AKIHABARA Gate City

小紫-こむらさきー

2098年18月48日

 ―AKIHABARA GateCity―


 それは、高い壁に囲われた現代の秘境。


 最先端のセキュリティ技術で閉じられた巨大な機械じかけの門は、決して内側から開くことはない。

 高層ビルよりも高く聳えている壁の中には、きっと信じられないような最先端の技術で作られたコンパクトで衛生的な街が整然と並び、この凍京都から追放処分にされた技術者たちやクリエイターたちが活き活きと活動している。

 というのは表向きの話だ。ここは、政府による迫害の土地であり、公害で生まれた奇形の少年少女を閉じ込めている強固な檻なのだ。


「通貨の両替は済んだか?キモチップしかこのAKIHABARA GateCityでは使えないぞ?」


「両替は後でいい。今は走れ!」


 今僕は、AKIHABARA GateCityの地下に張り巡らされている下水道の中で防毒マスクをしながら必死で走っている。

 汗と湿気でマスクの中はグチャグチャだし、足元はヘドロのようなもので満たされている。

 

 AKIHABARA GateCityへは、政府の許可がないと入れない。追放者以外がこの街に足を踏み入れる唯一の手段は観光客として専用ゲートから入るしかない…が、それも分厚い壁に覆われた観光特区に入れるだけだ。

 しかも、観光用入場証を買うにはとてつもないお金がかかる。

 なんでも、そのお金は政府によってAKIHABARA GateCityと凍京都を繋ぐ壁とゲートの維持費用に使われるらしい。


 僕はというと、独自のツテを使ってAKIHABARA GateCityに運ばれる貨物の中に紛れ込んでうまく街の中へ入り込むことに成功した。

 だけど、そこからが大変だ。荷物はAKIHABARA GateCityの中でも支配層がなる「管理者」が検閲する。

 とあるものと引き換えに僕はAKIHABARA GateCityの住人に命を助けてもらったというわけだ。


「さっさと約束のものを渡してもらおうか」


「もちろんだとも。このHYPER TECHNOLOGY 都市、AKIHABARA GateCityに入れてくれたこと、感謝する」


「けけけ、なーにがハイパーテクノロジーだ。ここは単なる欲望の坩堝さ」


 案内を頼んだ身なりの汚い住人に、僕は娘が着ていた古着を手渡した。

 こんな布切れを何に使うのだかわからないが、これ数着で僕がここAKIHABARA GateCityに滞在する間の全てをまかなってくれるのかと思うと安いものだ。


「ひひ…この微かに甘い香りと柔軟剤の香りがたまらねぇなぁ…さて、行くぜ」


 あるき出した身なりの汚い男を追おうとして防毒マスクに手をかける。

 目の前のはしごを登って下水道から脱出するだけだ。


「おっと、あんたはそのマスク、取らないほうがいいぜ?外の奴らはここの悪臭に耐えられないようだからなぁ」


 欠けた歯を見せて笑った男は一足先にはしごを登っていった。

 男のあとを僕も追っていく。


 観光特区のAKIHABARA GateCityは、やたら目が大きく描かれた美少女のイラストや、胸が奇形と言われてもおかしくないほどの少女が困り顔をして顔を赤くしている卑猥なイラストがやたら貼られた専門店がひしめき合っている。

 外の世界でこういった女性を辱めたり、奇形に性愛を向けることは禁じられている上に写実的ではないイラストは描くことが禁止されている。

 禁止令が出されたあとも、こういった禁忌芸術を描き続けたり、禁止令撤回運動をしていた愚かな男性たちと、その男性たちに洗脳された一部の女性たちがAKIHABARA GateCityに追放処分をされたという。


 しかし、AKIHABARA GateCityは隔離後観光特区を政府によって開放させられた。壁の補強と、壁の内側から発生する汚染物質の除去費用を出すために金策が求められたからだ。


 それから100年…こうして凍京都とAKIHABARA GateCityの奇妙な関係は続いてきた。


 マンホールを外すと、目の前に飛び込んできたのは猫の耳のようなものが頭から生えた若い少女だった。


「にゃ?どうしたのかにゃー?」


「い、いえ…」


 髪の色がやたら明るいピンク色の少女と目が合う。きっとこの街で発生するという科学汚染物質の黄モオタスメルによって髪色が変異してしまったのだろう。

 僕は、こういった隔離と科学汚染の生んだ可哀想な少女たちの存在を外に知らしめなければならないのだ。


「それにゃらいいけど。ここらへんはダークデビルズが出るから気をつけてにゃ」


 猫の耳が生えた奇形の少女がタンっと地面を蹴る。すると、見上げるほど高いビルの上まで少女が飛び上がった。

 ちょうど隠しカメラを回していた僕は、運良くその瞬間を下のアングルから撮影することが出来た。


「ほら、さっさとついてこい。こっちだ」


 この調子で、数日滞在する間に黄モオタスメルによって汚染された罪なき少年少女や、男性に洗脳された愚かな女性の子孫たちを助けるための証拠を集めるんだ。

 僕は、小汚い男に案内されるがままスラム街のような場所を防毒マスクをつけたまま歩いていく。


「さっきしそこねた両替だ。日本銀行券5万円分のキモチップだ」

 

 ばたばたしているときに両替のために紙幣を渡していたが、まさかきちんと両替をしてくれるとは思わなかった。

 内心疑っていたことを心のなかで謝罪した僕は、小汚い男から、ふくよかな男が微笑んでいる紙幣を受け取った。


「じゃあ5日後にな。うまくやれよ」


「ああ、ありがとう」


 さっていく小汚い格好の男の背中を見送ると、僕は戸締まりをして小さな部屋の中で荷物を広げる。

 防毒マスクを取ると薄っすら酸味のあるホコリと生ゴミを混ぜたような臭いがしてきたので吐き気を催した。

 こみ上げてきた胃液をシンクに吐いてすぐに防毒マスクをかぶり直す。自分の吐瀉物の臭いのほうが、外の空気よりもましなきがした。

 世の中にこのAKIHABARA GateCityの真実の姿を公開して、公害によって奇形になった子供たちを助けるんだ。


 僕は決意を新たにして、男に案内されたカプセルホテルのような数日間お世話になる部屋で横になった。

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