第41話「止められました」

 久しぶりに本邸に向かう道を、自作リアカーを引きながら歩いている。

 そのリアカーには、たっぷりの防具武器などが詰め込まれている。

 重すぎる……。

 俺って、心配しすぎると荷物が多くなるタイプだったんだな。

 前世の宿泊学習の時に、海外旅行用のでっかいキャリーケースで来た女子をバカにしてたけど、笑えないわ。

 はた目から見たら夜逃げだな。今めっちゃ明るいけど。

 

 つまり今日は武道会当日だ。

 今日が現世の俺の命日になるかもしれんね……。

 できたら来世でも記憶を持ったまま転生したいな、なんて。


 いやいやいや、弱気になってどうする。

 もう二度と死にたくない。

 来世が確約されてるわけではないし、何より今の人生は結構気に入ってる。

 死なないためにちゃんと準備してきたじゃないか。

 そうだ。こんな俺のために協力してくれた先生やアリス、メアリのためにも生きるんだポンちゃん。

 うん、がんばろう。


 それにしても集合場所が本邸っていうのが、ほんと気が重くなる。

 現地集合が良かったんだけどな。

 いるんだろうな……、第二王子。

 いやちょうどいい機会か。

 母さんが元気かどうか気になるし、集合場所に来たことで約束は果たしたようなもんだし、ちゃんと解放してくれるか確認しておきたい。

 

 そんなこと考えてたら、入り口に着いてしまった。

 この扉の向こうはもうロビーだ。

 手に汗かいてる。

 思い浮かべてしまうのは、第二王子に殺されかけたあのとき。

 前世に殺されかけた経験なんてないからな。

 事故死した経験はあるけど。

 

「引き返したほうがいいんじゃないか」

 心の声かと思ったら違った。

「兄様」

「兄貴でいいって言ったろ?」

 第一王子だった。

 扉の隣にもたれかけて、いつもの優しい笑顔をしながらこちらを見ている。


「ジャン、お前はマジカが使えないじゃないか。どうしてここに来た?」

「それは……」

「なんてな。マルクだろ?」

 第一王子は全てを分かっているふうな顔をして、こちらに向けて歩いてくる。 


「知っていたんですか」

「お前の母親のこともな」

「母様は無事ですか」

「無事だよ。お前のために、貴族出のプライドもなく必死にメイドとして働いているよ。お前をこの大会に出場させるためだと知らずにね」


 そうだったのか。

 牢獄にぶちこまれている感じだったらどうしようかと思ったが、割と普通に扱われているようでよかった。

 俺と2人暮らししているときより、働いているぶん、健全な生活を送れているかもしれない。

 

「取り返しに来たんだな。根性あるなお前」

「母様が思ったより無事で安心しました」

「どうやらマルクはお前に執心なようだな。あいつがつっかかるってことは、実力者ってことだ。よかったな」

「全然うれしくないです……」

「まあ、そうだろうな」


「なんで、第二王子……マルク兄さんは、そんなに僕のことを出場させたいんでしょうか」

「お前が思っているより、お前は周りから評価されているということだ。マルクはそれが許せないのさ」

 そうなのか。マジカを使えない事実が発覚してから、周囲から評価されているという実感はあまりないが。


「さてここから本題だが、一回戦でお前にあたるのは俺の兵士だ。話は通してある。お前が静かにしていれば、きれいに気絶させられる。その兵士は実力的にマルクに敵わないだろう。お前に圧勝した兵士にマルクが圧勝する。それでマルクの自尊心は満たせるよ」


 第一王子が俺のために根回ししてくれた。

 ありがたい。

 本当に同じ王族かってレベルで、優しいし気遣いも筋を通すのも完璧だ。

 この人が王になったら良い国になるんだろうな。

 ともかく、これで戦う理由はなくなった。

 のに、なぜだろう。

 全然気持ちが変わらないのは。


「なんだか、に落ちない顔をしているな」

 俺が喜ぶと思っていたのだろう。

 けげんな顔をしている。

 実際、俺のためにしてくれているのに申しわけない気持ちはある。

 だけど。

「兄様、僕は戦います。お気持ちだけありがたくいただきます」


 第一王子にとっては予想外の反応だったのだろう。

 眉をひそめた。


「なぜだ?」

「僕は、いえ、僕たちはこの日のために準備してきました。僕と僕に協力してくれたみんなのためにも、正々堂々と戦いたいのです」


 第一王子は、よりいっそう眉のしわを深くした。


「いいか、ジャン。たしかに国を統べるにはマジカが一番必要だ。でも力だけじゃ解決できないこともある。現にお前は、今まで解決できなかった慢性的な水不足を解決した。周囲もお前もたまたまと言うが、そうじゃないことくらい俺にもわかる。この国にはお前が必要だ。王だってそう思っているはずだ。だからこの大会の参加を進めた。内外ともに認められるには、この大会で結果を出すのが一番だからだ。でもそれは古い考えだと俺は思っている。お前が力を示す必要もなければ、力を持つ必要もない。持っている能力を生かせ。お前がマジカを使えないぶん、俺が力を持つ。俺の右腕になれ。頭の固い貴族院は俺が黙らせる」

 

 第一王子は真剣な顔をしてそう言う。

 震える。

 ここまで俺を必要としてくれる人がいただろうか。

 こんなに俺のことを評価してくれていたのか。


 それにしても、第一王子でも、国を治めるのは力が必要だと考えているのか。

 戦国時代みたいな考え方だな。

 前世では文民統制シビリアンコントロールで力は関係ないですよ、とか言ったら驚きそうだ。


「マジカを使えないお前は、この大会でどんな事故が起こるかわからない。ここの参加者でマジカを使えないことを知っているのは王族くらいなもんだ。自殺行為に近い。まして、次はマルクだ」


 二回戦で第二王子か……。ちょっと心が揺らぐね。

 それに第一王子の俺への思いも考えると……、その思いをくみたい気持ちもある。

 それでも。


「兄様、すみません。僕がマジカを使えないことで、僕の周りの人にいろんな影響を与えてしまいました」

「それはジャンのせいじゃない」

「そうかもしれません。でも、そんな僕を、ここまで支えてくれた人たちを裏切るようなことをしたくないのです」


 ずっと味方であり続けた母さん、今までのキャリアを全部捨てて支えてくれる先生、ともに世界を変えようと約束したアリス、いろんな世界を見せると約束したメアリ。

 ここで引き返したら、これからどんな顔を向ければいいかわからない。


「そうか。なら好きにすればいいさ」

 第一王子は納得していなさそうな顔をしている。

 わがままを通して申しわけない。

「だがジャン。いいか、まだ時間はある。どうしても戦いたいなら、対戦相手にお前が直接そう伝えろ。その時までに頭を冷やしてよく考えるんだ。本当に大切なことは何かって。そのお前が言っている支えてくれた人は、この大会に出場することを望んでいるのか?」




 そして、会場に着いた。


 ローマのコロッセオみたいな建築物が目の前にそびえ立っている。

 あれより小さいし、ちゃっちい感じはするが、そこそこに立派だ。

 カルデラの上にこんなの建てちゃって、地盤的に大丈夫か心配になっちゃうな。

 こんなのが城外にあったとは。

 村は貧困にあえいでいるというのに、某農村に建つ無駄に立派な庁舎みたいだな。

 まあ、ローマコロッセオは市民を懐柔するための娯楽施設として建てられたみたいだし、この施設もそのような目的が含まれているのだろう。


「こちらが控え室になります」

 案内されたのは、温泉の脱衣所みたいな部屋だ。

 男がひしめきあって、装備を入念にチェックしたり、軽くストレッチしていたり、目をつぶって瞑想していたり、思い思いに過ごしている。


 どこに行ったらわからなくてキョロキョロしていると、

「お前が第三王子か?」

 ガタイがいい、というか、オークみたいな、相撲取りのような、ボブサップのような、ハート様のような、そんな感じのやつが出てきた。

 殴られただけで死にそう。

 なんだ? さっそく因縁つけられてる?


「いかにも吾輩が第三王子だが、なんの御用でございまするでしょうか?」

 緊張すると言葉が変になるのなんとかならんかね。

 まるで俺がチキンハートみたいじゃないか。

「第一王子から話は聞いているな。お前が死んだら金はもらえねえから、始まっても動くなよ」

 第一王子が話をつけてある兵士ってコイツなの!?

 こんなパワー自慢に綺麗に気絶させられるイメージが全然わかないんだけど!


 いや、びびるな。落ち着け。素数を数えろ。

 どんな相手でも戦うって決めたじゃないか。

 対戦前からびびってどうする。


「申しわけありませんが、第一王子との話は忘れてください」

 俺がやっと発した言葉に、ハート様は何言ってるかわからない顔をする。

 そりゃそうだよね。

「どういうことだ?」

「正々堂々と戦いましょう。兄の話は僕のほうから断っておきました」

「なに?」

 ハート様の顔がみるみる赤くなっていく。


「あの儲け話をふいにしやがったっていうのか! 許せねえ!」

 こぶしを振り上げる。

 やべえ! ここで戦いになったら間違いなく死ぬ!

 落ち着け。予見眼を使えば、逃げることくらいは……。


「おい、やめろ」

 気づくと、ハート様のあごの下に剣先が当たっている。

 その剣の持ち主は……、第二王子だった。


「戦うなら試合のときにしろ」

 第二王子がまともなこと言ってる!

 ちょっと見直したぜ兄貴!


 ハート様の額には汗がにじみ出ている。

 戦意はすっかり消失してしまっているようだ。

「ふん、試合を楽しみにしてるぜ」

 そんな捨て台詞を残して去っていった。

 やっぱ第二王子って強いんだな……。

 めちゃくちゃ早ええ。

 大丈夫なんかな俺……。


「兄様、ありがとうございました」

「兄と呼ぶな。虫唾が走る」

 ここらへんはほんと変わってないのね。

 大人になれよ。


「出るからには王族の名を汚すような戦いはするなよ」

 人質までとって出させといて、そのセリフはどうなの。

 まあ心の中では、俺が無様に負けるのを願っているんだろうな。

 そのためにさっき俺を守ったんだろうし、母さんをさらったんだろう。


「わかりました。それならば約束してください。母様の解放と、それと、僕が兄様に勝った場合に僕に逆恨みをしないということを」

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