第3話 女ヤクザに嫁として売られる


「十八歳かー」

 明日になれば誕生日だ。もう成人になる。子供の時間が終わる。

 僕はオタクショップに並ぶ魔法少女達の着せ替え人形を見る。パンツの下には割れ目や陰毛もあるという噂だ。価格は五万円。

「高い……でも誕生日だし……いっか!」

 僕は店員に商品を出して貰いカードで支払うと伝える。

「このカードは停止されてます」

 店員が苦笑いを浮かべながら言った。

 母のファミリーカードだ。

 僕は購入をキャンセルして自宅へと戻った。

「ママ! カードが使えないなんて一体、何をしたの!?」

 母はにこにこ笑いながらお茶を飲み干す。

 いつもながら正座する姿勢が綺麗だ。

「ごめ~ん、烈。貴女に売れって言われてた仮想通貨……ね……」

 母はおどけてぺろっと舌を出す。

「ま、ま、ま、まさか……」

 僕は真っ青になった。

「そうなのよ~、もうちょっと! って思ってたら暴落しちゃって! 今月上納金が払えなくなっちゃった!」

「いやその前に資産は!?」

「ん? ないわよ?」

「ないって……」

「えへ、差し押さえられちゃった。パパの会社の資産も!」

 身体がすーっと冷たくなっていく。

「それでね、烈、明日のパーティーなんだけど……」

「僕の誕生日パーティーなんてやってる場合じゃないでしょ!」

「もう会場費は支払い済みだから大丈夫! それでね~……」

 ママは言いにくそうに口角を歪ませる。

「明日は貴女の誕生日兼婚約パーティーになったの!」

「はぁ?」

 婚約……パーティー?

 婚約?

 聞き違いだろうか。

宮組みやぐみからね、融資の相談が来て。ほら、額が額じゃない? 今月の上納金が払えませんって伝えたら、貴女あなたの婚約話が浮上してね……」

 僕は真っ青になったまま、視線をうろうろさせる母を見た。

「宮組の娘さんと桜山組の烈を結婚させたら融資分と同額の結納金でチャラになるの! いい話でしょ?」

 母がにっこりと笑う。

 僕は怒りでぶるぶると体を震わせた。

「全然良くない! 僕は一生オタク道を貫くし、結婚は一生しない! それに宮組のお嬢様と結婚なんて言語道断! 絶対、ヤクザにはならない! 家は継がない! 宮組なんて全国を網羅もうらする巨大ヤクザ組織じゃないか! 宮組の娘と婚約なんてありえない!」

「でもりんちゃんの高校進学費用もないのよ?」

 母が甘い声で言う。

 僕はまだ幼い妹・凜の笑顔を頭に浮かべ、怯む。

「それに……まだ中学二年生の凛が婚約っていうのもねぇ」

 母のわざとらしい溜息。

「ありえない! 凛は……凛は絶対にダメだ! 凛はカタギさんと一緒になって、綺麗なお嫁さんになってヴァージンロードを……」

「でも学費も結婚費用もないのよ?」

「僕が働く!」

「高卒で? 美術しかやってこなかった貴女が? 高卒で就職じゃ毎月のお給料で毎月貴女が使ってたカード代すら払えないわよ」

「でも!」

 一枚板で出来た黒い神代欅じんだいけやきのテーブルをドンッと僕が叩く。

 次の瞬間。

 タンッと湯飲み茶碗を母が置く。

 茶碗は刀で切られたように真っ二つに割れた。

 真顔の母が冷たい声で言う。

「覚悟を決めな」

「はい」

 この時、僕の人生は終わった。

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