したら、何だか驚かれた。何でだろう?


 海洋伯は咳払いを一つして、本題に入った。


「さて、本日は王城の瘴気を払ってもらいたい。それと、王都にも瘴気はあるのかな?」

「どうでしょう?」

「わからないのか?」

「見てませんから。でも、あったとしても多分大丈夫だと思いますよ? 王都は開けてますから」


 私の言葉に、首を傾げるのは第三王子とホエバル海洋伯の二人だけ。オーゼリアだと、子供のうちからたたき込まれる内容だからね。


「瘴気は、空気が淀んだ場所に溜まります。風がよく通る場所には溜まりません。風が通らないところは、きちんと掃除すれば溜まりません」


 だから、学院の普段使われていない階段や、物置として放置されていた屋根裏部屋に瘴気が溜まってたんだよ。掃除の手を抜いたんだろうなあ。


 私の言葉が気に入らなかったのか、ホエバル海洋伯が低い声で聞いてきた。


「……王城は、掃除が出来ていなかったというのか?」

「いえ、王城の瘴気は、人の手により広められたものです。こうなると、浄化以外に手はないでしょう。でも、王都はその限りじゃない。だから、大丈夫だと思います」


 とりあえず、王都の民に掃除を徹底するよう、通達しておくのがいいんじゃないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る