第25話「結審しました」

 村に着いた。

 村は静かだった。落ち着いたのだろうか。

「ジャイルさんは村人の治療に回ってもらえますか?」

「わかりました」

 とりあえず、俺はウィールのもとに行こう。


 ウィールがいるはずの空き屋について、足が止まった。

 その外壁はボロボロだ。

 何かで殴られたように凹みや傷がある。

 扉なんか折り曲がっていて、外されている。


 モイ……!

 ウィールを護衛しているはずのモイはどうした!?

 ウィールは……?


 急いで中に入る。

 そこには直立して待ち構えている先生とモイ、その後ろに縛られたウィールがいた。


「先生」

「おはようございます。殿下」

 いつもの涼しい感じで挨拶された。

 なぜ、先生がここに?

 そしてこの状況はいったい……?


「先生、これは」

「村人がウィールを襲おうとしていました」

「あの人たちが……」

 殺そうとしたのか。ウィールを。


 そうしたくなるくらいの気持ちは分かる。

 分かるけども。

 あの笑顔を向けてくれた村人たちの姿が脳裏をぎる。

 

 こうなる可能性を考えていた。

 だから、モイに護衛してもらった。

 だけど……、実際に目の前にするとショックだ。


 先生を見ると、疲れているように見えた。


 先生はウィールを護りに来たのか。

 俺を送ったあとにわざわざ村に戻ってまで。 

 そして、夜通し……。

 それだけで、先生のウィールへの思いを感じられる。


 モイと先生がいなかったら今頃……、ウィールは無惨に死んでいたのだろう。

 この場所で。

 目をそむけたくなるような姿で。


「村の人たちはどうしたんですか?」

「縛ったり埋めたりして、少し頭を冷やしてから帰っていただきました。彼らに傷一つつけていません。……心の傷は分かりませんが」

 心の傷……、…。


 こんな事件さえ起きなければ、村の人たちは笑顔で暮らせていけたのに。

 一生消えないかもしれない。

 そんな傷を負ってしまった。

 護衛させずに村の人たちに好きにさせれば、心の傷は癒えたのかもしれない。

 そんな考えがふと過ぎる。

 余計なことを、俺はしているのかもしれない。


「ともかく無事で良かったです」

「私はだいじょうぶです。問題ありません」

 先生が表情を変えずにそう言う。


「ところで、王はなんとおっしゃっていましたか?」

 先生がそう尋ねる。


「……処刑しろと」


 ウィールはそれを聞いて、青くなってジタバタと転げ回った。

 先生はウィールに処刑の判決が下ることがわかっていたのだろうか。

 それとも感情を表に出さないようにしているだけなのか。

 まったく顔色を変えなかった。

 モイも一緒だ。


 モイは分かる。俺が命じたから護衛しているに過ぎない。

 先生は。

 先生はなぜ、処刑されるとわかっていてウィールを護衛したのだろうか。

 ウィールの処刑を阻止しようとしているのだろうか。


「わかりました。では行きましょう」

 俺の考えに反して、先生はそう言った。

「ウィールさんの処刑に反対ではないのですか?」

「王の判断は、国として正しいと思います」

「ならなぜ、護衛したのです?」

「彼の死を、意味のないものにしてほしくなかったからです」

 先生が言葉を重くしてそう答える。

 意味。

 先生が夜通し、命をかけて守るほどの意味……。


「死刑になることは意味のあることなのですか?」

「少なくとも、村人に、恨みに任せて殺害されることよりかは有益です」


 死に方に意味なんてあるのだろうか。


「先生、王は死刑と言いましたが、僕は反対しました」

「反対? それはなぜです?」

 その疑問は当然だ。

 俺は先生に、ウィールが死刑になってほしいとまで言っていた。


「死ぬことが償いになるとは思えなかったからです」

「そうですか……。死ぬことが償いになるとは思えない……」

 先生は俺のセリフを反芻した。

 先生はウィールの死刑を当然のものと受け入れていた。

 俺の真意をくみ取ろうとしてくれているのだろう。

「殿下もウィールを憎んでいたはずです。どうして庇われたのですか?」

 庇う。

 そう先生に捉えられた。


「ウィールは見せしめに殺されます。憎しみで殺されます。果たしてそれが正しいのか、僕には分からなかったのです」

「人を罰するのに、何が正しいか正しくないかというのは、難しい問題です。ただ、王の判断が間違っているとも思えません」

「そうですね。僕もそう思います。けど、死んだらそれで終わりです。この村の水源を台無しにし、村に大きな被害を残し、ウィールは何もせずこの世を去る。ウィールにはきちんと罪を償ってほしいのです」

「それは理想ですが……。殿下、人の心はそう簡単なものではありませんよ」

「それは、分かっているつもりです」


 だから、考えた。

 自己満足な解決で終わってはいけない。

 みんなが納得できる解決をするために。

「……まさか、王がそれを受け入れたと?」

 うなづく。

 王は理由を聞かずに、俺の言葉を受け入れてくれた。


「王が……、そうですか」

 先生は何か考え込むようにして、短くそう答えた。


「それで、殿下の考える解決とはどういうものなのですか? この後、どうするおつもりですか?」

「村の総意で、ウィールの処遇を決めます」

 つまり、裁判をおこなう。

 ただし、弁護人も検察もいない、原始的な裁判だ。



 ウィールの縄はほどかれた。

 逃げ回ったり罵声を浴びせられたりすると思ったが、そうではなかった。

 ぼんやりと地面を見ている。


「だいじょうぶですか?」

 心配になって聞いてみる。

「だいじょうぶですかって? なにがですか。私の命はもう、尽きたようなものじゃないですか。それでいて、村の総意だとかなんとかいって茶番に付き合わされて、これ以上の辱めはありませんよ」

「死刑とは決まっていません」

「はっ、やめてくださいよ。この村の誰が私をかばってくれるというのです」

「それはウィールさんしだいです」

「?」


ウィールはよくわからないという顔をしていた。

「1週間の猶予を与えます。そこで村人の信頼を得てください。それが成功すれば、あなたの命は助かります」



ウィールを連れて、病人が集められている診療所に向かった。

「おい。人殺しが来たぞ」

 何人かがこちらに気づいた。

「なんで来やがった」

「のこのこと…、ぶっ殺してやる」

「やめとけ。どうせ国に守られる。俺らが殺されるぞ」

「国にとっちゃ、俺たちは人間じゃねえんだろうよ。ふざけんじゃねえよ」

「そんなこと、今に始まったことじゃねえだろ。気にしたほうが負けだ」

 制止する者もいるが、憎悪は同じくらいこちらに向いている。



「聞いてください」


なるべく全員に聞こえるように、はっきりと言った。

「一週間後、この者の処遇をどうするか投票をおこないます。投票対象者は、この村に住むもの全員です」


 一瞬、静まりかえった。


 けれど、すぐに騒がしくなった。


「投票? なに言ってんだ?」

「俺たちが、こいつをどうするか決めていいってことかよ?」

「死刑に決まってるだろ? やる意味あるのかよ」


 ざわつく。


「そうです。あなたたちが決めていい。被害をこうむったあなたたちにこそ、その権利があります」


 よりざわめく。


 そんなまどろこっしいことなんかいらない、今すぐ処刑しろ!

 死ね! 殺せ! 消えろ!

 そんな声があちこちから聞こえてくる。


「一週間。一週間です。これは変えられません。この一週間の中で、もし彼に危害を加えるものがいたら、彼を処刑できないばかりか、村の全員が処罰対象になります」

 実際にはそんな権限はないが、それくらいのことを言わないとすぐにでもウィールは殺されてしまいそうだ。


「なんで一週間なんだ?」

「この一週間で、彼には村の復興を手伝ってもらいます」

「そんなやつの手なんか借りたくねぇよ! バカにするのもたいがいにしろ!」


「これは国の決定です。村が復興するまで、人手不足で大切な畑が台無しになってもいいのですか? 一週間、よく考えてください。あなたたちの判断次第でこの村の未来が決まります」



 人手不足というのは本当だ。

 しばらくは、多くの人が働ける状態じゃない。

 どれくらいで田畑に影響があるかは分からないが、少しでも人手が欲しい状況のはずだ。

 毒に汚染された井戸はもう使えないだろうから、水不足もある。

 たった一週間でも、水級魔術師であるウィールの存在は大きいだろう。


 でもそれは、半分本当で、半分が建前だ。

 ウィールが必要だから許せ、なんてことはとても言えない。


 ただ、みなが納得して決めたい。

 それがたとえ死刑でも。






 ウィールの一週間が始まった。

 日中は村に水をまき、畑作業をする。

 日が暮れたら、診療所で看護をする。

 畑作業は順調だった。

 何もできなさそうなイメージとは違って、効率よく作業している。

 農業の経験があるのだろうか。

 つらそうに作業しているが動きは悪くない。


 しかし、看護は大変そうだった。

 看護されるほうもウィールを良く思っているわけがない。

 無視したり罵声を浴びせるならマシで、ツバを吐きかけたり、殴ったりするものもいた。

 顔にはアザもできている。

 口の中も切れているのか、話しづらそうにしている。

 見ていて痛そうだった。

 それでもウィールはもくもくと、作業を進めていった。

 ただ、ふてくされたような、どうにでもなれというような感じが見て取れるようだった。


 ウィールに罪を償おうとする心は、見当たらない。


「お言葉ですが、この程度で被害者の怒りは消えませんよ」

 ジャイルさんが口を開く。

「どんなに罪を償っていたとしても、生きている限り許せないものです。被害者は、加害者と同じ空気を吸っているというだけで強い怒りに襲われるのです」

 俺はその言葉にうまく答えられず、作業をこなすウィールを遠目で見ながら、そうですねと答えた。



 ウィールは日につれて、やせていくように思えた。

 食事はとらないし、寝る時間も短い、起きている間はずっと休まず看護と作業に当たっている。

 一日一日死に向かっていくことは、大きなストレスになっているだろう。

 それは当然の報いだとも思う。


 村人の対応は変わらない。

 憎悪や冷めた視線を向けたままだ。

 ウィールはそれに苛立ちを感じた表情を隠しきれていない。

 そんなんで、村人の心境が変わるわけがない。


 そうこうしているうちに4日間が過ぎた。

 残り3日だ。

 もしかしたら、ウィールが改心して、それで村人もウィールを許して、村も立ち直って、そんな想像をしていた。

 そうだったら、これほどいいハッピーエンドはなかったのに。


 そうだよな。

 ジャイルさんが言ったとおり、そんなに簡単に許せることじゃない。

 もしかして、俺はそれを分かっていたのかもしれない。

 ただ、俺のせいで死刑になると思いたくなかったから、こんなことをしているのかもしれない。

 俺のしていることは、ただの自己満足なのだろうか。

 いたずらに、一週間、ウィールと村人たちを傷つけるだけになるのか。


 最近は、俺も眠れていない。




 5日間が過ぎた。

 残り2日だ。


 村に大きな変化はない。


 ウィールは今日も畑作業を終えた後、診療所に来て看護を続けていた。

 顔のあざは増えてる。

 目のクマは色濃くなっている。

 肉付きが良かった頬はこけた。

 かっぷくの良かったときの面影はどこにもない。


 よく頑張っていると思う。

 痛々しいほどに。


 死に向かっている人は淡々と日常を過ごすというが、ウィールもそうなのだろうか。

 死を目前にして、ただひたすら作業を繰り返しているのかもしれない。


 村人の彼を見る視線は相変わらず冷たいものだった。

 睨みつける者、無視する者、対応は人それぞれだったが大体似たようなものだった。

 そんな中でも、ウィールを頼るものもいた。 

 可愛らしい小さな女の子だ。

 小さいからウィールの悪行を深く知らず、親がいないためウィールを頼るしかなかったのだと思う。

 それでも、2人が交す笑みは、2人の心のつながりを感じさせた。

 この事件以来、まったく笑わなかったウィールが、その少女の前にだけ穏やかな顔を見せている。

 少女の看護が終わると、ウィールは看護の時と打って変わって悲痛な顔になり、目頭を抑えるのが見えた。


 俺はその表情から、ウィールの気持ちを推察することができなかった。



 少女が亡くなったのは7日目の朝だった。

 ウィールが農作業に向かう前に、診療所に立ち寄ったら、少女は眠ったまま冷たくなっていた。

 ウィールはひざをついて大声で泣き出した。

 子どものように、みっともなく、誰にもはばかることなく、わめき続けた。

 しばらくして、のどが枯れて、嗚咽のような泣き声に変わった。

 ウィールはこちらを向き、頭を深く垂れた。


「私を殺してください」


 ウィールはそう言った。

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