きみが明日も生きてくれますように。

此見えこ

本編

第1話 死にたくなった日

「……死にたい」

 そんな声がこぼれたのは、ふらふらと駅まで戻ってきて、ホームのベンチに崩れるように座り込んだとき。

 頭の中に、さっき見た光景がぐるぐると回る。

 あれは間違いなく、七海ななみだった。見間違えるはずがない。物心がついた頃からずっと傍にいた、誰よりも大切な、俺の幼なじみ。



  放課後、校門を出たところで、彼女を見かけた。

 数メートル前を、知らない男と二人で歩いていた。

 同じ高校の制服を着ていたから、たぶんクラスの友達かなんかだろう。そのときはただそれだけ思って、俺は当たり前のように二人へ追いつこうと足を速めた。友達だろうがなんだろうが、七海が男と二人で歩いているのは気に食わなかったから、俺も混ざってやろうと、そう思って。


  だけど途中で、ふと足が止まった。

 彼らがおもむろに、手をつないだから。

 駅へ向かっているのだと思った二人は、駅を通り過ぎて商店街のほうへ歩いていった。しっかりとつないだ手は離すことなく。

 俺は一定の距離を保ったまま、そんな二人のあとをつけた。

 頭を埋めようとする嫌な予感を、必死に押しのけながら。


 やがて街のはずれにある小さな公園に入った二人は、ベンチに並んで座った。

 見つからないよう、俺は離れた位置にあるトイレの陰から二人を眺めていた。

 どのくらい経っただろう。

 しばらく話し込んでいた二人が、ふいに動いた。

 男の右手が挙がり、七海の頬に触れる。そうしてふっと七海のほうへ顔を近づけた。男の手が、頬にかかる七海の髪を軽く掻き上げる。

 拍子に、目を閉じた七海の横顔がちらっと見えた。



  気づいたときには、俺は逃げるように踵を返していた。

 なんだ、今の。なんだ今の。

 わけがわからなかった。

 だって、七海だ。

 生まれたときからいっしょにいる、俺の筋金入りの幼なじみだ。

 気弱で引っ込み思案で、おまけに身体が弱くて。保育園ではいつも、外で走り回って遊べなかった彼女。

 そんな彼女をひとりぼっちにしてはいけないと、俺はたぶん子供心に思っていて。外で遊びたいのを我慢して、いつも彼女と室内で遊んでいたのを覚えている。七海が誰かに意地悪をされたときには、俺が飛んでいって代わりに怒ったりもした。


  物心がついた頃から、それは俺にとって当たり前の日常だった。

 七海を守ることが、俺に与えられた役目なのだと思っていた。

 小学校にあがっても、中学校にあがっても、それは変わらなかった。しょっちゅう体調を崩す七海を保健室へ連れて行ったり、下校中に貧血を起こした七海を背負って家まで送ったり。


 ――かんちゃんがいてくれてよかった。

 そのたび七海は、噛みしめるようにそう言っていた。

 何度も、何度も。

 七海は俺を必要としてくれているのだと思った。か弱く頼りない彼女を、俺が守ってやらなければならないのだと。

 だから高校も、レベルを落として彼女と同じ高校を選んだ。なにも迷うことなく。俺にとって、それが当たり前だったから。

 そのときにも七海は言っていた。

 ――よかった。かんちゃんといっしょなら、安心だね。

 

 なのに。

「あーあ……」

 力無い声がこぼれる。

 気づけば戻ってきていた高校の最寄り駅で、へたり込むようにベンチに腰掛ける。

 ああ、なんか、これ、

「……死にたい」

 ぼそっと呟いた声に重なり、電車の到着を告げるベルが鳴った。

 三番乗り場に上り電車がまいります、のアナウンス。

 俺は何とはなしに顔を上げると、線路の向こうへ目をやった。青色の車両が近づいてくる。

 乗ろっかな、とぼんやり思う。このまま家に帰っても、たぶんよけいに死にたくなる。それなら街にでも繰りだそう。そう思い立って、ベンチから立ち上がったとき


「――だめです!」

 そんな張りのある声と同時に、誰かが勢いよく視界にすべりこんできた。

 びっくりして一瞬息が止まる。

 まっすぐに俺の目を見つめたその子は、ずいっと俺のほうへ顔を突き出し

「死ぬなんて、そんな! ぜったいだめですから! 死んでも止めますから、私!」

 至近距離から、必死の形相で叫んできた。

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