第113話 少しずつ進んでる
樹海探索十四日目。
「もー! 飽きたあああああああ!」
「騒いでもいいけど、仮の道を作るのは休まないで」
「ニエールが酷いいいいいいい」
「ああら、そんな事、今更でしょおおおお?」
キー! 悔しいいいいいい! 私達のそんなバカなやり取りを、黒騎士は微笑ましそうに見ている。
私のやり方を見て方法がわかったのか、五日目からは地面の仮舗装を手伝ってくれた。手際いいなあ。
「もしや、騎士団でこんな作業もするとか?」
「いや、そういう訳ではないけれど、黒耀騎士団は王都内の警邏の傍ら、重要設備の簡易補修も行うんだ」
それは騎士団の仕事なのかね? つい、顔に出たらしい。
「いわゆる、不文律というやつでね。いつからか、我が騎士団が請け負うようになったらしい」
まあ、王都を警邏していれば、修復が必要な箇所も見つけやすいのか。それで細かい魔法の練度が高いんだ。
「それに、この腕輪」
「ああ」
魔力制御用の腕輪だね。
「これがあると、制御が楽になる」
それもそのはず、研究所の在庫品だったんだけど、これ結構高性能なのよ。
強すぎる魔力を押さえる機能はもちろん、魔法を使う際の魔力制御のアシストをしてくれるのだ。しかも自動で。
よくこんなのを作れたよねえ。そこのところどうなの? 制作者。
「フェゾガン様、何でしたらその腕輪、特製で作りませんか? レラとおそろいで」
「詳しく」
「意匠とか、嵌める魔力結晶の色、形なんかを自由に決められるんです。で、それを揃えたものにして、二人で嵌める。いかがです?」
「ぜひ! 制作を」
「まいどありー」
君達、仲いいね。
三人だけで何日も単純作業をやっていると、堅苦しい言い方をするのが窮屈に感じてきた。
なので、本人にも了承をもらい、砕けた言い方に変えている。私とニエールはいつも通りなんだけどね。
「なら、そろそろ名前で呼んだら? 本人の前ではちらっと呼んでるけど、裏に回ると黒騎士呼びだよねえ?」
うるさいよ、ニエール。本日分の調査が終わったので、ヴァーチュダー城に戻っている。
今日はニエールも中間報告に来てたから、一緒の夕飯を取ってそのままコーニーも連れて自室へ。
お茶とお菓子で女子会だー。
と思ってたら、のっけからそれかよ。
「ニエールもそう思うでしょう? レラ、うかうかしていたら、ユーイン様を他の女に持って行かれちゃうわよ?」
「えー?」
「言っておくけど、フェゾガン様ほどレラを自由にほったらかしにしてくれる男性はいないからね? 他の男性と結婚したら、窮屈な貴族夫人の型に嵌められて窒息するんだから」
「怖い事言わないでよニエール」
「私も、ニエールと同意見よ」
「コーニーまで」
そりゃ確かに、あの退屈な調査にも文句一つ言わずに付き合ってくれてるしさ。このままなら、理想的な伴侶なんだと思うよ?
でも、結婚した途端豹変するって事、ない?
「レラ……」
「どこまで後ろ向きなのよ……」
二人とも、酷くね?
「この場合、酷いのはレラだと思うわ!」
「そーだそーだ!」
「そりゃあ、最初は強引だったと思うわよ? いきなり部屋に入り込んだっていうし」
「そーだそー……え? それ、本当?」
「本当。以前、王都で迷子になったレラを我が家まで送ってくれた事があったんだけど、その事を引っ張り出して、部屋に入ったらしいの」
「それはダメでしょう」
「まあね。で、そこで求婚したのよね?」
コーニーの言葉に、無言で頷く。そういや、あの時は口調もそんな丁寧な感じじゃなかったねえ。
いつの間に、敬語混じりの言い方になったんだろう? いや、今はフランクな言い方になってるけど。
「強引に婦女子の部屋に入り込んで、急に求婚? ちょっと、フェゾガン様を見る目が変わりそうだわ……」
「まあまあ。それ以降は、お母様に言われた事もあってか、丁重な対応をしてるんじゃない?」
「シーラ様、何か言ったの?」
「レラが十五歳になるまでに、口説き落とせたら結婚を認めるって言ったの」
「……一応、アスプザット家もレラの後見だから、いいのかな?」
「王都での保護者的立場だからね。で、ユーイン様もそれを受け入れたのよ」
「ふーん……じゃあ、フェゾガン様は、レラを口説き落とせたの?」
ちょっとニエール! ニヤニヤした目でこっちを見るのはやめて!
「レラの十五歳の誕生日すぐ後に、氾濫があったでしょう?」
「あー」
「あれで、ちょっと色々大変だったから、期間延長……というか、仮だけど婚約という形を整えてしまいましょうって事になったの」
「レラは、女伯爵になったもんね。そりゃあ婿入りを狙った男共が群がるわな」
「レラじゃあ、そういう人達を捌けないでしょう?」
「実力行使なら問題ないけど、それやったら確実に訴えられそうね」
「だからこそ、盾役としてのユーイン様なのよ」
「本人はその立場にいる間に、レラを口説き落とそうって訳か」
「そうそう」
何だろう。私だけ置いてけぼりで話が進んでるよ? てか、君達、私の評価が酷くないかね?
文句を言ったら、異口同音で返された。
「じゃあ、実力行使しないって言い切れるの?」
もちろん、言い切れません。全面降伏しましたとも。
「だからね、いくら好きでも、強引なのはよくないと思うのですよ、強引なのは」
ニエール、昨日の話をまだ引きずるか。しかも、黒騎士本人の前にして。
「返す言葉もない……」
あ、一応悪かったと思ってたんだ。その割りには、ぐいぐい来てたけど。
「なんでまたそんな下手な真似をしたんですか? 正攻法でいけば、割といけたと思いますよ?」
「ローレル嬢は、私に興味の欠片もなさそうだったが……」
あー、当たってるかも。てか、王都で助けてもらった事も、半分忘れてましたごめんなさい。
「レラはねー。ペイロンで育ったせいか、情緒面が成長してなくて。未だにちびっ子男子みたいに魔物狩りに夢中だもん」
ちょっとニエール、酷くないかね? 確かに魔物狩りは好きだが。大好きだが。それが幼児(男子)と一緒ってどうよ?
「コーニーだって、魔物狩りが好きじゃない!」
「コーネシア様はちゃんと情緒面が成長してるでしょ? オシャレだってお好きだし」
「私もオシャレは好きだよ?」
「それ以上に、実用性のあるものの方が好きでしょ?」
「うん」
あれ? 何でそこで溜息吐くの? 実用性、大事でしょ? 黒騎士は何だか苦笑いしてるし。二人とも、酷くね?
本日も樹海の仮道路作成及び調査の真っ最中。大分山脈が近づいてきてるけど、まだ麓までは距離がありそう。
「これ、道はまっすぐ作っちゃだめなの?」
「一応ね。調査が終わるまでは、なるべく樹海に影響が出ないようにって言われてるの」
影響が出ないようにって……道作ってる時点で、影響出てんじゃね? 最小限に抑えろって事か。
いっそまっすぐ仮の道だけがーっと作ってしまいたい。
「レラ、ダメだからね」
わかってまーす。
ニエールの調査は進んでいるけれど、やっぱり大型の肉食動物はいないらしい。食物連鎖、どうなってんだ?
草食動物自体、小さいものしかいないからバランスは取れているのかも。
「一番大きな肉食動物は、猛禽類だねー」
「鳥かあ……嫌な思い出が」
氾濫の最後に出た鳥。デカいわ固いわ毒吐くわ、本当厄介な敵だったね! しかも素材を一つも残さず消えてるし。
その分、人の頭にあれこれ刻みつけていったけどさー。とりあえず、重力制御魔法には感謝しておこう。
「うーん、このままで行くと、レラの誕生日前後までかかりそうだね、調査」
「えー!?」
それまで、森には入れないと!? 何という……
ああ、アスプザット兄妹がうらやましい。
「ま、まあほら! 一回調査しちゃえば、向こう三年くらいはやらなくていいんだし」
「それ、三年後にはまた調査をやるって事じゃんよ」
「んー、生態調査に関しては、継続してやった方がいいからさあ」
それはそうなんだが。でも、ニエールの研究に生物、関係ないよね? 新しい術式を開発するのが目的なんだから。
報酬がいい? ああ、研究費用ね……そういう関連かー。
本日も麓まで辿り着けずにタイムアップ。いつも通り研究所でニエールと別れ、黒騎士と二人ヴァーチュダー城への道を辿る。
この時間、その日あったあれこれを話題に出す事が多い。でも、今日は二人とも黙ったまま。
沈黙が重苦しく感じないって、ちょっと不思議だな。
いつも私の少し前を歩く黒騎士が、足を止めて振り向く。どうしたんだろう?
「ローレル嬢、このような場所だが、謝罪する事を許してほしい」
「謝罪? 何の?」
何か、されたっけ? 首を傾げる私に、黒騎士は何だか言いにくそうだ。
黙ったまま待ってると、ようやく口を開く。
「……私が、初めてヴァーチュダー城に来た時の事です」
「初めて?」
「今日、ニエール殿が話題に出したでしょう? 強引に、あなたの部屋に入った事です」
あー! あれかー。確かに、あの場を第三者に見られていたら、大変だったろうなあ。
いくら成人前とはいえ、一応未婚の女子ですからー。評判落として嫁入り先がなくなるところだった。
いや、嫁に行く気はなかったし、結果的に婿を取る立場になりましたが。
そんな事を考えていたら、黒騎士がいきなりその場で膝をついた。えええ!? 何でええええ!?
「女性に対して、してはならない事でした。如何様にも罰は受けます。どうか、許してください」
「ゆ、許すから、立ってください!」
「ですが」
「いいから! 許してほしければ立つ!」
こんなところを誰かに見られたら、そっちの方が困るっての。
渋る黒騎士を何とか立ち上がらせ、下から顔を見上げた。そこそこ身長は伸びたのに、まだ見上げないと目線が合わないんだよなあ。何か悔しい。
「じゃあ、許す代わりに一つ答えて。何であんな事をしたの?」
目をそらさない! そんなに言いにくい事なのかな。
「こ、た、え、て」
「……焦っていたんだ」
「焦った?」
どういう事?
「以前、ユルヴィル家から我が家に、『デュバルの娘に手を出すな』と言われたのを、覚えているだろうか?」
「何かどっかでそんな話を……あ! サプライズプロポーズの後、ヴィル様が黒騎士と殴り合いして、伯爵やシーラ様達との話し合いの場でだ」
「……出来れば、アスプザットとの件は忘れてほしい」
えー? 忘れられないよー。二人して顔を腫らしてたんだから。イケメンが台無し。
「それで? ユルヴィル家の言葉で焦ったと?」
「実は、あの時には言わなかった事がある。ヘリダー卿は、父に『デュバルの娘の嫁ぎ先は、もう決まった』と言ってたんだ」
「……まさか、それで?」
黒騎士が、無言で頷く。
えー? ユルヴィル家が私の結婚に口を差し挟む権利なんて、ないじゃん! 実父ですら、権利なしと見なしてるぞ。
「白騎士団長、何でそんな事を言ったんだろう?」
「その後を考えると、あの時点で貴族派と接触していた可能性がある。ビルブローザ侯爵辺りに、デュバルの土地と爵位を手に入れる手段があると唆されたのかもしれない。実際、クイネヴァン卿を暗殺し、ターエイド卿が後を継ぐように仕向ければ、その後見人として母方の伯父であるヘリダー卿が立っても不思議はないんだ」
んんー? ちょっと頭を整理。憶測の域を出ないけれど、白騎士団長は貴族派筆頭の侯爵から、実父を暗殺して実兄を当主に据え、その後見人の座を得ればデュバル家を好きに扱えるとか吹き込まれた。
貴族の結婚は親、もしくはそれに準ずる人物が決めるから、実父が亡くなり実兄が後を継いだ時点で、私の嫁入り先を決める権利を有するのは実兄。
普通ならね。だから、白騎士団長が黒騎士が私にそういう意味で近づこうとしているのを知った時点で、釘を刺しに行ったんだ。
で、黒騎士はその釘で焦った、と。あれー? じゃあ、あのサプライズプロポーズ、元凶は白騎士団長って事?
「それにしても、どんなアクロバットを噛ませば、そんな事になるのやら」
デュバル家と私の関係は、普通じゃない。そして、デュバル家の爵位継承も、普通とは言い難い形で私に決まった。
私が伯爵位を継ぐ事は、多分かなり前から決まっていたんだと思う。根回しの時間とかも必要だからね。
でも、それを実父も、当然ながら白騎士団長も知らなかった。
「……結果として、焦り損?」
「損とは思わないが……ヘリダー卿の言葉に後押しされたのは、間違いないな……それが、少し悔しい」
まー、あの白騎士団長だもんなー。そこは共感出来る。
うんうんと頷いていたら、黒騎士から声がかかった。
「ローレル嬢」
「何?」
「先程、例の無礼は許すと言ってくれたが……」
「ああ、そうね。許す許す。実害はなかったし」
あれで評判落としてペイロンやアスプザットに迷惑がかかっていたら、一生許さなかったけど。
私がちょっとばかしむっとした程度だ。それもその後のサプライズプロポーズで色々とぶっ飛んだけど。
それにしても、いちいち確認するかね?
「厚かましいついでに、一つ願いがあるのだが」
お? 何だいきなり。
「聞くだけ聞きましょう」
叶えるかどうかは、内容次第だ。
「……ローレル嬢ではなく、レラと呼んでもいいだろうか?」
「うえ?」
やべ、変な声出た。だって、そんな事を望まれるとか、思わないじゃないか!
やめてー頬染めないでー。イケメンがやると破壊力がデカいのよー。黒騎士、見てくれは凄くいいから。
名前ねー。そういや、人前で呼ぶ時にはなるべく名前呼びにしてるけど、コーニー達といる時は未だに黒騎士呼びで、いい加減改めろって言われてたっけ。
いい機会かもしれない。
「いいですよ。私も、あなたの事を名前で呼びますから」
「! ありがとう! レラ」
おっふ! いきなりか。しかも、満面の笑みで。てっきり感情を表すのが好きじゃないのかと思ってたけど、違うらしい。
はー、何だかこっちの頬まで熱いや。
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