第22話「任されました」
城の前で先生と別れ、一人で謁見の間に向かった。
受付らしき男に、謁見したい旨を告げると、何の用件か、なぜ一人で、などいろいろ聞かれた。
いつもの俺なら、きっとイライラするだろうやり取りも、ひとつひとつ丁寧に答えられた。
受付の男は終始いぶかしげな顔をしていたが、しばらく待たされたあと通された。
これから王に会う……。そう思うだけで緊張した。
いや、この緊張はそれのせいだけじゃない。
俺はウィールを死刑にしたいのだろうか。
「何の用だ?」
王は以前会った時と同じようにそう言った。
「ウィールが、井戸に毒を流し込みました」
余計な言葉を言わず、率直にそう言った。
「ウィールが? なぜそのようなことをする」
「この事業が成功した場合、職を失うことを恐れたようです」
「村の被害は?」
「把握できていませんが、何人か亡くなり、今も苦しんでいる者が多数います」
「なるほど」
王はアゴに手を当て考える仕草を見せた。
もしかしたら、それがどうした?くらいのことを言われるかもしれないと思ったから、王が考えてくれていることに少しホッとした。
だから、王の言葉は想像を超えたものに感じた。
「ウィールを村人の前で処刑しろ。死刑執行人を手配させる。お前はそれに付き添え」
「死刑執行人…? 彼を死刑にするということですか?」
思わず声が震えていた。不安と恐怖もどっと押し寄せてきた。
「それ以外になにがある? 国家事業を邪魔じゃましたあげく、複数の人間を殺めたのだぞ?」
死刑。
王から言われて初めて、重みを感じた。
日本でも、カレー毒混入事件の犯人に死刑判決が出たような気がする。
それだけのこと、いやそれ以上のことをしたのだ、ウィールは。
だから、俺が少しも責任を感じる必要はないんだ。
だけど、ひとつだけ気にかかる。
「なぜ村人の前なのですか?」
王は俺の質問に意外そうな顔をした。
「わからないか?」
「わかりません」
わかりたくない、というのが正しいのかもしれない。
「お前も王族なら覚えておくがいい。国を治めるのに必要な能力は、民の心を操ることだ。今回の件で国に対して不信感を持った者が多くいるだろう。だが、真犯人を処刑することで村人の怒りはおさまり、真犯人を突き止め、適切な処置をとった国に対して、より忠心を持つだろう。さらに、国側の人間であろうと厳罰に処するのを見て、国に対して逆らおうという人間が減る。一石二鳥だ」
王はそう説明したあと、俺に言い聞かせるようにこう言った。
「いいか。危機を幸運に変えろ。運は自分でつかめ。今回の件でいうなら、もし犯人が出てこなくても、犯人を作りだせ」
犯人を作り出すというくだりは極論としても、とても合理的な意見に思えた。
一理あるとも思えた。
でも違和感があった。
王からそう聞いて、謁見中にずっと感じていたもやもやが何なのかわかった気がした。
ウィールを処刑することで本当の解決はしない。
憎しみによる殺人だ。
「お願いがあります」
「なんだ?」
「ウィールの処遇、僕に決めさせてもらえないでしょうか?」
王の眉がピクリと動いた。
「予の考えに不服があるのか?」
「そうではありません。ただ、試したいのです。僕の考えを」
「考え? それはなんだ?」
「ウィールには、村の復興を手伝ってもらいます。彼には本当の意味で償ってもらいたいのです」
「お前、怖がっているのか?」
王がにらむようにして言った。
「いいえ」
「甘いな。それで村人が許すと思うか? 逆撫でするのがオチだぞ」
「お願いします」
「なぜそこまで、ウィールの肩をもつ。お前にとっても憎むべき相手ではないのか」
俺もなんでそこまでウィールを擁護するようなマネをするのか分からない。
ただ、納得して行動したい。それだけの理由だ。
「憎んでいますし、許せません。だけど、彼を処刑することが本当の解決になるとは思えないのです」
王はやや前傾になり、じっと俺の目を見た。
威圧感があった。だが目をそらさなかった。
ここでそらせば、これから先ずっと自分の言葉が信じられなくなると思った。
自分の言葉を信じられなくなったら終わりだ。
やがて王は背もたれに寄りかかった。
「……いいだろう。今回の事業はお前の発案だ。お前の好きなようにしてみろ。
だが、一度言い出したことだ。それなりの結果をもってこい」
『それなりの結果をもってこい』
王の言葉が頭の中でもう一度繰り返された。
分かってる。
言ったからには、それなりの答えを用意しなければいけない。
王にも、村のみんなにも、ウィールにも、そして、俺自身にも。
こうして、その日の王との謁見は終了した。
朝になり、朝食をとっていると迎えが来た。
もちろんウィールではなかった。
「処刑人のジャイルです。王から話を聞いていますか?」
部屋を出てから、自己紹介と質問をされた。
ジャイルという男は、上下とも黒いパジャマのようなものをきており、背中に大きなナタのようなものを背負っている。
細身で青白く病的で無表情だが、顔がハンサムなので、その病的さが返って美しさと儚さを感じた。
「聞いていますが、処刑を猶予するという話だったと思いますが」
王はなぜ、処刑人を派遣してきたのだろう。
死刑を強行する気なのか?
「王から、ジャン=ジャック王子の許可が下り次第、ウィールを処刑しろと仰せつかいました。つまり、貴方様が望まぬ限り、私は何もしないということです」
王なりのフォローか。
王は本当に、この件を任せてくれたんだ。
「わかりました。そのときにはお願いします」
俺のひとことで、ウィールが死ぬ。
その覚悟だけはしなくてはいけない.
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