第40話「エナドリ缶作りました」

 数日前の話。


「このアルミ、粉にできる?」

 メアリにそう言って、アルミの固まりを渡した。

 東塔からくすねてきたものだ。


 メアリはうなづいてアルミを握りしめた。

 アルミは柔らかいとはいえ、金属。

 小さい両方のおて手がアルミにめり込む。

 指と指の合間から、ボロボロと落ちていくアルミ。

 はた目から見ると、金属を素手で握りつぶしている怪力幼女だったな。

 そして、このアルミは粉じゃなくて、こなごなになっているだけだったな。

 ぅゎょぅι゛ょっょぃ。


「やってくれてるところ悪いんだけど、この砂みたいにサラサラサラーってやってもらえるとありがたいな」

 外から持ってきた乾いた細かい砂を、指でつまんで手のひらにまぶしてメアリに見せた。

「なるべく細かくおなしゃす」

 メアリはうなづいて、アルミを小石程度にちぎって手のひらに乗せて握りしめた。

 そのまま、じっと握りしめた拳を見続けている。

 すると指の隙間から、銀色の砂鉄のようなものが、サラサラ音を立てて落ちていった。



 そして今。城内の草原。


 手元には、その時にメアリに作ってもらったアルミニウム粉がある。

 この粒子の細かさ。

 マジカが万能なのか、メアリがすごいのか。

 どちらもすごいということにしておこう。

 これはいけるかもしれない。


 これから実験をおこなう。

 この実験の成功いかんで俺の人生を左右すると言っても過言ではない。


 残念ながらこの実験の立ち合いに、この実験の大きな貢献者であるメアリは来れないので、俺とアリスしかいない。

 先生は遠くから見守ってくれている。


 城内になんでこんな無駄な敷地があるのか分からないが、実験には適した土地だ。

 周囲の影響は考えなくても良い。

 ただ、見晴らしが良すぎるので、追われた身である先生は協力ができない。

 もし何か失敗したら先生が助けに来るまでに死ぬ、とまではいかないかもしれないが、大ケガをするだろう。

 まあ、覚悟はできた。


 アリスに水を煮立たせてもらっている。

 だだっ広い草原に、水が入った寸胴ずんどうひとつ。

 その寸胴に向けて、顔を真っ赤にして火を放つ少女。

 じっと見つめる俺。


 一見すると、とてもシュールな光景だ。

 だが俺は大まじめだ。

 顔真っ赤なアリスもかわいいなと思っているところ以外は。

 顔が美形なのに、不器用感あふれる一生懸命属性は卑怯だと思う。

 こんな子が自分の娘だったら溺愛する自信があるわ。


「よし、沸騰したな」


 エナジードリンクの缶ぶんくらい大きさの金属製の筒がある。

 この特製エナドリ缶もメアリに作ってもらったやつだ。

 これが10個ある。

 スプーン0.5杯、次は1杯、と分量を変えたものと、木くずや木炭など、アルミ以外に添加物を加えたものを用意している。

 いわゆる比較実験だ。


 さて始めようと思って、そのエナドリ缶達を入れた革袋に手をかけたら、

「熱っ!?」

 思わず手をひっこめた。

 なんかもう熱くなってる!

 しかも、湯気だってるんですけど!


 皮袋を開けると、暖かい空気が立ち上がっていた。

 缶の中を見ると、全体的にアルミの金属光沢がなくなっている。

 空気中の水分と反応したのか……?

 こんなわずかな水分でか。怖い。


 一円玉でおなじみの人畜無害なアルミニウムも、何マイクロだったか忘れたが、それくらいの小ささになったら第2類危険物に指定される。

 アルミニウム粉が燃え上がったら、水をかけてはいけない。

 アルミニウムは水から酸素を奪い、水素に変えてしまう。

 つまり水素爆発。

 危険物取扱者試験でよく出るから要注意なところだ。


 そのやってはいけないことを、これからやろうとしているわけだ。

 アルミニウム粉が大きければ反応しないし、十分に小さければ爆発。

 この反応を見る限り、十分なようだ。

 うれしい。

 同時に、めちゃくちゃ危険だということだが。


 ……よく考えたら、こんな空気中の水分に反応してしまうような危険物を持ち歩いて大丈夫なのだろうか。

 この熱がさらに高まって、自然着火するとかあるんだろうか。

 いや、ビビってたら何もできない。

 大丈夫かどうか考えるんじゃなく、どうしたら大丈夫になるか考えよう。

 ともかく、こいつが武器になるかどうかが先決だ。


 一番の自信作を、寸胴の隣に置いて固定した。

 こいつに寸胴の熱湯をかける。

 熱湯にしたのは、少しでも反応しやすくするためだ。

 あんまり影響ないかもだけど。

 なお、ヒシャクは、持つ部分が3メートルくらいあるものを使用。

 この特製ヒシャクもメアリ作である。



 ヒシャクのリーチ分までエナドリ缶から離れつつ、ヒシャクを近づける。

 爆発に巻き込まれないために、俺もアリスも体を伏せている。

 伏せながらだから、ヒシャクの操作がむずいというか、腕がぷるぷるする。

 しかも持つ部分の強度が弱いせいか、しなって揺れまくってヒシャクからお湯がこぼれまくる。


「あ」


 そうこうしているうちに、ヒシャクが曲がり、エナドリ缶に熱湯がかかった。

 その勢いのまま、ヒシャクは缶の上に覆いかぶさる。

 しかも一番、威力が高くなるだろうと思われたエナドリ缶の上に。

 

 アリスを見ると、体を伏せてはいるが顔を上げている。

「アリス、伏せ!」

 アリスの顔を抱え込み、体を伏せる。


 来るか……!


 ………。

 ……?


「あれ? 来ないね……?」


 静まりかえるエナドリ缶。

 その上にかぶさる無駄に長いヒシャク。


 残念ながら、この実験は失敗のようだ。

 べ、べつに最初からうまくいくとは思ってないんだからね!

 でも一番の自信作が反応なしか……。はあ……。

 残りのやつも推して知るべしってやつだな。


 抱え込んでいたアリスのほうを見ると、顔を真っ赤にしている。

 目があったら、突き飛ばされた。

 転がる俺。


 ごめん、暑苦しかったよね。

 ただでさえお湯沸かしで熱かったもんね。

 だからと言って、こんなに突き飛ばさなくたっていいなって俺思うな!


 その時だった。

 目の前が光った。

 あまりに強烈な光なので目を閉じた。

 それと同時に、何かが破裂するような爆発音が響いた。

 一瞬だけ遅れて、肌が焼けそうなほどの熱風がグンと体を押して、ものすごい勢いで何かが鼻の頭をかすめていった。

 脳裏に原爆投下時の広島を舞台にした漫画を思い浮かんだ。

 ギギギ。

 死んだと思った。


 目を開けてみると、太陽を見た直後みたいに視界が暗かった。

 耳鳴りもする。

 だんだんと目が慣れてきて周囲を見渡してみると、エナドリ缶の破片が転がっていた。

 そういえばと思い、鼻頭を触ると、指にちょっと血がついた。

 わお、切れてーら。


「アリス、無事か!?」

 アリスはぶるぶる震えながらも、コクコクと頷いた。

 ケガは……、なさそうだ。

 良かった無事で。

 俺も鼻をかすめた以外はなんともない


 缶が破裂したのか……。

 缶は密閉しなかったんだけどな。

 いや、ヒシャクが覆いかぶさって一時的に密閉されたのか。

 ヒシャクはあらぬ方向にぶっ飛んでる。

 密閉にしてはだいぶ隙間があったと思うが、それでもあの威力か。


「殿下、だいじょうぶですか!」

 先生が駆けつけてくれた。

「ええ、だいじょうぶです」

「あまりに強くまばゆい光でした。あれほどの火球を発生させられるのは、並みの火級魔術師ではできないでしょう。あんな小さなもので……」

 先生はエナドリ缶があった場所を見つめる。

「殿下のいた世界は、恐ろしい世界ですね」

 エナドリ缶の破片を拾ってみると、熱でひしゃげているようだった。

 まだ熱い。


「今思うと、そうですね。生きていたころはあまり意識していませんでしたが……。世界にある爆弾、というマジカを使わなくても爆発を起こせる道具があるのですが、それらをすべて使うと、世界を7回滅ほろぼすことができると、前世では言われていました。あまり考えたことはありませんでしたが」

「世界を滅ぼす、そんなことが……」


 先生は驚きで言葉を失っているようだった。 

 マジカがどんなにすごくとも、この星を破壊するほどの力はないのだろう。


「先生、恐ろしいのはどの世界でも変わりません。人の心です」

 残り9本あるエナドリ缶を見る。

 メアリに頼めば、いくらでも、どんな大きさのものも作れてしまう。

 この熱、爆風、点火までのラグ、水をかけるだけという簡易な点火方式。

 思いついてしまった。


 こいつを有効に使う方法を。




 そして、俺は大会当日を迎えた。

 気づけば半年が過ぎていた。

 半年という時間は、何かをするにはあっという間の時間だ。

 おまけに7歳になった。たぶん。

 ここの世界で誕生日を祝う風習はないからな。

 15歳の成人祝いはやっているが、誰がカウントしているのだろうか。

 そんなことは今はどうでもいいな。


 よし、準備は整った。

 今日という日を、新しい俺の記念日にしよう。

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