第47話「アーリャ」
少し、森がさわがしく感じた。
久しぶりに嵐でもくるのかと顔をあげたら、近くに金色の大きな影が跳躍しているのが見えた。
あれは、獣族……。
なぜ、こんなところに?
こんな痩せ地に、彼らは興味がないはずだ。
人間を狩りに来たのか?
こんな彼らの住処から遠い土地まで?
獣族が、何かを抱えていることに気づいた。
目をこらす。
「殿下!」
それが殿下だと気づいたと同時に、木級魔術を発動させた。
ツタを生やし、獣人の首を狙う。
「!!」
ツタが切断された。
そこには、もう一つの影。獣人。
他にもいたのか……。
「獣が!」
殿下を抱えたほうを攻撃する。
二匹目を相手している余裕はない!
できうるすべてのツタを生やして、一匹目を攻撃する。
もう一匹がそれをいなしていく。
それを尻目に、殿下を抱えた獣人は跳躍した。
ぐんぐんと高度があがっていく。
速い!
一足で森を越えるのか!
「殿下!」
最後に伸ばしたツタは、届かなかった。
「くっ」
追うか!?
いや、私ではあの獣人を追い切れない。
なら、せめて。
もう一匹から情報を得る。
場所さえ分かれば、追える!
もう一匹のほうも跳躍の姿勢に入っていた。
即座にマジカを発動させ、四方から囲い混むようにツタで攻撃する。
獣人はいなしていくが、切断しきれなかったツタが右腕をとらえた。
そこに、黒い影が現れた。
兵士だ。
兵長、パトリック。
ここは城内だ。
大会で警備が手薄になっているとはいえ、国の要地に獣族が現れたら応戦する。
パトリックは獣人に向かって、コンパクトに剣を振り下ろした。
獣人は左手だけで器用に応戦する。
パトリックに続き、多くの兵士が獣人に襲いかかる。
その隙に、右手を拘束し、さすがの獣人も攻撃をくらった。
顔と腹部に傷が入った。
それを皮切りに、兵士たちは次々に獣人を切り刻んでいった。
私は獣人の拘束を解いた。
人よりもはるかに生命力をもつ獣人でも命はないだろう。
生け捕りにして情報を得たかったが……。
私も追われている身。
彼らは最強と名高い、バランという貴族の私兵。
留守番警備に、彼らがいるとは……。
彼らに見つかったら、ただでは済まない。
獣族に気を取られているうちに、姿を消さなければ。
殿下……。
お守りすると言ったのに、申し訳ありません……。
「アリス、すぐに支度をしてください!」
家に戻るなり、アリスにそう告げる。
アリスは驚いた顔をしている。
「殿下が獣族にさらわれました」
獣族は、どうして殿下をさらったのか?
国を挙げての行事の日を選び、城内の手薄を狙った計画的なものなのか?
分からないが、たまたま殿下が狙われたわけではない、ということは分かる。
ならば、彼らの狙いは、
魔術に頼らない殿下が編み出した戦法、つまり、殿下の言うところの、『カガク』だ。
獣族は身体強化のマジカにたけているが、魔術系が一切使えない。
そして、人族と同じように、獣族は、居住区を広げ続けている魔族に住処を追われている。
それでなくても、この東側の麓には、獣族の狩りをたしなむ魔族の一家が住んでいる。
魔族への復讐を考えていたはずだ。
もしくは、魔族におびやかされない土地の探索。
カガクを聞き出し身に付けるまでは、生かされるはず。
だからと言って、のんびりするつもりはないが。
「アリス、殿下を奪還します」
アリスを見ると、頬からぽろぽろと涙をこぼしていた。
アリスは殿下と私以外に身寄りがない。
その心のよりどころでもあった殿下がさらわれた事実は、アリスにとってショックな出来事だったのだろう。
しかし、この年で声をあげて泣くことをせず、押し殺すとは。
心の強い子だ。
「アリス、これからの戦いは殿下の命と自分の命がかかっていると思ってください。まずはパーティを組みます。近くにウィールが来ているはずです。これは私が探します。アリスは第4王女……メアリ様を説得してください。彼女の存在で、奪還の成功率が大きく変わります」
アリスは一瞬驚いた顔を見せたが、力強く頷いた。
時間はかかるが、逃げた獣の痕跡を追跡するしかない。
大丈夫、得意分野だ。
私ならできる。
しかし、1人では、いや、アリスと2人では無理だ。
「4人で獣族と戦う? アーリャさん、正気ですか!?」
ウィールは驚いた顔でそう言った。
ウィールはせっせと農作業に励んでいた。
「戦うわけではありません。奪還です。そのために貴方の力を借りたいのです」
「しかし、城内で、しかも兵の前で、王子が誘拐されたとなれば、国の威信をかけて救出に向かうのでは? 我々が勝手に動いて国の作戦のジャマをする事態にでもなれば……」
「はたして、国は動くでしょうか?」
「どういうことです? 王があのように宣言なされて、実子であるジャン=ジャック王子を救出しないということがありうるのですか?」
「王なら大いに有り得ます。防衛戦ならともかく、森に棲む獣族と戦えば、今の戦力なら軍隊は壊滅します。獣族の目的が殿下なら、殿下をさらわれたままにしておけば穏便に済むのです。動くとしても、国境の守りを厚くし、軍隊は残存している獣族を探索する程度で終わるでしょう。その場合、殿下は殉国したとして国葬されます」
ウィールは押し黙った。
「奪還……。獣族にバレずに捕らわれているジャン=ジャック王子を救出するということですよね。あの嗅覚も聴覚も視覚も身体強化も我々と比較にならない、あの獣族相手に」
「そういうことです」
「さらっと言いますね……。まあ、アーリャさんですからね。信じますよ」
ウィールが、信じるという言葉を使ってくれた。
戦いで信じると言うことは、命を預けるという意味と同意義だ。
それは戦争を経験したウィールもよく分かっていることだろう。
それだけ、私に信頼を寄せてくれているということだ。
ただ、今回は難しい。
準備されている戦争とは違う。相手も人族ではない。
しかし、やるしかない。
ウィールも殿下も守ってみせる。
「これから火級魔術師と金級魔術師を迎えに行きます。道中で作戦を伝えます。質問や改善点があれば、遠慮なく言ってください」
「……子どもじゃないですか」
アリスを見たウィールが明らかに言葉を暗くした。
「子どもですが、火力はあります」
私がそう言うと、ちょっと嬉しそうに、はにかむアリス。
やっぱり子どもだ。
言葉とは裏腹に、私自身も不安を感じる。
「金級魔術師はどこです? 見当たりませんが」
「アリス、やはりダメでしたか?」
殿下から聞いていたが、第4王女は精神的な問題があって部屋から出られないという話だった。
戦力としては欲しいところだが、戦う意思がない者を連れて行ったところで足手まといにしかならない。
作戦を変更するしかないか。
そんな私の考えとは逆に、アリスは首をふり後ろのほうを指さした。
そこには黒い箱があった。
箱?
「まさか……、第4王女がその中にいるのですか?」
うなづくアリス。
箱は動いて近づいてきた。
よく見ると、砂鉄だ。
砂鉄で流動的に箱を作りながら移動している。
そうか。
部屋から出られないから、自分で部屋を作ったのか。
……。
300年以上生きていても、人族は興味深い。
「姫君、お初にお目にかかります。アーリャと申します。この度は作戦に加わっていただき、感謝とともに、大変心強く存じます」
慎重に言葉を選んだつもりだったが、まったく反応がない。
どういう反応をしたらいいのだろう……。
初めてのケースだ。
箱から手が伸びた。
そう思ったら、砂鉄でかたどった手だった。
その手で箱の前方部を抑えた。
礼、のつもりだろうか。
「……メアリ、です。兄様を助けて、ください」
箱の中からたどたどしい声が聞こえた。
姫君なりの精一杯の言葉なのだろう。
「助けてください、ではなく、助けに行くのです。姫君、どういう意味かわかりますか。場合によっては、命の危険を冒して作戦を遂行するということです。その覚悟はおありですか?」
「あります」
第4王女は迷いなく、そう答えた。
「わかりました。これでパーティはそろいました。これから殿下奪還作戦を開始します」
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