第394話 新しい場所

 泣き言を言いに王宮に行ったはずなのに、何故か領地が増えた不思議。帰りにはぐったりした様子で王太子殿下の執務室を後にしたよ……


 その様子を見ていた貴族達が、遠巻きに何か言ってる。カストル、彼等の話、聞ける?


『お任せを』


 途端に、鮮明に聞こえてくる噂。


『見て、あの様子。殿下の執務室から、デュバル侯爵が肩を落として出てきたわよ。きっと今までの態度を叱責されたんだわ』

『いい気味だ。ついこの間まで伯爵家だったくせに、生意気なんだよ。ちょっと夫が殿下の側仕えをしているからって、いい気になってるからだ』

『本当よねえ。王太子妃殿下の側にもべったり侍って。あの二人に取り入って、侯爵位をもらったんじゃないかしら』

『それを言ったら王妃様もよ。何でも、庭園奥にある王妃様の隠れ家に、何度も招かれたそうよ。それも、アスプザット侯爵夫人と一緒に』

『んまあ。アスプザット侯爵夫人の力で、王妃様にすり寄ったのね』


 おおう。本当にやっかまれていたんだ……


 正直言えば、王妃様のあれは無理難題を押しつけられる前振りだし、殿下の執務室も来たくて来てる訳じゃないし。


 ロア様の件も、命を狙われなければ私の出番はなかった。なので、文句なら大公派に言ってもらおう。もういないけど。


 ああ、本当に。


「貴族の世界は魔窟だわ」


 私のぼやきは、周囲の誰にも聞こえなかったようだ。ちゃんと遮音結界くらい、張ってますからねー。




 王都邸に戻ると、ルチルスさんが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、ご当主様」

「ただいま帰りました。リラは戻っている?」

「ええ、お戻りですよ」


 ルチルスさんが言うとおり、奥の居間にはリラの姿が。


「お帰りリラー」

「いや、それを言うのは私の方なんだけど」


 だって、しばらく顔を見ていなかったから。


 式の準備は順調のようで、後は細々した事を詰めるだけだって。


「じゃあ、ドレスも仕上がったんだ?」

「ええ。マダムが気合い入れてくれたわよ」

「素敵! 当日、私も見られないかしら!?」


 おっと、お茶を持ってきたルチルスさんも、会話に加わってきた。普段ならそんな事はしないのに、さすがに乙女の夢、結婚式の話となると、我慢出来ないらしい。


「ええと、彼女は招待……」

「出来ないね。その代わり、式の様子は王都邸とヌオーヴォ館に同時中継するから」

「やったー!」

「は? 何それ!?」


 喜ぶルチルスさんとは対照的に、驚くリラ。ふっふっふ、うちには魔法技術がたんまりある事を忘れてないかね?


「ほらあ、リラは領地でも一緒にお仕事している人達がいるでしょお? そういった人達から、ちらりとでも結婚式の様子が知りたいって言われてさー」

「言われてさー、じゃないわよ! 人の結婚式を中継とか、何考えてんの!」

「いいじゃん、減るもんじゃなし。それに、ジルベイラだって見たいって言ってたよ?」

「え……」


 よし! リラにはジルベイラの名前を出すのが一番! おかげでおとなしくなった。


 この中継、発案はヤールシオールだ。恐ろしい事に、これがうまくいったら有料であれこれ中継しないかと持ちかけてきた。


 彼女の発想力って、どうなってんの? ヤールシオールも実は転生者なんです、って言われても納得するわ。


 それはともかく、リラの結婚式はデュバルにも生中継の予定。あ、聖堂に魔道具の使用許可を取り付けなきゃ。


 神を穢す行為は絶対に許されないけれど、結婚式になら魔道具を仕込んでも怒られないんだよね。


 しかも、今回はデュバル領への映像生中継だ。神への誓いを立てる二人の様子を、遠く離れて出席出来ない者達にも伝えたい。


 立派な理由があるから、使用許可も下りるでしょう。まあ、その分浄財が必要だけどね。持ち込み料と思っておくか。




 聖堂への許可取りは、カストルが手配してくれた。

「私が行ってもよかったのに」

「主様が行くと、話が大きくなりますから。一応、主様の使者という立場を取らせていただきました」


 そうなんだ。


「それと、早速王宮からいただく飛び地の地図が届きましたよ」

「ああ……」


 何やら、誰も引き取りたがらないという曰く付きの土地なんだよね。


 カストルが執務室の机の上に広げた地図は、オーゼリア国内の地図だ。その所々が赤く塗りつぶされている。


「これは?」

「赤く塗りつぶされている土地が、いただく領地です」


 うわー。本当に国内のあちこちに散らばってる。どれも小さいねえ。酷い場所になると、面じゃなく点に見えるよ。


「一番小さい場所で領民が四十人、領地の広さは一.二ヘクタール程度ですね」


 えーと、畑か何かかな? まあ、住民が四十人程度じゃあ、村としても小さいわな。


「それが最小だとすると、最大は?」

「こちらの場所になります」

「おお」


 カストルが指し示した場所は、王都から少し離れたところでかなりの広さがある。王都より、ちょっと大きいくらい?


「なんでこんな場所の領地が、厄介もの扱いされてんの?」


 王都への利便性を考えたら、すごくいい場所じゃない?


 私の疑問を想定していたのか、カストルがすらすらと答える。


「土地そのものに理由がありますね。ここは、湿地帯なんです」

「湿地?」

「こちらをご覧下さい」


 そう言うと、カストルは別の地図を出してきた。そちらには、何やら細長い線がいくつも書き込まれている。これ……


「川の流れ?」

「はい。これを重ねるとわかりますように、この湿地帯には四つの川が流れ込んでいます」


 なるほど。その四つの川が湿地帯に入って瘤のように膨らみ、そこから一つの流れになって、西へと向かうのか。


「もう一つ、この湿地帯が厄介と言われる理由がありまして」

「まだあるの?」

「魔獣が棲み着いています」

「へ?」


 魔獣とは。氾濫で魔の森の外に出た魔物が、野生動物と交わり新しい種となったもの。


 特徴は魔物の頑強さや力強さを持っているくせに、その体が一つも素材にならない事。つまり、百害あって一利なし。ただひたすらに厄介なだけの存在、それが魔獣だ。


「どんなのが棲み着いてるか、わかる?」

「ええ、大型の水トカゲですね」

「げ」


 水トカゲというのは、要するにオオサンショウウオの事だ。あれをオーゼリアでは「水トカゲ」と呼んでいる。


 魔の森にも、似たようなのが出るのよ。ただし、でかさも生態もまるで違うけどな!


 どうやら、あれが魔の森の氾濫の時に森の外に出て、水の流れに乗りこの湿地帯まで来た後、水トカゲと交ざり繁殖したらしい。


「その数、推定で百万匹」

「ぎゃー!」


 魔物を倒すのは好きだけど、水トカゲは嫌いなんだよー。ぬめぬめしてるし、デカい口の中には細かく先のとがった歯がびっしりでキモいし。


 森で見つけた場合は、結界で隔離した後雷撃で倒してる。見た目水トカゲだからか、雷撃がよく効くんだ。水トカゲも、雷撃が弱点だって聞いた。


 そんなのが、推定百万匹……


「まずは、水トカゲ退治からなのかな」

「そうなりますね」


 ああ、果てしなく嫌だ。


「大丈夫ですよ、主様。湿地帯は魔の森とは違いますから、火も使い放題です」


 水トカゲ、雷撃の他に火にも弱い。あのヌメヌメが熱に弱く、なくなると窒息死するんだって。ぬめりで呼吸してるのか……




 他にも、大小様々な土地があるけれど、大抵は土地が痩せていて作物が育たない、毎年洪水に見舞われる、決まった年に吹く風で農作物がやられるなど、土地そのものに問題がある場所ばかり。


 カストルが言う通り、領民には大きな問題はないみたい。じゃあ小さい問題はあるのか? っていうと、あるそうな。


「領民に栄養が足りていませんね。そのせいで、病に罹りやすいようです」

「それはこっちで食糧支援が必要かな」

「他は、領地内の道や橋などが荒れている点ですね」

「それも領主の仕事だねえ」


 前の領主は何やってたんだ? てか、王宮預かりだったんだよね? 予算はついて、代官なりが派遣されていただろうに。


 あれか? 王宮内にも、不正を働く人間がいるって事?


「……殿下、まさかこのあぶり出しも私にやれっていうんじゃないよね?」


 さすがにそれは、王宮にいる人達に頑張ってもらおうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る