第5話 世界の速さに思うこと
世界の動きが速いと感じる。
二十歳そこそこで思い始めたことである。
その最たる例が煙草。
喫煙は一種の文化で、世に欠かせないものだと思い込んでいた。かつて喫煙者は圧倒的な権力を持っていた。分煙なんて概念はほぼなく、電車や飛行機、バスや映画館、病院内(!?)まで至るところで吸うことが出来た。想像するに「煙草を遠慮してください」という言葉の存在すら許されていなかったのではないか。この歴史は戦後からずっと続いてきた長いものだと思われる。
ところが、禁煙化の流れがひとたび始まるや否や、嫌煙の言葉は瞬く間に力を発揮するようになった。当然、今まで吸えていた場所の多くが禁煙となり、吸える場所も分煙化が進んでいる。戦後から長らく継続していたものが十年も経たずに崩壊する……。
たとえ健康に良いことであっても、この崩壊の速度にはゾッとするものがある。
もう一つはSNS。
丁度、王子が二十歳くらいの時にmixiが爆発的な人気を誇るようになった。このブームは数十年と続くものだと漠然と思い込んでいた。
しかし、後発のSNSが登場するに伴って、あっという間に衰退。モバゲー、Facebook、Twitter、Instagram……、あまりに推移するので、変化に付いていくのに一苦労だし、一つのプラットフォームで自分の歴史の構築が出来ない。SNSの変化と共に黒歴史もなくなるのだと肯定的にも捉える人も多いだろうが……。
このままでは流れに付いていける人といけない人の差は広がる一方だろう。すでに「パソコンが使えない」「スマホが使えない」という中高年が沢山いるが、出来るだけそうはなりたくないものだ。
さて、飛び降り王子が感じた世界の動きの速さは、上に挙げたものとは別次元のものである。
一ヶ月半の入院生活を経て退院して、母と自宅まで帰宅する時のこと。外の様子が今までと違う。道路を走る車が異様に速いのだ。世界の速度が変わった訳ではない。きっと自分が遅くなっただけで世界は速く映るものなのだろう。
横断歩道を渡るのにも、信号が点滅するのが速い。
これが老人の心境かと思った。
若くして老人の心境を知れるなんて貴重な体験だったなと思う。
王子の母はよく「歩いていて自転車が怖い」という。速度差が恐怖心に直結するのだろうか? 免許を持っていない母が車を運転出来ていたら多少は怖くなくなるものだろうか。自分は野球の球が速くて怖かったな等と疑問は尽きない。
そういえば、昔は朝に弱くて「時間が過ぎるのが速すぎて支度が間に合わない!」と毎日のようにパニクっていた。が、今では加齢の影響で朝が全く辛くない。
出掛ける二時間前に起きていた昔の感覚で目覚ましをかけると、時間が余ってしまう。加齢によって世界が遅くなる一つの利点である。
だが、一年が経過する速度は確実に増しているから、結局、若いに越したことはない。もうすぐ三十六歳になってしまうだなんて全く信じられない!
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