第464話 結局それかい

 グウィロス卿一行が城から消えて、そろそろ七日。クソ王のご機嫌は日増しに悪くなっているそうな。


 比例して、私を呼び出す事も増えたみたいだけど、知ーらない。これも、クソ王の機嫌を悪くしている要因だってさ。


 呼び出しに応じなければ、食事も出さないという手に出たようだ。これはクソ王が指示したのか、それとも配下が考えたのか。


「クソ王ですね」


 しれっとカストルが言う。彼は朝食を給仕しつつ、軽い会話に応じていた。本来はよくないんだけどね。今更今更。


 食卓の上には、卵やベーコン、ソーセージなどのホットディッシュにサラダ、スープ、焼きたてのパンなどおいしそうな朝食が並ぶ。飲み物はカフェオレとオレンジジュースだ。どれも大好きー。


「まあ、ヒュウガイツの出す食事には何かしら盛られている可能性もあるからな。手持ちの食料でどうにかした方がいいだろう」


 ヴィル様の言葉に、全員が頷く。このまま一年くらい籠城しても、びくともしないだけの食料はあるし、何なら追加を補充出来る。


「ヌオーヴォ館の料理長も、張り切っていましたよ。いつでも補充に応じられるよう、仕入れを怠らないようにしていくそうです」


 わーい。うちの料理長の料理、すっごくおいしいんだよねー。


 それにしても、呼び出しに応じないのに上の部屋に押し入ろうとはしないんだねえ。兵士達を揃えて総攻撃でもするかと思ったよ。


 そうされても、私の結界はびくともしませんが。




 そろそろヒュウガイツに来てから一月近くが経とうとしている。え、そんなに経ってるの?


「その間、何度も城下町に下りて遊んでいるからねえ」


 リラの視線が冷たい。


「いや、書類仕事はこうしてやってるでしょー?」

「当たり前です。まだまだあるから、頑張ってね」


 よもや、ヒュウガイツまで書類が追いかけてくるなんてー。


 朝方や夕方以降など、外に出るには適さない時間帯には、カストルが運ぶ書類を決裁している。ここでやっておけば、帰ってからが楽だから、ってリラに言われて。


 それにしても、本当に書類の枚数と種類が増えてるね。これが全てうちでやってる事業なのか……我ながら、手を広げすぎたかね?


「フロトマーロの街建設は順調よ。ため池の方も四つ出来てるし。その周辺での畑作が進められてるみたい。人手が足りないから、移民を募ってるんですって」

「あそこ、そんなに人いなかったっけ?」

「元々小さい国だから。国主導で大きな農園を作るとなると、それなりに人手も必要でしょうよ。デュバルとは違うんだし」


 そーですね。うちの場合、手が足りなければ人形という手がある。うちのご先祖様達がやらかした結果、うちの領民は全員魔力持ちだし。しかもそこそこ量があるというね。


 そんな領民だから、魔法を使った仕事の割合が多い。人形遣いの素質がなくとも、他の魔法を使った仕事は山ほどあるのがうちだ。


 どうもね、余所の領地はそれほど魔法の仕事はないみたい。それこそ、盗賊討伐とかの体張ったものが殆どだってさ。


「うちでは盗賊とか、出ないしねえ」

「出たとしても、領主や執事が嬉々として狩りに行くしねえ」


 だってー、犯罪者ならこき使っても罪悪感ないじゃーん。


 暗いトンネル内の工事は、人形遣い達にとっても気の滅入る現場らしい。なので、そういったところは犯罪者達にやらせている。


 人の嫌がる仕事をする事で、少しでも彼等の贖罪になればと――


「嘘つきがいます。便利に使える人材ゲットと思ってるでしょうが」

「本音と建て前は使い分けるべきだと思いまーす」

「まあいいけど。それと、ブルカーノ島に建設していた水のテーマパーク、完成したそうよ」

「本当に!? 視察! 視察行きたい!!」

「ここの問題が解決したらね。プレオープン、やる?」

「んー、やらざるを得ない気がする」

「ああ、話を聞きつけてきそうよね、やんごとない方達が」


 ええ、特に隣国の王様とかね。




 他にあれこれ建設中の場所も、順調だそうな。しかし、一番狭い飛び地以外、本当に全部別荘作るんだね。


「逆に、新しい領主が滞在する場所を何も作らなかったら、見捨てられたと思われるわよ? 王家からいただいた飛び地、曰く付きの場所ばかりだもの」

「そういうものなんだ……」


 曰く付きとは、別に事故物件とかではなく、没落した家とか潰された家の領地だったりしたところばかりなんだよね。あれ? ある意味事故物件?


 で、そうした領地であるからか、切り取られて元の大きさの土地が殆どない。中には歪な形で残っちゃった土地とかもある訳だ。それが一番狭い土地なんだけどね。


 何が問題って、住んでる人達には上の都合なんざ関係ないってところ。ついこの間まで隣村だったところが、隣領になってしまって簡単に行き来できなくなってたりする。


 同じ領内なら行き来は楽だけど、別の領となるとそうはいかない。相手領主の許可が必要なところも少なくないんだって。


 デュバルは誰でも受け入れてるけどね。犯罪者だって引き受けるくらいだもん。


 ただし、領内で問題を起こしたら厳しい罰が待ってます。ちゃんと国法と領法に照らし合わせて裁判はするからね。領主の勝手な思惑だけで罪を決める事はないよ。


 それもあって、余所の領からはじき出されたような人達が集まるんだろうなあ。いや、うちとしては腕のいい職人さんや料理人が多く来てくれて助かってるけどね。


 彼等がはじき出された理由って、大抵権力者とのいざこざだもん。職人なんかだと、親方との意見の食い違いから領主に追放されたりしてるし。親方のバックに付いてるのが領主だから、そういう事も起こるんだってさ。


 うちの場合、生産者達で組合作って、そこでもめ事は解消するようにしてる。組合内で癒着や汚職が横行しないよう、カストルが目を光らせているので心配がいらない。


 何せ今までろくな産業がなかったからね、うちの領って。ペイロンから受ける魔物素材の加工だけだったから。逆に、よく長年それだけでやってこれたよねって思うよ。


 技術そのものが外に流れなかったからってのが、大きいんだろうけれど。なのにうちの祖父と実父ったら、そのペイロンとの仲を壊そうとしてたんだからね。信じらんない。


「相変わらず魔物加工の仕事も順調だし、後進も育ってきてるねえ」

「今更だけど、あれ、いいの?」


 リラが心配しているのは、魔物加工の技術を幅広く教えている事だろう。そのうち、デュバル以外でも加工出来るようになるかもしれない。


「いいんだよ。うちはそれだけじゃないから」

「それもそうね」


 技術は広く浸透させるべきだと思う。広めた中から、また新たな技術が生まれるかもしれないんだから。




 そんな「ここってヒュウガイツ王国内だったよね?」と言いたくなるような日常を過ごしていたら、やっとポルックスから連絡が入った。


 呼び出したところ、何だかぐったりしている。


「大丈夫?」

「すっっっっっごく疲れてますうう」


 ポルックスには珍しく、明るさの欠片もないよ。


「もおおおおお! 何なの? あいつら。途中まではうまく進むのに、いざ王位を奪取するって話になったら途端に尻込みしてえええええ! どいつもこいつも本当にもう!」


 大分色々と溜まっているらしい。


「でも! 何とか一人目星を付けましたよー。ふっふっふ、このポルックス様にかかれば、赤子の手を捻るも同然」

「ポルックスー、落ち着けー」

「は! しまった。ともかく、一人後継者になれそうなのを見つけてただいま洗の……説得の真っ最中でーす」


 待てこら。今洗脳って言おうとしたな? ただでさえ思考誘導なんて危なっかしい手を使うってのに。


「大丈夫ですよー、主様。洗脳って言っても、後ろ向きな性格を矯正する程度ですから」

「いや、性格変えるって大事じゃ――」

「そのくらいやらないと、王様にならないって言い出すんですもん!」


 どうやら、本当に皆さん、王位に就くのを嫌がるようで。まあ、次代に殺されるのがデフォだった訳だしねえ。そりゃなりたくないか。


「ちなみに、洗脳中の相手はグウィロス卿の従兄弟だそうですよー」

「え? そうなの?」

「王族としては、グウィロス卿同様末端なんですけどー、そこそこ優秀でそこそこ人格者でそこそこ人望があるの、彼だけでした」


 全部そこそこなんだ。

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