第30話「決着しました」

 目の前には、アマリリスが倒れている。


 頸動脈けいどうみゃくを抑えた。

 なんとか失神してくれたみたいだ。

 目が覚めたら、また俺をおそってくるだろう。

 そしたら、今度こそ命取りになりかねない。


 騎士達も同じように床をっているが、これは磁場によるものだ。


 この部屋の床には、コイルが埋まっている。


 電源は、採掘場からほど近くに、マグマによって熱せられた蒸気が噴き出しているところから、発電機を設置して取り出している。


 発電機は、天然の磁石に羽をつけてタービンにして、コイルの中で回して発電する簡単なものだ。

 それでもそれなりの電気を発生する。


 そこから導線で、ここまで引っ張ってきて、地下に埋めたほうのコイルに流す。

 そうすると、電磁石に変わる。


 鉄製の鎧と剣を引きつけるほどの力を出すために、コイルの巻き数を多くしたり、電気の損失を少なくするために導線を太くしたり、棒状ではなくE型の鉄心を用いている。


 導線の分岐や設置などはメアリ、コイルの埋め込みはモイがやってくれた。


 けれどこの磁場は安定して発生しているわけではないし、ここの騎士達の身体能力を考えると安心できない。


「貴様! 娘に何をしている! 何をするつもりなんだ!」


 アマリリスの父親、つまり俺の叔父だ。

 叔父は鎧を着ていないので、磁場の影響を受けない。


「静かに!」


 叔父が逆上して襲いかかってかかってこないように牽制けんせいする。


「アマリリスの意をくんでください。あなたが自分にとががあると言ったとき、彼女は即座に否定した。それは、あなたを守ろうとしたからだ。彼女はもう断罪から逃れられないが、あなたは助けられる」


 ウソだ。俺はウソを吐いている。


 アマリリスを実行犯とするならば、叔父は教唆きょうさ犯だ。

 救いたいのはアマリリスで、断罪したいのは叔父やバランだ。


 そんなに娘に情があるなら、なんで俺を殺させようと誘導した?

 なんで手を汚させようとしたんだ。


「アマリリスが守ろうとした命を奪いたくない」


 アマリリスはもうムリだ。

 ならせめて、父を守るというアマリリスの願いは叶えたい。


 ここまでは予定通りなんだ。

 準備に準備を重ねてここまで来た。


 この先の予定は、アマリリスを殺すこと。

 このまま頸動脈を圧迫あっぱくし続ければ良い。


 そう、それだけだ。


 何分経った?


 柔道で習った。

 頸動脈を押さえてから、10秒も絶たずに人は失神する。

 そこから先は、脳はゆるやかに死に向かう。


 脳は酸欠にもっとも弱い臓器で、酸素が絶たれるとすぐに脳細胞は死滅し始める。


 たしか3分だったか。

 人間活動ができなくなる時間は。


 5分だったろうか。

 もしかしたら1分くらいで十分なのかもしれない。


 誰かいると思っていた。

 誰かが俺の命を狙ってくる。


 誰も刃向かってこないなら、それが一番だ。

 でもそれは、あまりに楽観的過ぎる。


 その時の対処法は、最初はパトリックを考えた。

 パトリックに護衛してもらう。


 でもふと思った。

 あえて死のう、と。


 死ぬことで、より神を信じさせることができるのではないか。

 十字架にはりつけられ処刑されても生き返るという、前世でもっとも有名な某宗教がある。

 それをやってみようと思った。


 前世の技術で、特殊メイクというものがある。

 若い男性を女性に、老人に、時には人外にまで変装させることができる。


 やり方はこうだ。


 豚に似たモンスターの皮をはぎ取り、俺の肌に近づけるために染料を染みこませる。


 染料はこの世界でも発展している。

 いくつかの染料を試した。

 染みこませたばかりと、乾いたときでは色が違うため、選択には結構な時間を費やした。


 皮ができたら、今度はモンスターの小腸を取り出し、切断した部分の片方を縛る。

 そこに、赤の染料で着色した水をポンプで圧をかけながら注入する。


 それを、アルミ合金で首の周りをおおった後に首に巻き、先ほどの皮をかぶせる。

 凹凸おうとつが不自然にならないように、ねん土を適宜てきぎ入れる。


 皮と俺の首のつなぎ目が不自然にならないように、粘土に接着剤(樹脂じゅし)を混ぜたものを塗る。

 乾いたら着色。


 首ではなく、心臓を狙われたときのために、同様の処理をする。

 首と違って外見は気にしなくていい。

 首がどうしても太くなってしまうので、ローブのフード部分を使って、自然に隠せるようにもした。


 出血量が少なくて不自然に感じたため、皮で作った袋を作った。

 それを小腸に接続する。

 そして赤い着色水をポンプで圧をかけて封入する。

 外見が不自然にならないように薄くしてある。

 それを鎧の下に着込んだ。

 

 とても生臭い作業で、最初は何度も吐いた。


 これは命を賭けた演技だ。

 しかも自分だけではない。

 多くの命を巻き込んでいる。


 計画通りなんだ。

 それも、綱渡りがうまくいっているだけ。

 いつどこで、足を踏み外すか分からない。


 たとえば、アルミ合金でガードしたところで守りきれるとは限らないし、衝撃で気絶してしまうかもしれない。


 複数で来られたり、パトリックを超える実力を持ったものが来たら終わり。


 だからこそ今までの演技は完璧でなければいけなかった。

 それがうまくいっているんだ。


 だから、このまま”シナリオ”を完遂かんすいさせる。


 ここでのシナリオは、刃向かってきたものは「全員殺す」ということだ。


 最悪のシナリオは、俺に刃をむけた者に追随する者が出てしまうこと。


 くじかなくてはいけない。反逆心を。

 誰かに俺を倒す勇気を与えてはいけない。

 だから、神の名の下に見せしめに殺す。


 それが、たとえ、アマリリスだったとして……、…。


 もう3分くらい経った気がする。

 そう思っているだけで、実は何秒も経っていないかもしれない。

 分からない。


 まだ、浅いが呼吸がある。

 脳が完全に呼吸を止めるまで、やり続ける。

 そうすると、アマリリスは死ぬ。

 もう取り返しがつかない。

 アマリリスはもう戻ってこない。


 でも指を離せば……、ただの失神だ。

 アマリリスは何事もなく、いずれ元気に目を覚ますだろう。


 脈拍が弱まってきているのを感じる。

 

 ためらう必要なんかない。

 罪悪感を感じる必要もない。

 俺の命を狙ってきたんだ。

 だから、これは自業自得だ。


 根暗! もやし! ほんっと王族なのに情けない!

 バカよね、ほんと

 護衛なんだから、当然でしょ!

 

 アマリリスの言葉が浮かんでくる。

 どれもこれも罵詈雑言ばりぞうごんでしかないのに、なんだか、あたたかく感じる。


 それは同情からくるものなのだろうか。

 それとも……。


 この五年間、私がどんな気持ちであんたに言ってきたか考えたことなんてないんでしょ!


 アマリリスは、ただ俺を監視しただけじゃなかった。

 俺を見ていてくれた。

 アマリリスなりに、俺を救おうとしてくれていたんだ。


 ………。

 本当に殺すしかないのか……?

 殺すことが本当に正しいのか?


 ただ、少し掛け違いがあっただけ。


 俺がちゃんとアマリリスを見て、考えて、説明すればこんなことにならなかった。

 そんな少しの行き違いが、殺すに値することなのか?


 いや、殺すよ。

 俺のことを見てくれていようが、考えてくれていようが、関係ない。


 この場面で、少しのほころびも許してはいけない。

 少しの綻びどころじゃない。

 計画がすべて泡にするくらいの綻びだ。


 ここにいるのが、たとえメアリやアリス、先生だったとしても……、俺は殺す。


 手が震える。

 思えば、この世界に来てから初めて人を殺す。

 自分の手で。

 今まで誰かにやってもらっていた。


 自分には能力(マジカ)がないから、逆にまもられていたんだ。

 自分で手を汚すということから……。


 だから震えても、しかたない。

 迷ってもしかたない。

 人を殺すんだから。

 軽いはずがない。


 アマリリスだって誰だってみんな必死に何年も生きてきて、積み上げてきて、いろんな人の思いや支えがあって、そして未来がある。

 それをいきなり壊す。


 このまま抑え続ければいい。

 アマリリスの血流と、手の震えと、心の迷いを。

 抑えるんだ、このまま……。


 呼吸が、止まった。

 指をアマリリスの口の中に差し込んでみる。

 やはり、呼吸は止まっている。


 いわゆる心肺停止状態。


 足が震える。

 倒れそうだ。

 落ち着け。

 微塵みじんも動揺する仕草をしてはいけない。

 疑われる《すき》を与えてはいけないんだ。


「まだいるか!」


 迷いを振り払うように叫ぶ。


「神に逆らう者は! まだいるのか!」


 周囲は静まりかえっている。

 震える足を押さえながら、立ち上がる。


 絶対に成功させる。


 俺は、アマリリスの命を奪った。

 動機はどうあれ、最初の狙いはどうあれ、自分の都合で命を奪った。

 だから、最後まで自分の都合を突き通す。


「この議会を解散し、神の指導のもとにこの国を再建する! これに反対する者は、すみやかに起立せよ!」


 貴族達は沈黙している。

 騎士達は、磁場の影響で床を這っている。

 立っているのは、じじいのみ。


 じじいは、力のない目で辺りを見渡し、やがて膝を落として座り込んだ。



○○○○○○○○○○○

【あとがき】

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