第472話 方が付いた

 王都にあるシャーティの店三階は、個室になっている。私達特別の客が入る個室とはまた別で、下のわいわいガヤガヤが苦手というお客様用に用意してるって聞いた。


 一応、防音とかにはなっていないので、大きな声を出すと隣の部屋に筒抜けになりますよー。防音対策はさらに上の四階になっておりますー。


 ちなみに、四階からは食事メニューも用意されてます。ヤールシオールが使うのは、この四階だってさ。商談に使うから、防音効果はほしいらしい。


 それはともかく。本日は私、リラ、ニエールの三人に加え、カストルが付き添いという形で来ている。


「いらっしゃいませ、デュバル女侯爵閣下」


 しばらく来ない間に、シャーティの店の構えが変わった?


「少し前に、改装したようです。デュバルからも、色々提供しましたよ」


 そういやそんな報告書、見た気がする。シャーティの店に関する事は、基本通しちゃうからなあ。


 入り口で物腰柔らかい男性店員に応対され、店内に招き入れられる。


「本日は、上階をお使いになられますか?」

「ああ、実は待ち合わせなの。三階に、リモアン男爵がいると思うのだけど」

「はい、ご来店されております。お待ち合わせ……ですか?」

「ええ、彼女がね」


 一番後ろにいるニエールをちらりと見た。それだけで、店員は何かを察したらしい。


「では、このままご案内いたします」

「ええ、お願い」




 シャーティの店は六階建てで、三階から上に移動する際には店員が操作するエレベーターに乗る。階段で上ってもいいんだけど、楽だからこっち。


 このエレベーターは、研究所からの技術提供だ。何せこの店、ペイロン、アスプザット、デュバルが出資して出してる店だから。


 三階にはいくつか個室があり、今日は満室の様子。商売繁盛でいい事だ。


「リモアン男爵様のお部屋は、こちらです」


 案内されたのは、一番奥の部屋。ここ、一番人気の通りが見える部屋じゃない。ニエールの両親、どんだけ今回の見合いに気合い入ってんだ。


「失礼します。お客様がお見えです」

「! 入ってちょうだい!」


 女性の声。ニエールの母親かな。ちらりと見たニエールの顔は、うんざりを通り越して、もはや虫けらでも見るような目だ。


 店員が開いた扉の先には、瀟洒なテーブルと、向かい合わせで座る男女の姿がある。年齢的に、ニエールの両親だね。


 おや? 見合い相手はまだ到着していないのかな?


「あ、あなたは……」

「ごきげんよう、リモアン男爵」


 お久しぶりー。何せ、ここ何年かは狩猟祭にすら参加していないものねー。




 店員が気を利かせて持ってきてくれた椅子に座り、お話し合い開始。テーブルは六人掛けの大きさだから、問題ないし。


「さて、男爵。私がここにニエール嬢と一緒に来た意味、おわかりですよね?」

「それは……その……」


 夫妻揃って顔色が悪いなあ。私に黙ってニエールの結婚を進めようったって、そうはいかないからね。


 でも、敵も然る者、怯えてばかりじゃいないらしい。


「娘の結婚を決める権利は、親である我々にあります」

「あら、ではその権利、当のニエール嬢に取り上げてもらおうかしら」

「え?」

「ご存知よねえ? 親の側からの勘当と一緒に、子の側からも縁切りが出来る事を」


 リラが使ったのが、これ。リモアン男爵夫妻、顔が真っ青だ。想定していなかったのかなあ。


「正直、この手を今まで使わなかったのは……『使えなかった』のではなく、『使わなかった』ですからね? それはひとえに、ニエール嬢からのあなた方親への愛情からです」


 嘘でーす。手続きが面倒だったからでーす。そうでなければ、部屋に入る前にあんな顔になるかい。


 とはいえ、ここは嘘で押し通す。


「我が領に、親の勧めで結婚し、結果不幸になった女性が三人、います」


 お義姉様もそうだけど、あの人はユルヴィル領にいるからカウントしない。


「女性の幸せは結婚。そういう価値観も前にはあったでしょう。ですが、その結果不幸になっては本末転倒もいいところなのでは?」

「ふ、不幸になると決まった訳ではありませんわ!」


 お、夫人が反論してきた。


「相手とは、添ってみなければわからないでしょう?」

「わかりますよ。普通の相手なら、まず不幸になります。相手が」

「え?」


 いや、だって。ニエールだよ? 強引に結婚させたところで、白い結婚になるに決まってるじゃない。


 彼女は、魔法と結婚した女なんだから。


「分室で研究一辺倒の彼女と、添い遂げられる男性なんていると思いますか? 私は思いません。それに、夫の権限を振りかざして彼女の仕事を邪魔するようなら、強制的に離婚させます。どんな手を使ってでも」


 最後の一言に、リモアン男爵夫妻が震え上がった。私で震えるんなら、あんた方の娘がやってる事を知ったら、卒倒するんじゃないかね?


 なかなかエグい研究も、平気でやってますぜ?


 男爵夫婦が震えあがったまさにその時。


「遅くなりました」


 部屋に入ってきた人物がいる。あれ、この人……


「コード卿?」

「え? 閣下?」


 そこにいたのは、アーカー元子爵領で代官を務めていた、コード卿だった。




 コード卿、アーカー子爵領での引き継ぎが終わったらうちに来るって話だったんだけど、王宮での引き継ぎがうまくいかず、伸び伸びになっていたそうな。


 そんな事を、部屋に招き入れて座らせて、今まで聞き出していた。


「そうだったのね」

「ええ。おかげで、両親から見合いを持ち込まれまして……」

「ああ」


 まったく、どこの親も勝手よねー。


「時にコード卿、そのお見合い、受ける予定だったのかしら?」

「いいえ? 引き継ぎさえ終われば王宮の部署を辞職しますし、その後はデュバル領でお世話になりますから、結婚などしている余裕はありません」


 ですよねー。ちなみにコード卿、今年三十二歳だってさー。


「お話をいただいたのに、連絡が前後してしまい大変申し訳ございません。私は本日、お話をお断りする為にこちらに参りました」


 コード卿は、椅子から立ち上がって、リモアン男爵夫妻に一礼した。相手からもお断りを入れられた以上、男爵夫妻もどうにも出来まいて。


「それで……本日、侯爵閣下は何用でこちらに?」

「実は、あなたのお見合い相手がうちの分室の主任研究員でね」

「え!?」

「私の目的も、お見合いを壊す事だったの。でも、コード卿がしっかり断ってくれて、助かったわ」

「そうでしたか。いえ、私事で断りを入れました事、重ねてお詫び申し上げます」

「いえ、いいのよ。彼女も、結婚する気はさらさらなかったのだから」

「そうでしたか。それを聞いて安堵しました」


 私とコード卿のやり取りを聞くリモアン男爵夫妻は、身の置き所がないようだ。しっかり反省したまえ。そして、二度とニエールに結婚話を持ち込まないように。




 無駄足を踏ませたコード卿には、私から詫び代わりに季節限定お薦めメニューを出してもらった。


「おお! これは!!」


 苺、サクランボ、びわ、オレンジ、グレープフルーツもどきなどと共に、プリン、アイスクリーム、生クリームが美しくデコレーションされたパフェ。


 これ、本当なら五階でしか出さないものなんだけど、今日は特別にお願いしたんだ。コード卿、目を丸くしてよだれ垂らしてたわ。


 ついでに、私やリラ、ニエールも食べた。男爵夫妻は、遠慮していたね。食べてもよかったのに。もう味わえないかもよ?


 店を出る頃には、コード卿はご機嫌だった。対照的に、意気消沈していたのがリモアン男爵夫妻。


 これに懲りたら、二度とニエールに結婚話を持ち込まないようにねー。でないと、さすがの面倒くさがりなニエールでも、縁切りの手続き取るから。


 彼女、魔法関連の手続きならほいほいやるのに、他の事務手続きは面倒がるんだよ。


 まあ、事務手続き全般嫌がる私が言う事じゃないか。


 さて、ニエールの事は片付いた。次は金獅子を鍛え直そうじゃないの。

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