最後の真珠

杏堂 水螺乃

第1話 再会

「もうながくないみたいなの」


 それは、祖母の見舞いに行った母の言葉。

 祖母が入院してから、一年は経っている。



 ──ぼくは、ずっと祖母に会っていない。



 入院してから一度も見舞いにも行かず、会うのをけていた。

 祖母は、ぼくをひどい孫だと思っているだろうか。

 入院して、喉の手術をして話せなくなって、それから動けない祖母の身体からだ



 ──入院したら最期さいごまで病院で過ごすのだと祖父は言っていた。


「どうする? 明後日は貴方あなたも来る?」


 母がそう聞いてくる。

 正直な気持ち、ぼくには会いたいという気持ちはあまりない。

 ──やっぱり酷い孫だ。

 死期が近づいても会いたいと思えないのだから。

 自分が嫌になる。

 窓に映る自分の顔は、皮肉っぽくゆがんでいた。

「昨日は、あの子たちも来たそうなの」

「そうなんだ……」

 あの子たちというのは、ぼくの従弟いとこたちの事だ。

 出来損ないのぼくとは違って、優秀で運動も出来て、性格も良い完璧な従弟たち。

 ──勝てる所のない、ぼくの可愛い従弟たち。

「……今日、おじいちゃんも言ってきたわ。貴方のこと」

「………そっか。ごめんね」

 高校に入ったは良いけど、学校が合わず、不登校になって留年すると決まったとき、迷わずに通信制の高校へ行くことにした。

 ──祖父は、頭の悪い自分が高校へ入れたのが奇跡だと思っていたことだろう。

 成績が全ての祖父は、世間体を気にする人でもある。

 通信制に通って三年が経ってしまった。

 人が苦手で、数回の登校日さえぼくには地獄じごくに等しい。

 祖父は、中卒でもいいから働いてほしいのだ。


 ──いつまでも高校生なのはみっともないから。

 それは、ぼくにも分かっている。



「嫌だったら、私だけで行くから無理しなくていいよ」

 どろどろとした黒い感情を飲み込み笑う。

「ううん、行くよ。ぼくもおばあちゃんに会いたいから」

 ──ああ、嘘つきのぼくをゆるしてください。

 厳密には嘘って訳ではない。

 会いたいって気持ちもある。

 けれど、それは心からあふれる気持ちではない。

 そんな自分が祖母に会いに行っていいのかもわからない。

 それでも、逢いにいかなかったら、いつか後悔することになるかもしれない。

 数日後。

 数年後。

 それこそ、明後日のことだったりして。

 ──何年かのちに悔やむよりは、会いたい。

 入院してからの祖母が変化していても、ぼくは目をらさずに話したい。

 そう決めたんだ。

 本当は、逃げ出したい気持ちの自分もいる。




 ◇



 ──時間が過ぎるのはあっという間で、とうとう見舞いに行く日となってしまった。

 鏡に向かい、笑顔を作ってみる。

「…下手くそ」

 なんといびつな笑いだろう。

 ──それでもいい。

 祖母の前では普通に笑ってみせよう。

 泣くのは駄目。


 そう心に刻む。


ゆう、そろそろ行くよ」

「ん」


 迎えに来た祖父の車の中、ぼくは流れゆく外の景色をながめていた。

 会話はない。

 最初の『久しぶり』の一言で終わった。

 一時間近く揺れた車が止まった。

 田んぼ道から外れた先にあるその病院は、まるでホテルのように綺麗な場所だった。

 床もピカピカで、照明が明るくて清潔な所。

 ──豪華な病院が、ぼくには不気味に映る。

 計算された建物に思えて吐き気がする。

 広いエレベーターに乗って、着いた二人部屋の病室。

 ぼくは、痛む心臓を無視してドアを開けた。

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