第33話「第二章・完」

 城のそばの広場で、土に組織図を書く。

 紙は貴重なので、書いては消すという作業に向いていない。

 ので、土に木の棒で、思考を繰り返す。


 かねてより置きたかった農林水産省は配置した。

 次は文部科学省を配置したいが、そんな余裕は政府にも国民にもない。

 子どもは貴重な労働力だ。


 あの日から、だいたい2週間くらい経った。

 だいぶ遠い昔に感じる。


「あまり寝てないのでは?」

 先生がお茶をいれてくれた。


「先生……。ありがとうございます」

 お茶を少し口にして、横に置く。


「ちょっと無理してるかもしれませんけど、最初が肝心ですから。みんなに苦労と犠牲をしいて手に入れた政権ですからね。ここでぽしゃることになったら、みんなに顔向けができませんから」


 苦労することは慣れてる。

 体力もある。

 そこら辺は、あのクズ親に感謝しなくちゃな。


 そう言う俺に、先生はほほえみながら、両手でほほを引っ張って回し始めた。


「しぇんしぇい。ふじゃけてる場合では」


「殿下は、もう国の顔です。そんな疲弊ひへいして笑顔を忘れたような顔をしていたら、民も心休まりませんよ。それに、ここで倒れでもしたら、それこそ、みなさんに顔向けできないのでは?」


 ちょっと休みましょう、先生はそう言って俺のとなりに座り、ひざを叩いた。


「や、大丈夫ですよ」


 膝枕ひざまくらなんて、はずかしい。

 先生はそんな俺の言うことも聞かず、俺の頭を引っ張り、太ももの上に乗せた。


「先生の言うことは聞くものです。睡眠は思考を整理してくれますよ」


 先生はそう言って、俺のおでこと目の上に手をそっと添えた。

 まあ、それもあるかもしれないな。

 観念かんねんして力を抜くと、すぐに睡魔すいまは意識をさらっていった。


 意識が戻ると、前世の家の匂いがした。

 母親の年齢を選ばない香水の匂いと、俺たちの生活臭が入り交じったなつかしい匂い。


 もしかして、今までのはすべて夢だったのかと顔をあげて、目を開ける。


「久しぶりね」


 視界がぼんやりして、顔がわからない。

 でも、この声は知ってる。


「アマリリス!」


 視界がはっきりした。でもアマリリスだけ焦点が合わないように、表情が読み取れない。


「生きてたのか……?」


「いや、死んでるわね」


 俺の言葉に、すぐにそう返ってきた


 そうだよな……。

 俺が殺したし、俺が埋葬した。

 アマリリスの死を一番知っているのは、この俺だ。

 これは、夢か。


 アマリリスが余計ピントがずれて、背景に溶け込みそうになったり、元に戻ったりの点滅てんめつをくり返した。


「たのむ! また消えないでくれ!」

 思わず叫ぶ。


「分かってるわよ。まだ大丈夫だから」

 アマリリスはそう答えてくれた。


 俺が罪悪感ざいあくかんが作り出したまぼろしか、それともアマリリスのたましいが俺の夢枕ゆめまくらに立ってくれたのかな。


 どっちでもいい。

 ずっと会いたかった。


 俺はなんて声をかければいいんだろう。

 いや、決まってるだろ。

 あのとき言えなかった、言葉を言うんだ。


「ごめん、アマリリス。俺は本当は殺したくなかった」


 何、いいわけしているんだ。

 どんな理由であれ、アマリリスの命をうばったんだろ。

 政権交代という名のクーデターのために……。


「そんなの、あたしだって同じよ。そんなの、お互いの正義のためにやったことでしょ。あやまるなんてすじ違い。そうじゃない?」


 アマリリスは、そう言ってうつむいたように見えた。


「なんてね。死んだあとくらい、素直すなおにならなきゃね。ごめんね。あやまりたいのはこっちなの。あんたのこと、もっと理解してあれば良かったって、死の間際まぎわにようやく思った。遅すぎるよね」


 俺の目から涙がこぼれた。


 目の前にいるのは俺が作り出した幻で、俺の都合の良いようにアマリリスを解釈かいしゃくしているだけかもしれない。


 俺はずっと、アマリリスに許されたかった。

 この国をよくすることで、贖罪しゃくざいになると思って、がんばってきた。


「ねえ伝えて。父上に。メアリ王女に」


 アマリリスは何かを思い出したように、緊迫きんぱくした声でそう俺にうったえた。

 まるでもう、時間がないことを悟ったように。


「あたしの部屋の戸棚の右下、奥にある、手紙を父上に、指輪をメアリ王女に渡して」


「もう行くのか?」


 まだ、全然話したらない。

 あやまりたいだけじゃないんだ。


「うん。よろしくね。親愛なる父上に、親友のメアリ王女に、あたしが愛したあたしの国に」


「アマリリス! 俺は王になったんだ! アマリリスの犠牲をムダにしない! だから」


 アマリリスはおなかを抱えて笑った。


「あいかわらずね、あんた! あたしはあんたの犠牲になんかならないわよ。あたしをナメないでよね。あたしはあたしなりに精一杯生きただけ。あんたもあたしのことなんか気にしないで、あんたのために精一杯せいいっぱい生きてよ。お願いだから」


 今までぼんやりしていたアマリリスがはっきりと像を結んだ。

 アマリリスはほほえみながら、涙を流していた。


「あんたのこと、好きだったよ。またね。生まれ変わったらまた会いましょ」


 アマリリスはすっと消えた。

 どこかから、声が聞こえた。


「あたし、チキュウという星のニホンという国に行くみたい。戦争がなくて、身分の差もない、飢える人もいない、礼節と調和を重んじる豊かな国なんだって。ちょっと不安だけど、楽しみ」

 

「殿下、殿下!」

 先生の声が聞こえた。

 目を開けて、飛び起きる。


「夢……?」

 夢の中でも夢って分かってた。

 でも、夢とは思えない夢だった。


「うなされていたようですね。悪い夢ですか?」


 先生が、俺の涙をぬぐってくれた。

 こっちでも泣いていたらしい。


「いえ、俺の人生の中で、一番幸せな夢でした」


 急いでアマリリスの部屋に向かう。


叔父おじさん、俺です! ジャンです!」


 扉をノックし、返事を待たずに開けた。

 叔父が驚いて、こちらを見ていた。


「お、お前!」


 叔父は驚いた顔をしてこちらを見た。


 そりゃそうだ。

 娘を殺した犯人が来たんだから。


「何用だ!」

 そうすごむ叔父に、かつての威厳は無い。

 頬はこけ、やつれている。


「アマリリスに、叔父に渡したいものがあると言付けされてきました」


「な、何を世迷い言を……! それ以上入り込んだらる!」


「叔父なら俺を簡単に殺せるでしょう。でも、そうすれば叔父は永遠にアマリリスの声が聞けなくなりますよ」


 疑いの眼差まなざしのまま、叔父は黙った。

 

 アマリリスの部屋には初めて入った。

 あまり女の子の部屋という感じでは無い。

 装飾そうしょくっぽいものが何もなく、剣が立てかけてあるくらい。


 棚は2つあるが、左は衣装棚いしょうだなだから、戸棚は右だろう。

 その一番右下の引き出しを引く。


 そこには、アマリリスにしては丁寧ていねいに四角に折りたたまれた紙と、指輪が二つ置かれていた。


 夢の通りだった。


「夢じゃ、無かったのか……」


 もしかしたらという気持ちもあったが、しょせん夢だという気持ちがあった。


 アマリリスは、死んでもなお、俺に会いに来てくれたんだ……、…。

 

「娘の部屋をあさって、お前は何をしているんだ!」


 叔父の怒号が聞こえる。手には剣。

 そりゃ当然だ。殺されてもしかたない。


 でも殺される前に、これをなんとしても叔父に渡さなければいけない。

 アマリリスのために。叔父のために。


「これが、アマリリスからの頼まれたものです」


 何を言っているんだ、というような顔をした。


「まさか……」


 ウソでも娘に会いたいという気持ちが勝ったのだろう。

 叔父は手を差し出し、手紙を受け取った。


 叔父は震える手で手紙を広げた。

 読み進めるたびに、叔父の目から涙があふれ出た。


 最後の行に叔父の視線が到達しても、何度も冒頭に戻った。

 やがて、震える足が体を支えきれなくなり、叔父は倒れ込んだ。


 叔父は大きな体を丸めて、体を震わせ、何度も地面を叩いた。

 何度も、何度も……。


『父様。この手紙を読んでいるということは、リリスは死んでいることと思います。父様にはずっと言えなかったことがあります。ずっと、敬愛しておりました。不出来ふできな娘でしたが、父様の娘に産まれて幸せでした。母様の元に先にき、父様を見守ります』


 あの日アマリリスは俺を殺す覚悟をしたのと同時に、自分が死ぬ覚悟も決めていたんだ。

 俺は手紙をたたみ直し、叔父のもとに置いた。


 指輪を手で包みながら、メアリの部屋を尋ねる。

 メアリは不在だった。

 だとしたら、あそこか。


 アマリリスの墓。

 アマリリスの墓は、神秘の森に建てた。

 大きな石碑にした。


 アマリリスを反逆者はんぎゃくしゃとしてではなく、歴史の転換期てんかんきの犠牲者としてまつりたかったからだ。


 それも俺の自己満足な贖罪であることにどこか気づいていて、ずっとこの場所を避けていた。

 忙しいという理由をつけて、ずっと……、…。


「メアリ」


 体育座りして、石碑をぼんやりと見つめているメアリに声をかけた。


 メアリは立ち上がり、こちらを見つめた。

 ぼんやりと、生気が無い目だ。


「俺を恨んでるか?」

 メアリは首をたてにも横にも振らなかった。


「……私には分かりません」

 そう答えた。


 恨んでいるとはっきり言われるよりも、つらく感じた。


 メアリは続けた。


「リリスさんが好きでした。でもそれ以上に兄様のことが好きです。どうか、私に、リリスさんの死がしかたなかったことだと思わせてください。大切な人が死なないで、幸せに過ごせる世界を作ってください。早く、早く……」


 メアリは涙を流しながら、俺に抱きついた。

 そのとき、俺はメアリからも逃げていたんだと知った。


 アマリリスは、そんな俺を見かねて出てきてくれたのかもしれない。


「これさ、メアリに渡すようにアマリリスに頼まれてさ。変な話だと思うかもしれないけど、アマリリスが夢に」


 そう言いよどみながら言う俺に、メアリは指輪を見るやいなや、うばい取った。


「ああ……、ああ」


 メアリはうめいて、その場に座りこみ、指輪をギュッと抱きしめ、大粒おおつぶの涙を流した。


 指輪は、太陽のような模様もようえがかれた細かく大胆に彫り込まれた精巧せいこうなデザインで、もう一つはいびつでデコボコした三日月の形がり込まれた指輪だった。


 この2つの指輪がどういったものかは知らない。

 でも、この指輪が、メアリとアマリリスをつなぐ大切なものだということは分かった。


 部屋の扉を開けると、母さんが立っていた。


「おかえりなさいませ、王」


 ニコニコしながらそう言ってくる。


「ジャンでいいって言ってるでしょう。王だろうとなんだろうと、息子には変わりないんだから」


「ダメよ! 貴族は貴族のふるまいが、王には王のふるまいが必要なの。それが国というのものよ!」


 バーンという効果音が似合いそうなどや顔で言ってくる。

 何度も聞いてるな、それ。

 息子扱いが抜けない、というか、このやり取りが嬉しいんだろうな。


 俺がやろうとしていること知ったら、めちゃくちゃ反対しそうだな。

 でもまあ今は、親孝行の一環だと思って、素直に受け取るか。


「うむ。余は腹が減ったぞ。飯を用意せい」


「ぷぷぷ! 何その言い方! おもしろい!」


 母さんが爆笑した。

 俺って、威厳ないんかな。

 まあ、母さんが楽しんでるなら、まあいっか。


 食事も終わり、バルコニーに出る。

 ひんやりした空気がほほをなでる。


 幼少期に、ここで王に抱きかかえられて、出生を祝われたことを思い出す。


 王の即位式では、あの時以上の人が来てくれた。


 出生式に、農民はいなかった。

 即位式には、農民たちも忙しい中、駆けつけてくれた。


 農民は完全に信用してくれたわけじゃない。

 税が軽くなって喜んでいるだけ。


 税の軽減で、国が回らなくなったら、この国は滅ぶ。

 そしたら、農民をだましていたと言われても、その通りだ。


 プレッシャーは、やっぱりでかい。

 多くの命がかかっているから。


 兄さんがいてくれたら、少しは肩の荷が軽くなったろうにと少し恨めしく思ってしまう。


 兄さんは、政権交代の日、すぐにこの国を発った。

 兄さんは今までのぶん、自由を満喫まんきつしているんだ。

 俺が勝手に文句を言える立場じゃない。


「でもちょっと心細いよ」

 星に向かって、ちょっと愚痴ぐちる。


「なんだあれ」


 星の中に、オレンジ色に光る球がある。

 星にしてはでかいし、なんだか近い気もする。


 その光球がふくらんだと思ったら花の形?みたいになって消えた。

 と思ったら、次の光球が現れて、ちょうの形になって消えた。

 光球は次々に現れて、いろんな形になった。


「なんなんだ……?」


 すごいきれいではあるが。

 辺りを見渡す。


「アリス!」


 光球を発しているのは、アリスだった。

 アリスはバルコニーの下の広場で、暗闇の中、両手から光球を作り出していた。


 俺の視線に気づき、こちらに向かって手を振った。


「何やってんのー?」


 俺がそう言うと、アリスは走り出して、助走をつけてジャンプした。

 すげージャンプ力。


 アリスは右手を伸ばして、バルコニーの手すりにつかまり、一瞬すべりそうになったから、あわてて手をつかむ。


 アリスは左手でも手すりにつかまり、体をひきあげて、着地した。

 何事もなかったかのように、にこっと笑う。


『花火』


 アリスが指先で文字を作る。


「は、あはは」

 笑いがあるれる。

「花火か! ありがとう!」


 俺の前世の祭りのことを聞かれたことがあったので、花火のことを話したことがある。


「でも、なんで?」


 俺がそう言うと、アリスはくちびるをへの字にした。


『また、一人でがんばろうとしてる』

 アリスは文字を続ける。

『わたしも、がんばる』


 そうか、アリスは俺を気遣ってくれてるんだ。

 そうだよな、俺は今まで全然、自分一人じゃどうにもできなかった。


 アリスには、危険な役回りをずっとやってもらってた。

 支えられてきたんだ。

 変に遠慮えんりょして、自分一人でがんばってる気になってる。


「ありがとう。悪いね、いつも助けてもらって」


 俺の言葉に、アリスは首をふった。


『わたしの命、あなたにあげたから』

 助けてるんじゃないの、一緒なの。

 アリスは笑ってそう言ってくれた。




○○○○○○

ひとまず完結とさせていただきますが、書く自信がつき、皆さんに楽しんでもらえる作品ができましたら、続編を投稿します!

それまで、しばしお待ちください。

本当にありがとうございました!

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王族に生まれたので王様めざします 脇役C @wakic

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