第14話 嘲笑

 季帆の名前を口にするふたりの声に、好意的な色はなかった。かけらも。

 先日、下駄箱で聞いた女子たちの声に似ていた。

 嘲りと、嫌悪のにじむ声。


「そうそう、このコンビニにいたんだよ。すごい変わってたから一瞬わかんなかったー」

「えー、なんでこんなところに。あの子、このへんの高校行ってんだっけ?」

 並ぶ商品の隙間、少しだけ棚の向こうにいるふたりの姿が見える。

 顔まではわからないけれど、この近くにある商業高校の制服を着ているのは見えた。

「それがさ、北高の制服着てたんだよ。びっくりでしょ」

「は、北高?」

 聞き返す声に、笑いが混じる。今度こそ、あからさまにバカにする響きだった。

「うそ、あの子、北高なんて行ってんだ」

「ね、うけるよね。あんだけガリ勉だったくせに北高って」

「なんかかわいそ。あんな必死だったのにさ。てか、川奈受けるとか言ってなかったっけ?」

「あー、そういや言ってたね。川奈落ちたんだろうね」

「それで滑り止めの北高かー。にしても、もうちょいマシなとこなかったのかね」

「落ちるなんて考えてなかったんでしょ、どうせ」

 勝手な推測でそう結論づけたふたりは、そこで季帆の話題をやめた。

 その後は、「なに買おっかなー」なんてきゃっきゃしながら、女子高生らしくお菓子を選んでいた。


 俺はまだその場に立ち止まったまま、そんなふたりの声を聞いていた。

 北高というのは、うちの高校の略称だ。

 ふたりがバカにしていたのは、うちの偏差値が低いからだろう。少なくとも、彼女たちが言うところの“ガリ勉”な生徒が来るような高校ではない。

 対して、川奈高校といえば、このあたりではトップクラスの進学校だ。

 中学時代、学年でいちばん成績が良かったやつも、たしか川奈へ行った。相当な成績でなければ、受けようとも考えないような、そんなレベルの高校だ。実際、俺なんていちども考えなかった。


 四月に、季帆に声をかけたときのことを思い出す。

 あの日の季帆は、北高の制服は着ていなかったけれど、川奈の制服も着ていなかった。北高の近くにある、私立の女子校の制服を着ていた。

 あの女子校も、たしかうちと同じぐらいの偏差値だったはずだ。滑り止めにちょうどいいぐらいの。

 だとしたら、ふたりの言うとおり、季帆は川奈に落ちたのだろう。


 ――ガリ勉。

 ふたりは季帆のことを、そう呼んでいた。


「あー、あたしやっぱりワッフルにしよっと」

 お菓子の前でしばらく悩んでいたひとりが、あきらめたように声を上げた。

「またー?」ともうひとりがあきれたように返す。

「最近そればっかじゃん。よく飽きないね」

「ハマっちゃったんだもん。太るから今日は我慢しようと思ったけど、やっぱ無理だー、食べたーい」

 そこでふと、今俺の目の前にある棚に、彼女らの言っていたワッフルがあるのに気づいた。プレーンなやつと、チョコがかかっているやつ。それぞれ二つずつ残っている。

 お菓子の棚の前から移動を始めたふたりが、こちらへ近づいてくる。

 気づけば、俺はそこにある四つのワッフルをぜんぶつかんで、レジへ向かっていた。


「――うそっ、今日いっこもない!」

 少しして、後ろでそんな悲痛な声が上がるのを聞きながら。



「かんちゃん、なに買ったのー?」

「ワッフル」

「え、めずらしい!」

 コンビニを出たところで、七海が驚いたように俺の持つビニール袋を覗き込んできて

「あれ、かんちゃんて、甘いもの嫌いじゃなかったっけ?」

「嫌い」

「じゃあなんで」

「やる」

 四つのワッフルが入ったビニール袋を、そのまま七海へ差し出す。「えっいいの?!」と七海は顔を輝かせたけれど、中身を見ると少し戸惑ったように

「四つも?」

「食べきれなかったら、残りはおばさんにでもあげて」

「なんで四つもワッフル買ったの?」

「……なんとなく。買いたかったから」

 無性に。買いたくなった。それだけだった。

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