第3話「俺はアイススピアに刺されたい」
少し冷静になった。
ここはどこなんだ?
日本、なのか?
そもそも地球なのか?
「なあ、ここってどこ?」
少女に問いかけてみる。
「はらっぱ」
こんな幼い子に聞いても分かるわけないとは思っていたが、この子が日本語をしゃべっているのは間違いない。
ここは日本のどこかだ。
………。
あれ? 本当にそうなのか?
少女は本当に日本語で話しているのか?
「なあ、好きな食べ物ってなんだ?」
「え? んーとね、おいもの団子が好きだよ!」
驚愕した。
彼女は、日本語をしゃべっていない。
口の開き方も発音の仕方も、主語と述語の順序だって違う。
なのに、俺の頭の中に、意味をともなってすらすらと入ってくる。
「そっか。俺も芋、好きだよ」
そして俺も、日本語じゃない言葉で話している。
こんな言葉は知らない。
自分でしゃべっているはずなのに。
どうなってるんだ?
………。
まあ、いっか!
そんなことより、魔法だ魔法!
「よし、じゃあ、今日からお前はオレの助手だ」
気を取り直し、少女に向かって言う。
「やったーじょしゅー」
わけも分かっていないだろうに、少女は喜んでいる。
子どもが脳たりんなのは、世界共通だな。
魔法のことを親切に教えてくれるチュートリアル的なモブ老人がいるとは限らない。
この少女に聞けることは、今のうちに聞き出しておこう!
「まずは君の実力を知りたい! 使える魔法をすべて俺に見せてくれ!」
「さんだー」
「うおおおおおお?」
少女が使える魔法は5つ。
ファイアー(火)、ウォーター(水)、ウインド(風)、サンダー(雷)、クレイ(土)。
お、おいどんも使えるごわすかね。
「ウォーター」
さっそく少女と同じように、腕を差し出してみる。
手のひらが湿り気を帯びてくる。
雨上がりの森林のような匂いが漂ってきたかと思うと、ウォーターサーバーの蛇口ほどの水量の水が出てきて、地面の石に当たって飛沫(しぶき)が散って濡れた。
「お」
水はとめどなく、あふれてくる。
「お、おかわりもいいぞおおおおおおお!」
思わず、意味不明なセリフを叫んでしまった。
しかし、この感動を、心の躍動を、血、肉わきおどる感情を表現せずにはいられようか!
さあ、おどろう民衆よ!神よ!あらゆる生きとし生けるものたちよ!
「うま! うま! うま!」
「ネネもおどるー」
「「うま! うま! うま! ぱおーん!」」
色々試した結果、いくつかのことが分かった。
『ファイアー』を『燃え盛れ』とか『火よ』とか言っても、同じ現象の魔法が発動する。
無詠唱ではできなかった。
なるほど。唱えることが重要なのね。
よし。
ジョジョ立ちしよ。
「集えよ精霊達(エレメント)! 漆黒の闇から奏でよ交響曲(シンフォニー)! 駆け抜けろ!山吹色(サンライトイエロー)の波紋疾走(オーバードライブ)!」
ジョジョ立ちしながら、手を前にかざす。
かっこよ過ぎる技名とともに、ウインドが発射される。
そよそよ。
「わー、すずしーねー」
少女は喜んでいる。
ふふ、成功だ。
これからかっこよく魔法を発射するために、思わず聞き惚れてしまうような呪文を考えておこう。
じゅるっ
あ、やべ、ヨダレ出てきた。
しかし、1つ疑問が出てくる。
俺がこの平原に来てすぐファイヤーを唱えたはずなのに、魔法が出なかったのはなんでなんだぜ?
ふむ。
あのときと、今の違いは……。
ああ、そうか。たぶんあれだな。
「ファイヤー」
やはり出ないか。
今のは、手のひらに力を込めなかった。
体のエネルギーを使っているのか、それとも外部から力を借りているのかは分からないが、しっかり集中して力をこめないと魔法は発生しない。
あのときは、ゲームにいる感覚だったから、ただ唱えていただけだった。
つまり。
口に出すこと。
魔法をイメージすること。
力を込めること。
これが条件のようだ。
まあ、しかし、俺の魔法はどれも効果が残念すぎる。
ウォーターサーバーの蛇口ほどの水量のウォーター。
扇風機のそよ風レベルのウインド。
冬になると出てくる小憎い静電気くらいのサンダー。
つくしでも生えてくんのっていう程度で土が盛り上がるレベルのクレイ。
やはり、熟練度がものを言うのだろうか。
素養も関係しそうだな。
もっと知識を深めたいところだが……。
町に行けば、修練できる道場や学校のようなものがあるかもしれない。
ぜひ入学したい。
各魔法の様相は変化するのか?
魔法の組み合わせは可能か?
召喚魔法や呪術のようなものも存在するのか?
疑問はつきないな。
おら、ワクワクしてきたぞ!
草どうしが擦れたような乾いた音が聞こえた。
ふと気づくと、真上くらいにあった太陽が、だいぶ山のほうに傾いている。
だいぶ時間が過ぎていたようだ。
また草の音が聞こえる。
これは、風の音じゃない。
なんだか胸がざわざわする。
振り向いてみる。
5メートルくらい先に、草っ原から黒い影がにょきっと生えていた。
なんだ、あれ。
目をこらしてみると、動物の背中のようにも見える。
明らかに、こちらに向かってきている。
じわじわと。
その影が、空中を飛んだ。
気づいたら、黒い影は俺の腕にいた。
「は?」
右腕が熱い。
何してんだ、こいつ。
熱さが、激痛に変わった。
叫んだ。
自分じゃないような声。
かみついてるんだ、こいつは!
俺の腕に!
目を開いてられなくて、閉じる。
まぶたを強く閉じすぎて、眼球が痛い。
奥歯をかみしめすぎて、頭が痛い。
耳鳴りと速すぎる心臓の音が聞こえる。
血と土と犬のような匂いがする。
いつの間にか地面に倒れ込んでた。
もんどり打って、体を地面に打ち付けてるが、全然痛みが和らがない。
痛い。
何も考えられない。
痛い。
無理だ。
痛い。
痛みって、こんなに痛いのか。
今まで骨折すらもしたことがなかった。
この痛みが止まるなら、いっそ楽になりたい。
死ぬ……。
こんな一瞬で、わけのわからないうちに死ぬのか。
せっかく魔法が使えたのに……。
魔法……。
そうだ、魔法だ。
やっと会えたんだ。
夢に。
死ねない。
生き残る。
まだまだやりたいことがあるんだ!
「うわああああ」
少女が泣きながら、こっちに向かってきた。
「やめろ!」
勝てるわけがない!
しかもこんな小さな体じゃ、あっという間に死ぬ。
「ふぁいやー」
少女の手から、ライターくらいの炎が出された。
動物の皮膚に当たったが、焦げる様子もなければ、意に介する様子もない。
少女は、サンダーもウォーターもウインドも、したらめったら連発した。
まったく効かない。
魔法が弱すぎるのか……。
少女に狙いを変えないでくれたのは助かった。
いや、違うか。
俺を始末してから、ということか。
このままだと、二人とも死ぬ。
「助けを呼べ!」
少女に向かって叫ぶ。
この二人では刃が立たない。
誰か来てくれれば、助かるかもしれない。
しかし、少女は震えて動けない。
「大丈夫!」
少女に向かって、もう一度叫ぶ。
「お父さんお母さんならきっと助けてくれる!」
親の名前を言えば、冷静さを取り戻してくれるだろう。
子どもにとって、親は最上の庇護者だ。
本能的に親の元に向かうはず。
親ならば、この世界に住む親なら、この状況に対処してくれるはず。
「さあ、行け!」
少女は、今度は震えながらも深く頷いた。
そして走り去っていった。
一人になった。
俺はこれから、助けがくるまで生き残らないといけない。
覆い被さられる。
そいつと目があった。
目が3つもある。
血走った目で、にらみつけてくる。
ふりほどこうとするが、余計に牙が腕を貫通する。
腕が逆方向に曲がっていく。
血が噴水のように飛び出し、そこから骨が見え始めている。
右腕をふりはらった。
かみつこうとしてくる。
こいつ、腕を狙っているんじゃあない。
俺の首を狙ってやがる!
右腕はもう動かない。
左腕を前に出す。
腕が目の前で血しぶきをあげる。
観察しろ。
何かを、何かを見つけるんだ。
動物は、俺の首を
それをなんとか、皮膚がはがれ、骨すらも見えるボロボロの腕で応戦している。
この腕が動かなくなったら終わりだ。
それも、肩の関節で動かしているようなもんだ。
腕にもう力は入らない。
どうする。
どうしたらいい。
腕力では勝てない。
まったく効かなかった少女の魔法より、俺の魔法は劣る。
………。
そうか。
腕をそのまま、食わせてしまえばいいのか。
かみついてくるとき、口を開ける。
その瞬間を狙おう。
口を開けた。
口の中に小さな刃が無数に連なっているのが見えた。
ぞっとして、また腕でガードしてしまう。
落ち着け。
怖がるな。
腕は2本ある。
どっちかで成功させればいい。
それを怖がって中途半端にすれば、腕どころか命ごと持って行かれる。
もう一度、大きく口を開けた。
今だ。
手ごと腕を口の中に入れ込んだ。
かみつかれて止まる。
もっと深さが必要だ。
「ファイヤー」
自由なほうの左手で目に
さすがに顔を背け、口元が緩んだところをさらに手をつっこむ。
苦しくなって、腕を食いちぎろうとする。
痛い。
痛すぎて、気が狂いそうだ。
痛みを感じるということは、神経が通っているということだ。
決めろ。
集中しろ。
魔法を、使うんだ。
「サンダー!」
食いちぎれそうな腕で、サンダーを発生させる。
手に温かみを感じた後、痺れた。
動物は、スマホのバイブレーションのように数秒程度、小刻みに揺れた。
まだだ。
まだ流し続けるんだ、電圧を。
鈍い破裂音がして、下腹部が破裂した。
水風船が割れるような音だった。
ずるりと、腕から動物の口が離れた。
「やった、か……」
腕はぼろぼろだ。
皮膚や筋繊維でかろうじてつながっている部分すらある。
ぎりぎりだった。
胃液のpHは1~2。
塩酸や硫酸と同じくらいの、強酸だ。
酸性やアルカリ性に偏った水溶液は、電気をよく通す。
そこにサンダーを流した。
人が絶命する電流は、わずか0.1A
放電は、以外と電圧が高い。
静電気程度の威力だったとしても、電圧は何千ボルトもある。
オームの法則は、電流I=電圧V/抵抗Ω
つまり、抵抗が大きければ、どんなに高圧でも電流は低くなる。
人体や動物の体は、普通の状態では抵抗が高い。
そして、静電気は流れる時間が極端に短い。
だから、0.1Aにはなかなか届かない。
だったら、抵抗を少なくすればいい。
そこで考えたのが、胃液に静電気を流す、だ。
感電さえすれば、胃を焼き尽くし、心臓を止めるのに十分な電圧だ。
そして予想外だったが、破裂したのは、腸の部分だろう。
こいつは肉食だから、肉が発酵してできた硫化水素が溜まっていたのだと思う。
サンダーに引火したのだろう。
「ぐっ」
安堵したせいか、ものすごい痛みが襲ってきた。
襲われていたときも、ものすごい痛みだったが、さらに、比べものにならないくらい痛い。
ものすごい勢いで地面に倒れ込み、転げ回ったが、その痛みを感じない。
そんな俺の視界に、黒い影が無数に迫ってくるのが見えた。
それがなんだか分かったとき、絶望した。
あいつの、“群れ”が来た。
ここまでなのか?
もう使える腕は一本しかない。
まだ諦めるな。
何かあるはずだ。
何かが……
「アイススピア!」
女性の声が聞こえた。
すると、空から降ってきた無数の何かが、黒い影たちを串刺しにした。
数匹、的が外れたが、再び呪文を唱え、すべて息絶えた。
なんちゅう。
なんちゅうこっちゃ。
この世に、こんなに正確無比で、冷酷な雪の女王のような、美しい魔法が存在していたとは!
この魔法を覚えたい。
この魔法を触りたい。
この魔法で串刺しにされたいぃぃ!
馬が駆ける音がこちらに近づいてくる。
視界が白んで見えない。
興奮して鼻血出てきた。
ついでに口からもダクダク出てきた。
「あんた、無事?」
魔法を唱えたと思われる女性に話しかけられた。
OK,わかった。
「とりあえずアイススピアで俺を串刺しにしてくれ!」
「は?」
その女性の、本当に何を言ってるかわからないという返答と、女子がキモいやつを見る視線を感じながら、俺は気を失った。
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