恋する乙女と父母の思い3
「そんな……エリオットさん、どうして……」
「全ては帝国の……いえ、世界の在り方を正す為でございます。今は理解出来ずとも構いません、ですがいずれアイリス様も知る時が来る、そうなれば私の行いの正しさも証明されるでしょう」
顔付きは違っていても私をアイリス様と呼んで下さる声音だけはお屋敷でのエリオットさんと変わりません。
故に叛逆者はまごう事無い先生だと思い知らされてしまったのです。
「世界の在り方を正す……何を言っているの、エリオットさんが犯してしまった罪は貴方が謳う平和そのものを打ち砕く行いじゃないですか! 陛下無くしてどうして平和を維持できると言うのです!」
「アイリス様、貴女は平和について疑問を持ち深く熟考した経験は御有りですかな……民が享受し平和と認識させられているこの世の仕組みに裏側が存在するのではと疑ったことは?」
「世界の裏側……」
「そうです、例え現在の世界を良しとする人間が居ようとも抗わずにはいられない人間も存在する、我らとて自らの正義に基づいて剣を振るうのです、それは決して叛逆などではなく大義ある戦いだ……大切な人を、引き継いだ思いを成し遂げる為なら尚更……」
「闇雲に大義を掲げれば罪が許されるわけでも、ましてや正義を名乗る免罪符にもならんぞエリオット」
私とエリオットさんの間を遮る様に小父様が割って入って来ました。
小父様はそのまま長剣を杖にして一歩、また一歩と陛下を手に掛けた叛逆者へと歩を進めながら言葉の弓を引きました。
「天の車が目指した未来、それはかつて帝国に挑み破れ去った虚像の未来だ、再び虚像を目指して歩んだところで待ち受ける結末はとうに見えている」
「我らは決して帝国に破れたのではない、我らの党首を裏切り帝国に寝返った者に不意を突かれただけの事だ」
「やはり分かってはくれないか、裏切り者が現れた時点で貴様等が夢見た世界が虚像である何よりの証拠、言い逃れは醜いぞ」
「黙れ偽りの英雄よ! 貴様が讃えられる功績は我らを裏切り得られたそれこそ虚像の栄誉ではないか! 君主に捧げた忠誠よりも名誉に目が眩んだ張りぼての騎士に物を言われる謂れはない!」
(偽りの英雄……虚像の栄誉……小父様が天の車を裏切った?)
並んだピースが重なり合い示されていくのは信じがたい答えで、きっとそれは間違ってはいなくて残酷だ。
(小父様、まさか……そんなことって……)
「ベルクリッド・ファン・ホーテン! 天の車に剣を捧げた筈の貴様が我らが党首たるオールを裏切ったからこそ世界は停滞の流れから抜け出せずにいるのだ!」
(小父様が天の車の一員、帝国に仇をなす叛逆者……)
それだけではない、エリオットさんの台詞に含まれていたもう一つの聞き覚えがある名前。
(それに今オールって……つまりエリオットさんが口にした内容って……)
立て続けに押し寄せる残酷な真実の本流に飲まれるから自分が知り得たい部分を掬い上げる。
じっくりと咀嚼するば後には引けないと分かりながらも、私はそれを噛み砕いていた。
(父様が天の車の党首……)
一思いに劇薬を飲み干したせいで脳髄が痺れてしまい、手足が凍りついたように動かなくなる。
父様が……あの誇り高い父様が罪人を率いて帝国に牙を向いた天の車だなんて……。
「裏切ってなどいない、私は私なりにオールハイド殿が教えて下さった騎士の責務を果たしたに過ぎない」
「ベルクリッド貴様、オールの思いを踏み躙るに留まらず彼の思いを継いだからこそ背を向けたと宣うか!」
「貴公こそオールハイド殿の苦悩を理解していたか、大切な者を守れるならばと帝国に刃を向けた苦渋に涙したあの方の決断を!」
「当然であろう、オールの友である私が理解し得ないはずがない!」
「愚かな……」
小父様はエリオットさんの数歩手間で立ち止まると、手にした長剣を真っ直ぐに逆賊の喉元へ向ける。
「貴公と共に過ごした十年という月日が偽りだったとは信じたくない、私を支えてくれたのも感謝している、その時間の中でオールハイド殿の思いを汲み取ってくれたと信じていたのも私の未熟さだ、だからこそこの場で貴公を討つのが責務なのだろう、覚悟されよエリオット・ウォーラー!」
「果たしてどうかな……」
ガキンッと剣と剣がぶつかり合う音が残響した。
音の正体は小父様を背後から斬りつけようとした刃を受け止めて響いた物です。
「まさかお前までもが天の車だったとはな、私を欺いていたかアルテミシア」
小父様は鍔迫り合いを保ちながら自らを斬りつけてきたアルテミシアを険しい目線で睨みつけている。
「あら、意外ですか? 私が団長に楯突くのは予想されなかったのですね」
「ああ、君が私に抱いた恋慕は本物だと思っていたのだが」
「本物ですよ、まごう事なく……つまりこれが私から団長へ贈る愛の形、是非とも受け取って下さいまし!」
「悪いが御免被る、君の愛は受け取るには些か棘が鋭すぎるからな!」
アルテミシアの剣を上方へ弾くと同時に振り下ろしを見舞うも、彼女は後方へ飛び去り剣を躱し術式を唱えようとしました。
「奉り願う……」
「させない!」
叫ぶと同時に私はアルテミシア目掛けて俊風を放ちました。
隼の型における奥義に次ぐ音速の突きは防がれはしたものの包術の発動を遮るのは成功した。
「許せない、小父様を愛しているなんて口にしながら謀るなんて!」
「許せないのはアイリスさんも同じですよ、これ以上団長を縛らせてなるものですか!」
手加減の余地は必要なさそうです、アルテミシアは私が倒す!
「てやぁあぁああああああ!」
「はあぁああああああああ!」
私が振るうベルクリッド流 隼の型。
アルテミシアが振るうベルクリッド流 竜王の型。
同じ師から授かり磨きあげた互いの剣技がまるで鏡合わせの如く疾る二つの剣尖は一歩も弾くことのない打ち合いとなった。
私が速さで上回ればアルテミシアの肩を切り裂き。
アルテミシア力で上回れば私の腕に傷が刻まれる。
ですが純粋な剣技においては私に一日の長があるのは彼女も自覚しているでしょう。
こちらに勝機があるとすれば包術の発動前に倒しきる以外に有り得ない。
一片の隙すら与えてはいけない、このまま押し切ってみせる!
「逃がさんぞエリオット!」
「ならば追い縋るが良いベルクリッド、御柱の間にて貴様を待つ!」
私とアルテミシアの横をエリオットさんが走り抜けていき。
「奉り願う、疾風(はやて)の導きを!」
小父様も後を追うべく駆けていった。
ベルクリッド流 疾風脚。
左脚を患い機動力を著しく欠いている小父様が編み出した体術と包術の複合技。
飛翔の陣と違い軌道が直線に限定される代わりに拓けた空間でも発動出来る利点から高い頻度で使われる技です。
(しまった!)
つい小父様とエリオットさんの軌跡に目をやってしまった。
一欠片の隙はアルテミシアにとって絶好の好機のはず。
「余所見とは余裕ですわね!」
思い切りの良い踏み込みからの体当たりは私諸共に硝子を突き破り、私とアルテミシアは城の上部から投げ出されたのでした。
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