恋する乙女はメイドな騎士
栄久里 丈太郎
プロローグ 気高い決意が芽生えた日
今でも覚えている、命を助けてもらったあの夜を。
全身に血を浴びていた。
生暖かく肌にこびりつく赤い飛沫、しかしそれは私のものではない。
「と、うさま、かあ、さ……」
私を庇って息絶えた父様と母様の飛沫だった。
二人とも私を庇うように覆い被さり、背中から真っ二つに切り裂かれていた。
このご時世ではよくある話なのかもしれない。
貴族の屋敷が報復として襲われる、目的はもちろん地位と名誉という下賎な理由。
革命と言い張れば多少の聞こえは良くなるだろうけど、下賎な行いには変わりない。
そう、報復者の正体が貴族であるなら尚更だ。
仮面で顔を覆った報復者が両親を切り裂いた刀身は紅く滲んでいた、しかしその紅は血糊ではない。
包力で形成された濁った刃は間違いなく心器(しんき)の輝き、それはつまりこの野党が貴族である証。
世界を包み構成する力、即ち包力(ほうりょく)、それを扱えるのは貴族のみ。
世界より託された力だからこそ、揺るぎない心で平和の為に振るう積を担うのが貴族の勤め、父様の口癖だった。
だからこそ許せない、父様と母様を切った事だけじゃなくて、平和を担う力を私利私欲に使うこの野党が。
負けたくない、仇を討ちたいと私の心は叫ぶけれど、既に恐怖に打ち負けていました。
「あ、う……」
戦いなんて経験した事もないどころか、剣を握った事すらない。
なにより私は自分の心器と対話したことがなかった。この惨劇の中で争う術を一つとして持ち合わせない、つまりそれは次に終わりを迎えるのは私だと言う啓示。
(……誇り高き父様、愛しい母様……私もお側に向かいます)
この世を旅立つ覚悟とともに瞳を閉じる、最後に目にしたのは振り上げられた紅の刃。命を散らす恐怖を飲み込んだその時を待つ。
痛みが、熱が体を引き裂く、飛び散る血流に合わせて命が流れ落ちていく 。
(つめた、い……さ、むい……)
薄れゆく意識の中で見え始める黄泉の国への道程。冷たく凍えるその道筋を渡り始めるまさにその時、私の体を更なる鮮血が染め上げました。
ただしその鮮血は私のものではなく、在ろう事か野党の体から飛び散ったのです。
もう一度瞳を開くと腕に一太刀を受け逃げ去っていく野党が映り。
もう一人、新しい人影がありました。
「すまない、間に合わなかった」
全身を覆い尽くす白銀の甲冑、それは彼の人が騎士であるまごう事無い証です。
燻みの陰る銀髪に引き締待った顔立ちをした壮年の騎士、それが両親の仇を討ってくれた恩人でした。
「オールハイド殿……貴君を救えなんだ事は我が生涯に消えぬ傷跡となる、だが貴君の忘れ形見だけは我が身に代えても……」
騎士は私を優しく抱きとめくれました。甲冑は冷たいはずなのに、死を目前とした私には鉄の塊すらも温かく感じられます。
「あり……がとう……」
最後の気力を振り絞って、騎士に思いを伝えます。
「かた、きを……とって、くださって……と、おさ、ま、も……か、あ……さまも、むくわれ……」
「話さなくて良い」
騎士は尚も優しく私を抱きしめてくれます。
「仇は討てたが君の命が尽きればオールハイド殿も奥方も報われないだろう、君だけはなんとしても助ける、我が命に代えても……」
私の顎を持ち上げ、彼の人は澄んだ夜空の様な瞳で私を覗き込んでいます。
ですが既に手遅れです、私の意識は死の淵を跨いでしまった。
心が体から乖離していく感覚に委ねるしかない。
「……許せよ」
そして私に一言断りを入れると。
「……っ」
自らの唇を私の物に押し当てたのです。彼の気が触れてしまったのかと思うも今の私に振り払う気力はありません、されるがままに彼を受け入れるしかないのです。
私達を包む様に床に包術の法陣が展開されました。彼の包力なのでしょう、銀雪色をした淡い光が私達暖かく包容してくれます。
同時に私の傷口にも変化が現れました、銀雪の光が漏れ出し見る見るうちに塞がっていくのです。やがて跡形も無く閉ざされて、体にも活力が戻っていました。
乖離した精神が再び体へと宿っていく。
「また一つ君の大事な物を奪ってしまったな……だが失われた君の命を繋ぐにはこれしか無かったのだ、私を構成する包力の一部を君に移植した、これで時間さえかければ君は生き残れ、る……」
力が抜ける様に彼が膝を付きました、それでも私を放り出さずに抱きとめてくれます。
「情けないな、これしきの事で膝を付くなど騎士の名折れだ」
謙遜にも程があります、包力を移植するとは命を分け与えるのと同義、この優しい騎士は文字通り私の命の恩人なのです。
「……あ、り、が、とう……」
今持てる全ての力で感謝を告げます。
「き、し、さ……ま……この、ご、おんは……わすれ、ませ……」
「ならば今は休みなさい、生きることだけを願いなさい、これから君は誰よりも過酷な道を歩まねばならないんだ、これから降り注ぐ苦難に打ち勝つ為にも今は夢の中でご両親に甘えてくるんだ」
騎士が私の瞼に手を重ねてくれます。
「大丈夫、君のことは私が守り抜こう」
ごつごつとした岩の様な手から伝わる温もりに安心して、私は夢の世界へと旅経ちました。
暗い意識が晴れた先、夢の世界には死んだはずの父様と母様が私を待っていました。二人とも沈んだ表情で私を見つめるばかり、何も口にしてはくれません。
夢の世界ですからこの二人は私の心が作り出した幻想です。父様と母様の姿を思い浮かべる私の心は悲しみに満ちた二人しか作り出せなかった。それが私には悔しくて、だからこそ幻想とは言え大切な父様と母様に誓いを立てるのです。
「私は生き延びます、誰より強くなって、賢くなって、もう私の様な悲しい思いを世界から一つでも減らす為に、何より私自身が幸せになれる様に父様と母様の分まで生き抜いてみせます、だから……」
熱を帯びた涙が頬を伝いました。
「安心して見ていて下さい、お二人の愛娘の気高い姿を」
私の決意にようやく二人は微笑みを見せてくれました。
夢が作り出した虚像の光景なのかもしれないけど、私には本当に父様と母様が応えてくれた様に映るのです。
私は戦います、私の為に、両親の為に。
そして愛しいあの人の為に。
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