第12話 鈍感力

 疾病利得という言葉がある。

「患者が疾患によって得る心理的・社会的・経済的利益」のことである。


 膵臓がんで余命僅かとなった祖父が、一時帰宅した時の台詞を思い出す。

「がんになってから婆さんが優しくなって、こりゃ最高だな」

 祖父の好きな料理を振る舞うなど、祖母は彼の最期のために努力していたそうだ。


 この疾病利得、精神疾患の場合、どうやら否定的な見方をされることが多いらしい。

 逃げや怠けが許される、というものである。

 確かに精神疾患の場合、実際に出来ないのか、出来るけどもやりたくないのか、判断が難しい。また、やればおそらく出来るけども恐怖心が強いこともある。


 飛び降り王子は引きこもっていた状態から、いざ社会復帰となるとかなりの恐怖心を抱いた。同時に、社会復帰しなければ将来どうなるのかという不安もあった。


 結局、一番良いのは病気にならないこと、病気を寛解させることである。疾病利得の悪い側面を見ても大したメリットはない。


 しかしながら、社会保障のバランスが悪いなと感じることはある。

 今、王子は傷病手当金を貰いながら生活している。

 働かなくてもまだしばらく収入がある訳だ。むしろ、働いたら出なくなるのである。

 これでは病気を良くしようという意識が芽生えなくても不思議ではないだろう。


 こういう例は他にもある。

 生活保護受給者は働かなくても収入があるのだから、その状況から抜け出そうとする意欲を奪われるのではないか。

 良い制度だとは思ってはいる。が、受給しないことで得られるメリットを増やすなど、より健全に社会が回る制度になるよう願っている。


 さて。

 王子の飛び降り自殺にも疾病利得があった。


 飛び降り以前、王子は何度も自殺未遂を繰り返していた。

 主にOD(薬の過剰摂取)である。

 簡単には死ねないと知っていたが、運良く死ねればと思いながら行っていた。

 が、飛び降りのおかげで「こんな痛い目に遭って死ねないのなら、もう死ぬのは諦めた」という境地に達したのだ。

 案外、単純なんだなと自分でも思った。


 ちなみに、その後もODを何度かしているが、その理由が以前と違う。現状から逃げ出す目的で行ったのである。

 その一例。

 嫌な思いをしてばかりのバイト先に行くのも限界が来ていたが、それを言い出せないため、ODをした。そうすれば、行ける状態でなくなるから。

 タチが悪い。

 若い頃は仕事を「辞める」と言えなかった。何事も続かない人間だと親になじられ続けてきた後遺症と言えるかもしれない。


 12話の最後に。

 死にたいと思っている若者に伝えたいことがある。

 希死念慮の大半は時が解決するだろう。

 若い時期はあまりに多感なのだ。自分の見た目や中身、能力、人間関係、自分に関わることで悩みすぎる。王子もそうだった。

 だが、年を取ればほぼ例外なく人は鈍感になる。

 新たな死にたい理由が出てくるかもしれないが、少なくとも若い時の「死にたい」とは中身が違っているはずだ。

 だから決して早まるな。

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