恋する乙女と目覚める騎士1
光が存在しない場所というのは、初めて訪れたと思う。
目を閉じているのか、開いているのかまるで分からなくなる。
ここはどこなんだろう?
もし空だと言うのなら分厚い雲の中に放り出されたのならばだろうか?
もし地上だと言うのなら地中へと深く埋められてしまったのだろうか?
身動きしようとすればズルリと重く絡みつく例えようの無い感触が四肢に纏わりついて動きを阻害してくる。
そもそも自分が立っているのか、宙に浮いているのかすらも曖昧です。
暗闇に包まれているせいで進むべき方角も見当がつかない。
(ああ、そうか……)
現状を整理していく内に自分が踏み入ってしまった暗闇の正体に気が付けました。
(この暗闇は私の心なのですね……)
魂を宿した全ての存在が有する『内なる世界』。
その者の心の在り方が姿形を成し、守護者たる御神が住まう絶対の聖域。
それこそが無限に拡がるであろう暗闇の正体なのでしょう。
(私の心象がこの暗闇に満たされた世界……確かに御誂え向きですね……)
小父様への恋をひた隠してきた、それは自らの心に蓋をしていたのと同じ事。
自分から光を閉ざして生きてきた証としてこの深淵は生まれたんだ。
(死を通して内なる世界に辿り着くなんて皮肉ですね、ずっと探し求めてきて足掻いていたのに、しかも踏み入った先がこんな場所だなんて)
包術を会得するには先ず始めに内なる世界へと精神を辿り着かせる必要があります。
そして時間を掛けながら世界を巡り、やがて御神に出会い認められることで最強の宝物たる心器を授かれるのです。
(この様子からすると私の内なる世界は構築すら満足にされていない、これでは心器どころの話ではありませんね、そうなればきっと御神も誕生していないのかもしれない……考えてみれば私は一度死んでるんだ、小父様に助けられたあの夜に私の御神も死んでしまった……ははっどうりで私が包術を使えないわけだ、死人に心なんてあるはずがないんだから)
死の間際にようやく真相が明るみになってくれた。
なるほど、どうやらアイリス・ヴァン・ツヴァイトークは初めから出来損ないだったらしい。
(出来損ないに相応しい末路だったのかもしれない、愛しい人に寄り添うなんて私には壮大な夢物語だったんだ……でもね……)
「夢は大きいからこそ追いかけたいんだ!」
私自身である深淵の世界へ向かい、思い切り吠えてやりました。
「卑屈になって! 理由をつけては逃げ回って! そうして行き着いた末路がこの暗闇でも私は諦めない!」
誰も居はしないとしても関係ない、叫ぶだけ叫ぶんだ!
「まったく根暗な女ねアイリス・ヴァン・ツヴァイトーク! うじうじ臍を曲げて、膝を抱えて泣き喚いているだけじゃなくて心の中まで真っ黒けだなんて筋金入りだわ! いくら俯いていたって、悲しみにくれたって誰も私を立ち上がらせてはくれない! 差し伸べられた手を握って立ち上がれるのは自分自身しか出来ないんだ!」
もう守られ続けるなんてまっぴらごめんだ!
「私はっ……!」
大切な人達を……!
「守りたいんだ!」
今度は私が手を差し伸べたいんだ!
「聞きなさい私の世界! 拗ねて、俯いて、根暗に酔っているんだったら私が灯りを付けてみせる! 死んだ世界だと諦めるならもう一度命を灯してやる! 私がっ……!」
胸がはち切れるばかりに息を吸い込んで。
「世界に光を差し込んでやるんだ!」
酸欠で頭が痺れるのも構わずに精一杯の思いの丈を吐き出してやった。
これで何が変わる訳でないだろうけど、ただ暗闇に飲まれて終わるのだけは嫌だった。
「はぁっ、はぁっ……」
これか訪れる結末が変わることはない。
それでも最後は自分の弱さを否定出来たのだから良かったのかもしれない。
目蓋を閉じても世界の色は変わらずに黒のまま、その筈だった。
私が漂う場所の丁度前がやけに熱く、暗闇に満たされた世界に初めて明かりが灯った。
「えっ……」
恐る恐る目蓋を開くとそこには黄金に輝く焔の塊が現れていた。
「これは……」
所々に紅も交えながら煌々と輝きを増していく黄金はやがて等身大の球体を成し、爆発するような勢いで弾けとんだ。
「うぁ!」
眼前で爆発が起きたにも関わらず、不思議と恐怖は湧いてこない。
黄金の焔は暗闇を駆け巡り色を隅々まで塗り替えていく。
眩しく、清らかに。
美しく、煌びやかに。
全ての闇が黄金に染め上がった時、私は世界を踏みしめていた。
「これは、もしかして……」
一面に黄金色の花が敷き詰められた広大な花畑。
一輪ずつ全部から花と同色の光が立ち昇って、空気すらも黄金と一体化していくみたい。
そして黄金の花の名前を私は良く知っていました。
それも当然です、だってこの花は……。
「……アイリス」
父様と母様が授けてくれた私の名前そのものなんだから。
『お待ちしておりました、我が主』
私の頭上で空気に溶けた黄金が密集を始めて、最初に産まれた焰の球体が再び現れた。
やがて私の下まで降りてきた焰をよくよく観察するとその正体にようやく気が付けました。
「もしかして、これって……」
恐れは無かった、きっとこの子は私に触れられるのを待っている。
親に暖めてもらうのを待ち望む卵だろうから。
「会いたかったよ、私も貴女に……」
両手で触れてあげると黄金からはドクッドクッと胎動が伝わってくる。
一秒、十秒と時間が過ぎていくのに合わせて胎動は力強く増していって、遂に頂点に達した。
弾け飛ぶ黄金の卵。
だけど最初の時とは様子が違う。
黄金の焔は私を包む奔流を描きながら駆け巡る、まるで母親に抱かれるのを望む幼子みたいに。
やがて燃え盛る黄金は上空で本来の姿を形作っていった。
大空すらも包容してしまえそうな広大な両翼。
紅玉を嵌め込んだの如く煌めく真紅の瞳。
羽毛の代わりに全身を覆う黄金の焔。
「貴女……」
長い時間を掛けて出会えた私の御神。
その正体は……。
『フォオォォオオオオオオォオオオオオオ!』
天空を駆け巡る黄金の不死鳥でした。
世界の隅々まで響き渡る雄叫びが風に靡いているアイリスの花をより一層揺らすのに合わせて、私の髪も派手に後ろへ流されていく。
自慢の長髪が乱れてもそんな事は些細な問題だ。
だって探し求めていた私の守護者が姿を現したんだから!
「貴女が私の御神なのね!」
天高く咆哮を挙げる不死鳥に負けじと声を張り彼女を呼びました。
手が届きそうな距離に太陽の如く燃え盛る彼女がいる。
抱き締めたい、ようやく出会えた私の心に。
すると願いを聞き届けてくれたのか、彼女はふわりと風に乗りながら私の下まで降りて来てくれた。
『主よ……遂にご自分の心に向き合われたのですね』
鈴を鳴らした様な透き通る声音で不死鳥は語り掛けてくれた。その口調は女性的で、何処か母様に似ている気がします。
私だけじゃなかったんだ、もう一人の自分に巡る会うのを待ち望んでいたのは。
「うん、長い間待たせちゃったね」
『いいえ、私はずっと主の側に居りました、光が射さない暗闇の中で主が私に声を贈ってくれるのを待ち続けていた、そしてその為には自らの暗闇を晴らす決意を固めなくてはならない、それも愛しい人達の為だけではなく主の幸福も受け入れなければ決意は力となり得なかったのです」
「それじゃあ私が包力に目覚めなかったのは……」
すぅ、はぁっと息を吐き心臓を宥めてから、答えを口しました。
「私が自分の幸福を願えなかったからだと言うの?」
『はい、願いは世界を照らす篝火、火種が無くては何も映し出すことは叶わない、十年前のあの日主が死した時に私も眠りに着きました、眠りに着いた御神を目覚めさせるには死の淵から語りかけるしかない、もはや貴女が恐れる事象は有りはしない、勇気だけを胸に戦場へ赴きなさい……」
不死鳥が翼をはたねかせると私と彼女の間の空間に焔が集い形を成していく。
暫くも経たないうちに創り上げられたのは一振りの剣(つるぎ)でした。
不死鳥の焰と同じ黄金の長剣。
剣先から柄まで眩く輝いて、微かに熱を発している。
『主よ受け取りなさい、貴女が手にするべき心器です、この剣を手に取り私の名を呼べば契約は結ばれる、主に覚悟はお有りですか?」
「勿論」
返答に迷いは有り得ない。
「私は戦います……父様と母様に立てた誓いを胸に大切な人達の為、私の願いの為、誇りを掲げて剣を取る」
『ならば主よ私を名付けなさい、契約の証を今此処に』
彼女の名前は昔から考えていました、御神とは即ち包術師の現し身とも言い得る守護神です。
であるなら彼女が冠するべき言葉は自ずと導かれる。
剣の柄を両手で握り締めた私は守護神を見つめながら、彼女に告げました。
「イリス、それが貴女に授ける名です」
彼女に授けた名はイリス。
『恋を愛しい人に告げる』を花言葉に持つアイリスの姉妹花で、その花言葉は『燃え盛る思い』。
『……授かりました』
不死鳥は深々と頭を垂れて。
『我が真名はイリス! 燃え盛る黄金で主を照らす者なり!』
眩く、激しく燃え盛り始める不死鳥。
やがて黄金の焔に世界の全てを包み込まれていく。
内なる世界で最後に目にしたのは、私と溶け合う様に包容をくれるイリスの姿でした。
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