ある滑稽な飛び降り自殺未遂者の追憶
まぐ@飛び降り王子
第1話 第二の誕生
時代は、ハンカチ王子を初めとした空前の王子ブームだった。
ハニカミ王子、ぽっちゃり王子、洗濯王子……。監禁王子なんてものまで現れる始末。不景気な分、華やかでお気楽な雰囲気を出そうと皆必死だったのかもしれない。
一方、僕はそんな状況とはまるで反対の立場にいた。
自宅マンション五階から飛び降り、集中治療室に搬送。MRI検査で腰椎骨折が判明。
そして、脊髄損傷。
歩けはするが、一時は一生自己導尿になると言われた。奇跡的に回復して自力で尿を出せるようになったものの、その他の後遺症は重い。一ヶ月半の入院生活の大半を占めていた激痛は、陣痛をも遥かに凌いでいただろう。
そんな入院生活が終わっても、腰周りにはまだ数ヶ月間、硬性コルセットを装着していなければならない。服で隠れていても触られたら「何?」と思われるから着けていたくはなかった。
新たに生まれ変わりたいという願望が頭をもたげていた。
友人らが気を遣ってくれた。
退院祝いも兼ねてキャバクラに行こうと誘ってくれたのである。元々、キャバクラは好きでよく通っていた。
北海道のキャバクラは本州以南で言うところのセクキャバで、胸のお触りタイムがある。格安でここまでのサービスは道内以外にはないらしい。
道外の男性の観光スポットにもなっているそうで「最高やったなあ!」などと道内ではあまり耳にしない方言が、満喫し終えた客から聞こえてくる。キャバ嬢にもよく「地元の人?」と聞かれるから道外からの人が本当に多いのだろう。
他には、下のお触りは禁止、ビール・焼酎・ウィスキーは飲み放題、50分1セットが終わる時に声掛けがあること、また、その間に一度、女の子を無料でチェンジ出来ることなどが規則とされている。
暗い店内。青い電飾。ノリの良い音楽。
女の子が付くまでが最も緊張するひとときで、友人らとどんな子が付くだろうかと盛り上がる。それまでの間、飲み放題のビールを飲んで饒舌にしておく。
他の二人に女性が付いて、最後に僕の隣に女の子が付いた。
「初めまして。ゆきなです。よろしくお願いします」
名刺を渡されて、こちらも挨拶を返した時、キラークエスチョンが来た!
「杖、どうしたんですか?」
「いやあ、五階から飛び降りたんだよね。飛び降り王子って呼んで。ははは」
するとキャバ嬢はピクリとも笑わないどころか、目を大きく見開いて表情を硬直させた。まるで何か恐ろしいものを見たかのような顔である。
まさにドン引き。
これぞドン引き。
おいおいおい、こんな理不尽あるか?
こちらはなるべく暗い雰囲気にしないよう気を遣いつつ、正直に答えたのにどうしてこんな仕打ちに遭わなければならないのか……?
その後、テンションだだ下がりの中、キャバ嬢とどんな会話をして時間を潰したのかは覚えていない。
一回のチェンジタイムの時、迷わずチェンジしたことならば覚えている。
しかし、彼女がいなければ「飛び降り王子」は誕生していなかっただろう。
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