学生小説作家は何かと忙しい!
帳要/mazicero
学校帰りの執筆作業
つまらない授業の時間。
でも、ちゃんと授業を受けていないとテストで死ぬことになる。そんなくだらないことで時間を奪われるわけにはいかない。
孝は今日も退屈そうに授業を受けていた。授業を聴きながら、授業の中だけで勉強をできるだけ終わらせようと頑張る。
週三十二時間それをやり続けなければならない。かなりきついが、それも放課後と週末をたっぷりと使うためと思えば頑張れる。
事実、孝は学年上位に必ず食い込んでいるし、小テストもあまり落ちたことはない。
その上、本当に遠視なので、教室の後ろの方の席にほぼ必ず座ることが出来る。つまり、授業中に何か咎められるようなことさえしなければ先生に怒られずに、いわゆる内職をすることができる。
そんな感じで、いつもは学校が終わり次第すぐに自宅に直行している孝にしては珍しく、自宅とは別の方向に向かっていた。
ーーなんとか約束の時間には間に合うか……
学校関係の人が来なさそうな所というと、学校から少し離れた大きなホテルしかない。逆に言えば、そのホテルに見慣れない学生服が入ってくるとなると、かなり浮くことになる。
でも、何度も利用させてもらっているのだから、いい加減場違い感に離れたし、何人かの従業員は「ああ、また来たのか」といった訳知り顔で迎えてくれる。
そのホテルの三階にあるカフェがいつものの待ち合わせ場所だ。あまり時間もないので、さっさとそのカフェに入って、相手を探す。
「すみません、お客様。ただいま、満席ですのでこちらでお待ちください」
申し訳なさそうに、僕の知らない店員が僕を止めてきた。学生だからと格下に見ないだけ、このホテルは教育が行き届いていると来るたびに思う。
「すみません。連れがきているはずなので、入らせてもらいます。自分で探すので、案内は不要です」
そう言って、若干早歩きになりながら移動する。
店の中に入って、どうせいつものところだろうと、窓側を見やると、思った通りの場所にいた。
「遅くなってすみません。掃除があって遅れました」
「ようやく来たわね。ちょっと打ち合わせてから、部屋で話しましょ」
横目に腕にはめていた時計を見るとちょうど待ち合わせ時間になったところだ。
「とりあえず、冷たいものでも頼んだら?」
「ありがとうございます。それじゃあ、アイスティーで」
この人には長くお世話になっている。
けど、やっぱり他の人が居るところでは少し居心地が悪い。
注文を終わらせた目の前の女性がこっちに向き直った。神谷琴音。僕の担当編集。美人で女性の中では身長も高くスタイルもいいので、僕が本を出させてもらっている出版社、柳原出版のマドンナ的存在の人らしい。
僕はあまり人とのコミュニケーションが得意ではないし、何より神谷さんにはお世話になりっぱなしなので、頭が上がらない。
「それにしても、さざ君、君はもうちょっとその人見知りなところを直さないと。小説の話になると人が変わるのに」
「わっ、そ、それぐらい分かってます。分かってるんですけど……」
そう。まあ、端的に自分を表すとしたら人見知りだ。だから、自分の内面はあまり外には出さないし、強がって、自分の周りに人を寄せ付けないようにしてきた。
「まあ、そんなところが君のチャームポイントでもあるんだけど」
「うるさいですね。早く打ち合わせ終わらせましょ。ていうか、さざ君は辞めてください」
「まったく、態度は可愛くないんだから」
そういいながら、今後の締め切りの予定などの連絡や、関連企画のオファーなど、色々説明される。神谷さんは、自分の作品全てを管理してくれているいわば専属の編集だ。同じ会社の中でも、色々と別れているレーベルに顔を出して、僕の書く小説に関する打ち合わせを日々こなしてくれている。本当に頭が上がらない。
「と、まあこんなところだけど、コウ君は何かある?」
彼女のあだ名で呼ぶ癖に少しイライラとしたものの、毎度のことだと諦めて答えた。
「取材関係に関しては全てお断りでお願いします。あと、また今度、あのシリーズの続刊読ませてください」
「ハァ〜。まあ、他の作家より速いペースでいろんなシリーズを書き上げてくれているから、それぐらいで働いてくれるなら安いもんだわ。でも、本当に顔出しとか取材はしないつもりなのね」
いつもの通りの答えだと分かっているからこそ、神谷の声には少しばかり呆れが混ざっていた。
「まあ、いいから、さっさと上に上がって書いてもらうわよ。大丈夫よね?」
「大丈夫です。今日のうちに帰れれば。一番最後のやつに乗って、また明日の朝のできます」
「いつも通りね……、分かったわ。それじゃあ、先に上に上がってて」
いつも通り、お茶代は経費で出してもらって、先に部屋に向かう。
毎週毎週同じ部屋を使わせてもらえるのは、一重に柳原出版社長のコネとカネの力だろう。
神谷さんの方は早々に支払いが終わったのか、僕がエレベーターに乗り込む前に追いついてきた。
エレベーターに乗っている間、気不味いのか、神谷さんが適当な話題を振ってきた。
「コウ君、私、いつも思っているんだけど、こっちに住んでいる作家さんも多いから、こっちにも支部を作った方がいいんじゃないかって」
確かに、柳原出版の本社は東京都内にある。だけど、実際に作家が住んでいるのは以外と都外であることが多い。実際、僕が住んでいる地域なんかはそれなりの都会で交通手段も一通り揃っているので、作家さんが多かったりする。
「余計に神谷さんが忙しくなっちゃうからじゃないですか?」
神谷さんは僕の担当だからこそ、色々なレーベルの編集長と打ち合わせたり、僕関連の企画の会議を行なっているらしいので、忙しいはずだ。同じ建物内でも行ったり来たりしているはずなので、支部を拠点にするとなると、神谷さんがさらに忙しくなる。
「それもそうね」
「ていうか、神谷さんって、僕の原稿が出来るまでの間は何やってるんですか?ずっと会議してるわけでもあるまいし」
ちょうど、エレベーターのドアが開いた。
少しだけ考えながら、神谷さんはエレベーターから出た。
「ほら、うちって同じ時期に全部のコンテストやってるじゃない」
部屋の前に着いたところで、鞄からゴソゴソとルームキーを探しながら神谷さんは話し始めた。
「確かに、やってますよね。僕の頃とまだ変わってないんですね」
「当たり前でしょ。あなた、何年前にデビューしたのよ?」
「一昨年前ですね」
柳原出版には、色々なジャンルのレーベルがある。そんな柳原出版は一般文芸からライト文芸、ライトノベル、BL、恋愛、青春小説などのほぼ全てのレーベルでコンテストを行なっている。もちろん、これらのコンテストにはかなりの時間を必要とする。それに、どのレーベルもそれなりの人気を誇っているので、当然のように応募作品は多い。それを全て同時期にやろうというのだから、うちの会社はかなり編集者への負担が大きい。
「私はあのコンテストたちの受付と審査をしてるの。全く、面白い小説を読めるわけもなく、大して面白くないものを読まされる身にもなって欲しいものね。こっちは変に感じる箇所がないか血眼になって探しているのに」
どうやら、受付業務という編集者への負担は、ある一人の女編集者の苦労によって多少は軽減されているらしい。柳原出版では、コンテストの要項に合っていないものは、比較的落ちやすい傾向にある。というのも、受付を受理する段階で、原稿に不備がないかをチェックしているそうだ。
「まあ、乱読派の私からしたら、いろいろな作品を読めるから、いろんな系統の本に興味が湧くし、何よりあなたの作品へのアドバイスもできるから、一石二鳥なのよね」
訂正したほうがいいかもしれない。
柳原出版の編集者への負担は、ある一人の女編集者の、趣味という名の苦労によってだいぶ軽減されているらしい。
「まあ、あなたの書いたものを読んだあとだと、面白いと思えなくなったりするから、少し退屈なのが難点だけど」
「ほんとに、ただの学生の作品を拾ってくださってありがとうございます」
「どういたしまして。それより、早く準備して作業始めちゃいなさい」
言われてしまった。
神谷さんには本当にお世話になっているけど、実は作家としてデビューするちょっと前から神谷さんには縁があった。
元々はただの本の虫だった僕が何を思ったのか、自分でも小説を書いて見たいと思うようになり、ワープロでせっせと書き始めたのが、そもそもの始まりだった。
ただ、小説を描くにあたって、自分にはどのジャンルが向いているか分からなかったし、少しでも可能性があるならと、色々なジャンルを書いていた。書き始めた当初から、推理小説と恋愛小説(ただし青春系とBL系は除く)、時代小説はどうしても書けないことが分かったので、早々に諦めた。
そして、だいたい書き上がったのが、中学三年生の時。
どれも満足のいくものに仕上がったのは良いけれど、ここで困ったことが起きた。ワープロでいくつも書いたはいいけれど、それをネットに出すのか、それともコンテストとかに出すかを全く決めていなかったことに気がついた。
それから、色々なサイトや公募ガイドを見て、どこに出そうか悩んでいたら、偶々目に留まったのが柳原出版のほとんどのレーベルが合同で行う小説コンテスト、柳原大賞だった。
幸運なことに、応募締め切りまでにまだまだ日があったのと、好きな作品が多数出ていることもあって、柳原大賞に応募することは自分の中で確定事項になっていた。
そして、若干緊張しながらも応募した作品がまあ見事に受賞に受賞を重ねて、今みたいな状況になっているわけだけど、その応募した原稿を一次審査の段階で読んだのが神谷さんらしい。
ていうか、神谷さんって、乱読派の中でも頂点に君臨する程の読書量なんじゃないかな?
そんなことを考えながら孝はiPadやらの諸々の準備をし始めた。いつもの定位置、部屋の奥の机の上は、さっそく孝の作業スペースへと変化していった。
時刻は午後六時。
今から終電に間に合うギリギリまで作業する。
「あ、そうそう」
「なんですか?」
何か神谷さんが思い出したみたいだけど、何思い出したんだろ。
そう思いながら、椅子に座った。
「アズマレンさんからイラスト案もらってるわよ」
ーガタッ
「ん?」
「マジですか!」
「マジです」
神谷さん、それをこのタイミングで言うなんて、ひどいです。
彼女は、「相変わらず、好きな物の話になるとキャラが変わるわね。」と思いながら、いつも通りの安定したリアクションをとってくれる孝を可愛らしく思いながら見ていた。
「見せてください」
「予定の所まで仕事終わらせないと見せてあげません」
「約束ですよ」
「ええ、もちろん」
今週の予定では、途中書きになっている話を進めて、今月出したものに関しては次作のプロット作成になっている。
今のところ、ほとんどのシリーズは出版待ちで、今書いているラノベのシリーズだけ書き途中。それに、今月出したのはBL小説だけなので、今回のプロットはBLだけになっている。
「にしても、夏休みはほんとに酷かったですよね」
「あらそう?私は毎日毎日あなたの作品が出来上がって行くのを見てて楽しかったけど?」
「僕にとっては、毎日ここに来て作品書くだけなのは辛かったんですよ?」
「まあいいじゃない。結果的に、多い物は来年分まで出来てるんだから。この後が楽よ〜」
「それは分かってるんですけど…」
今年の夏。
同じ年の四月にデビュー作の受賞作品達が出版されて、シリーズ物の二巻がだいたい発売された頃。
次の話を書く時期と夏休みがちょうど重なって、どうせなら前倒しで何巻も先の分まで書き上げることになった。
おかげで、全てのシリーズ物で先の三巻分が出来、単発作品も何作か出来たので、来年の途中までは執筆作業をゆっくりとできる余裕はできた。
でも、夏休みをいいことに、神谷さんの組んだ連日の長時間作業はもちろん体に影響する。まあ、夏休みの前半で予定を全てこなして、お盆のところで風邪をひいて倒れたのはいい思い出かもしれない。
ちなみに、神谷さんも風邪をひき、連日の労働時間が大変なことになっていたのは言うまでもない。ていうか、神谷さんってあれだけ原稿を読んでおいて頭が痛くならないのかな?
「それより、さっさとその作品を書いちゃったら?」
「わかりました。それじゃあ、何かあったらお願いします」
「りょうか〜い」
さて、ラノベを書き上げないと!
――だからこうして、俺は君を待つ。(つづく)
打ち終わった孝はのけぞるように伸びをしながら、
「終わったー」
と一息ついた。
「おつかれさま。コーヒー頼む?」
「お願いします」
時刻は午後十時。
今日は調子良く筆が進んだ。その分、指とか肩が少し痛い。
「他に何かいる?」
よくあるルームサービスというやつだ。このホテルはそういうところが充実しているから、神谷さんも結構気に入っているらしい。
「じゃあ、手軽な甘いものをお願いします」
「わかったわ。…えーっと、モンブランあたりでいいかしら」
「じゃあ、それで」
念には念をと、もう一度保存ボタンを押しておく。ここまで書いておじゃんとか洒落にならないしな…。
そう思いながら、保存ボタンを押す。一度保存されているせいか、時間はほぼかからなかった。
かれこれ十ヶ月。この間に、何度この作業をしてきただろうか。その前を含めると、考えたくもないほどの回数になっていそうで、自分のことなのに若干怖かった。
「そういえば、コウ君は次のプロットの構想とか考えてる?」
「まだです。BL作品なんで、くっつけて見たいキャラとかは考えてあるんですけど…」
「わかったわ。それなら、そのキャラ像だけ作ってきて、明日考えましょ」
「お願いします」
書き始めて仕舞えば、勝手にキャラ達が動いてくれるし、自然と流れを掴むこともできる。
でも、書き出すまでが少しだけ辛い。一番最初の作品達は、思いの丈をぶつけきったから必然的に面白くなった。だから、その次に出す新しい作品となると、どうしてもきっかけ探しに苦労してしまう。それが、僕の、作家としての大きな問題なのかもしれない。
「コウ君、頼んだもの来たわよ」
そんなことを悶々と考えているうちに、モンブランとコーヒーが来たみたいだ。少しお腹空いてたし、考え事はまたゆっくり考えて、今は小腹を満たそう。
しっかりと甘いモンブランが、今日は少し軽く感じた。
「それじゃあ、また明日」
「うん。朝イチで来てねー」
終電にはゆっくりと移動しても間に合う時間。
孝は久しぶりに景色を眺めながら移動することにした。
いつも使っているホテルがあるのは、自分の住んでいる県の中心。でも、こことは比べ物にならないほど、東京はもっと発展しているのだろう。
そんなことを思い、歩きながら、ただただぼーっと景色を見る。
一番の都会とは言っても、さすがに夜の十時半ともなると、必然的に人は少なくなる。閑散とした道路とコンクリートのビル群は、ちょっとした寂しさを思わせてくれる。
そんなことを考えていると、すぐに駅に着いてしまった。当然ながら、この時間には大体のお店が店を畳む。それが通用しないのはコンビニと牛丼屋ぐらいなものだろう。
改札口を抜けてホームに向かう。終電で帰る人は大勢いるのかもしれないが、この駅では僕以外には十人にも満たない人たちしか乗客がいないようだった。
ちょうど終電の車両が到着したので、適当なところにある席に座る。
そして、一息ついたところで本を読もうと鞄の中を漁っていると、新品同然傷一つないファイルが入っていた。
「そういえば、ゲラ一覧をもらっていたんだっけ」
〈数十分前〉
「そうそう、コウ君、ちょうどゲラ一覧を預かってきたから、チェックしといてくれない?」
「来月分ですね」
時期として、今は十月の中旬。ちょうど来月の新刊の最終原稿が出揃う頃だ。とすると、印刷所に持っていって製本するより前に、原稿自体は読めることになる。それを本当に印刷だけをした物がゲラだ。そんな無料で読んでくださいと言っているようなものに、本好きの僕が食いつかないわけがない。当然の如く毎月のように柳原出版のゲラは読ませてもらっている。
「いつも通りですけど、明日までに持ってきてくれたら、来週の水曜日ぐらいには届けられると思うわ」
「わかりました。帰りの電車で目を通しておきます」
「うん、よろしく。で、来月の新刊の中で推薦文を書きたい作品があれば言ってね。ただで大量に読めるんですからいくつかは書いてもらわなくっちゃ」
「面白い作品にはコメントします」
「そうね。あ、そうそう、先月の新刊の中でコウ君がレビューを書いた作品が結構売り上げが好調だって、その本の担当編集の人に言われたわ」
「ありがとうございますって、言っといてもらえますか?」
「分かったわ」
神谷さんの顔が少し呆れているようだった。
「確か、来月の新刊の中に
三穂ミチさんはBL作品を中心に描いている作家さんで、孝にとって昔からの憧れだった。男の自分でもドキドキとしてしまうような告白シーンとひたすらに情熱的なエロシーン。自分なんかは到底足元にも及ばないと思わされてしまう。
もちろん、孝自身、自分の作品には自分の思いを注ぎ込んではいる。
でも、思いだけでは足らない何かがある。だから、三穂さんの作品は何度も読んで自分のものにしようとしている。
一覧の中から三穂ミチの名前を探し出す。そのほかにも、シリーズ物やおもしろそうなタイトルの物にはどんどんチェックを入れていく。こういう時に、色々なレーベルで出させてもらっているからこそ、いろんな作品を読みたくなってくるし、BLに関しては自分も書いている以上他の作家さんの作品もチェックしておきたくなるのは作家として当然なので、当たり前のようにゲラはよませてもらっている。
チェック漏れがないかともう一周見て、忘れないうちに鞄の中にしまっておく。
「次は〜、大曽根〜、大曽根です。お降りの際は足元にご注意ください」
「ちょうど降りる駅のアナウンスが流れた。あとは少し歩けばうちに着く。
そう思いながら、何も落としていないか、荷物は全て入れたかと何度も確認して電車を降りた。
うちに着くと、二階にある姉の部屋に明かりがついていた。あまり家には帰ってこないので、自分の部屋に入る前に誰がいるのかを確認する。
「ただいま」
両親は寝ている時間なので、小さめの声で言う。
「おかえり、孝」
紛れもなく姉だった。
「ただいま。こんな時間までどうしたの?」
姉は大学三年生で、そこそこ綺麗だとは思う。
「孝の帰りを待っていたの」
どうやらお酒を飲んで酔っているみたいだ。
「今から下で、夜ご飯食べるけど、何か流しに持って行った方がいい物とかある?」
「ないわ」
「そう。じゃあ、お休み」
「うん。おやすみ」
久しぶりに帰ってきたと思ったら、酔っているとは思わなかったけど。たぶん、姉さんにもいろいろと悩みがあるんだろうな。
そんなことを考えながら、孝は一階へ降りて行った。
温めなおした夕飯を食べて、歯だけは磨いて寝る。
これが、執筆帰りの孝の習慣だった。
シャワーは次の日の朝にでも浴びればいいという、思い切った決断をしている。もちろん、気になるときはシャワーを浴びてしまうが、あまり変わらないと孝は思っている。
制服をハンガーにかけて、そのままベッドに体を横たえる。
寝返りを打つと、気持ちいい姿勢になれる。あとは睡魔に負けるのを待てばいい。
そう思いながら、睡魔が襲ってくるのを待っていると、背中の辺りが少し暖かくなった。
「何してるの?」
誰が来たかは消去法で分かる。
「いいじゃない。今日ぐらいわたしの相手をしてよ」
「寝たいんだけど」
「なら、このまま、あなたを抱いているだけでいいから」
しっとりとしたその声は、少し寂しそうで、少し煩わしい。
「姉さん、僕はお酒の匂いはあまり好きじゃないって言わなかった?」
「それはちょっと我慢して」
横腹に回された腕は、そのまま伸ばされていって、ちょうどへその辺りで結ばれた。
姉がこうやって僕に絡んでくるのにはいくつか理由があるのかもしれない。たぶん、そのほとんどを僕は知らないんだろう。唯一僕が思い当たる理由としては、昔からの習慣だろう。姉さんは何か辛いことや悲しいことがあると、僕を抱き枕にして寝ることがあった。
それは別に構わない。
むしろ、BL作品で描写の参考になるから若干ありがたかったりする。
「ごめん、孝。今日だけは我慢してね」
「別に気にしてない」
どうやら睡魔に負けたみたいだ。姉さんが寝息を立て始めた。
そして、僕もすぐに寝たんだろう。
次の日の朝、起きると姉はもういなかった。
密着していた箇所が心なしか暖かかった。
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