第24話「ノアサ村に戻ってきました」


 馬は順調に村を目指している。

 けっこう話し込んだと思うのだが、まだ着かない。

 もうそろそろだと思うけども。

 やっぱり遠いんだな。

 ウィールが不満そうにしていたのも、今ならちょっとだけ分かる気がする。


 空を見上げると、鳥がつがいで飛んでいた。

 飛行機があったら、もっといい土地を探して移住することもできる。

 そうすれば、こんなことも起きなかったかもしれない。


 この国の人も、空を飛びたいと思っているんだろう。

 絵画にも彫刻にも、翼が生えた子どもがモチーフや装飾に使われる。

 この国の宗教は太陽信仰で、肉体が燃えて魂が太陽に還る際には、翼が生えた太陽の使い、つまり天使が案内してくれる。

 この世界から離れて、悩みのない楽園へと……。


 ただし、罪が重い者は天使が支えきれず、途中で墜落してしまうという。


 罪が重い者、か。


『いま正しい事も、数年後間違っていることもある。逆にいま間違っていることも、数年後正しいこともある』


 飛行機を作った何たら兄弟がそんなことを言っていたのを思い出す。

 もし神様がいるとして、神様は何が正しくて何が悪いというのを、はっきり断罪できるのだろうか。


「どう思いますか?」

 思わずそう聞いてしまった。

「なにが、ですか?」

「ウィールさんの処刑のことです」


 俺の問いに、すぐジャイルさんはこう答えた。

「被告人への判決は、私の考えの及ぶところではありません。下された結果を、忠実に実行するだけです」

「そうですよね」

 聞くことじゃない。

 分かっていても聞いてしまった。ただ。


「悪い者は罰せられて当然ですし、ウィールがやったことは人として許されないことと今でも思っています。しかし、そこに罪を償う心があれば、刑の軽減があっても良いのではないでしょうか。死刑では、悔い改めることもできません」


「処刑は秩序を保つためにあります。今回の件で罪を軽くすれば、大切なひとを失ったものはどう思うでしょうか。また仮に貴方様の言うとおりだとして、被告人はどう罪を償えるのでしょうか?」


 ………。


 正論だ。

 ジャイルさんの言葉に、おかしいと思えるところは何もない。

 ないはずなのに、何かがひっかかる。


 そうだ、モイだ。

 もしモイをこの国の法で裁いていたら、この事業の成功はなかった。

 モイの家族の幸せも、モイ自身も。


「処刑が必要なのは分かります。しかし、死刑によって秩序を保つことが本当にできるのでしょうか?」

 そう疑問をぶつける。

「私はそう信じていますが、そうではないと?」

「死刑が有効ならば、この国の治安はもっと良くなっているはずではないでしょうか」


「治安が良くなっている状態が、現状だという考えにはなりませんか?」

「そうですね……、しかし最良ではないと思うのです」

 俺の言葉に、ジャイルさんの顔が険しくなった。

「この国の法と歴史は、人がより良く生きるために最良を求めていった結果です。先人たちの多くの犠牲と努力の上に成り立っています。処刑もそこに含まれます。王族である貴方様が、そのような軽々しい言葉を発してはいけません」

 冷静であったジャイルの言葉に、強い感情が混じった。


 思わず口をつぐむ。

 けれど、俺も軽々しく言ったつもりはない。

 法と歴史に敬意を払うのは正しいかもしれないが、法と歴史が常に正しいとは限らない。

 それらに人の幸せが踏みにじられるようなことがあってはいけない。


「この事業を始めるきっかけになった男がいたのですが、その男は人身売買をしていました。男は死刑を望んだのですが、僕の独断で裁判にかけず罪を許し、更生の機会を与えました。男はその機会を生かし、今でも事業を支えてくれています」

 “更生”の機会を与える。

 それが処刑の根本になくてはならないのではないか。


「それは結果うまくいっただけに過ぎません」

 ジャイルさんはそう断言するように言い、言葉を続けた。

「もしその男が更生の機会をふいにし、また罪を犯したらどうでしょうか。人身売買が生業とはいえ、必要になれば人を殺めることもあるでしょう。その罪人に情けをかけたがゆえに、なんの罪もない善良な民が命を失うのです。特に今回の件は、どうでしょうか。ウィールのしたことは悔い改める機会を与えるべき案件でしょうか?」


 何も言い返せなかった。

 ウィールは、自分のしたことが当然とも言える発言をしていた。

 モイのように犯した罪を悔い改める人ばかりじゃない。

 また犯罪をくり返す人も多いはずだ。

 それは前世でも一緒だ。


 何を言ったらいいのか分からず黙っていると、ジャイルさんはこう言った。

「死への恐怖が不法行為の歯止めになります。その結果、更なる犠牲者を生まなくて済みます。そして残された者の心も癒えるなら、死刑にはちゃんと意味があると私は考えます」


 目の前には村の入口が見えていた。 

 俺は、結論を出さなくてはいけない。

 この村の人たちに、ジャイルさんに、王に、そして俺自身に。

 何が正しいのか、正しくないのか。

 どうしたら、みんなが幸せになれる結論を出せるのか。

 いや、みんなが幸せになるなんて不可能だ。

 分かっている。分かっているのだけど……。


 ジャイルは村の入り口で馬を止めた。

 そして、こちらを向いてこう言った。


「立場をわきまえない数々の言動、どうかお許しください」

「いえ、とんでもありません! とても勉強になりました」

 人の死を前に勉強になったとは不謹慎なような気がして、また口をつぐんだ。


「ただ、どうかこれだけは心に留めていただきたい。貴方様が死刑を命じても、いえ、どのような断罪をされても、神はお許しになられるはずです。なぜなら、本当の意味で人を裁けるのは、神だけなのですから」

 そのジャイルの言葉は、俺に言った言葉なのか、自分自身に向けた言葉なのか。

「幼くあらせられる貴方様がこのようなご決断を迫られていることには、深く同情いたします」

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