第20話「怒りました」
地下水に毒が入っていたのか?
たしか日本でも、鉱山や工場から垂れ流れた鉱毒が、地下水を汚染したことがある。
この時代だから、地下水を安全だと思い込んでいた。
人的じゃなくても地下水が汚染されることだってあるかもしれないって、なぜ俺は思わなかったんだ。
水質検査なんて当たり前だろ。なんでやらなかった。
完全に俺の落ち度だ。
俺が、村を、村人を苦しませ殺している。
「ウィールさん! あなたは急いで大量の水を村人に飲ませ、吐き出させてください!」
「は、はい!」
ウィールは、迫力ある先生の言葉にたじろぎながらも、走り出した。
「殿下、捕まってください!」
そう言って先生が馬を走らす。
「どこへ行くのですか!?」
馬の揺れで舌を噛みそうになりながら尋ねる。
「井戸です。原因が分かれば、その対処もできます!」
自分が情けなくなった。
自分の失敗にショックを受けているだけで、何もしようとしていなかった。
そんな場合ではないのに。
昨日掘削した井戸に辿り着く。
先生は馬をおりて、井戸につるべを降ろして水をくみ上げた。
くみ上げた水を素手ですくい、それを口にふくんだ。
「………!」
さっきの村人たちの苦悶を見ていたとは思えない行動だ。
触るのはもちろん、口にふくむなんて普通じゃない。
先生はそんな水を、口の中で左右に移動させたりしながら考え込んでいる。
口から水を吐き出した。
「先生、だいじょうぶですか…?」
「口に含むくらいならどうということはありません。私は魔族ですしね。人より生命力はあります」
「そうなんですね」
見た目が美人だから、魔族設定忘れてた。
それでも、毒が平気なわけではないだろう。
身の危険をかえりみず、この村を救おうとしている。
「殿下。これは、トリキシンですね。独特のえぐみ、舌の痺れ、それに村人の症状に照らし合わせて、ほぼ間違いないでしょう」
「トリキシン?」
「植物毒です」
「植物……?」
先生の間違いじゃないかと思った。
植物の毒がなぜ地下水に?
鉱物毒や有毒なバクテリアなら、話は分かる。
植物性の毒が浸透するほどの浅さではないし、なぜ?
「この毒は、故意に誰かが混入したものではないでしょうか。……殿下を狙った可能性があります」
「俺を!?」
なぜ? 俺を?
なぜそんなことをする必要がある?
「毒性の植物は一般人には栽培も所持も固く禁止されています。確信があるわけではありませんが……。王族にとって毒殺とは切っても切れないものです。殿下が狙われていると思っておいたほうがよいでしょう」
先生は俺に重く言い聞かせるように言った。
「これから先、殿下の命が狙われる機会は多い。そう覚悟しておいてください」
「そんな……」
「行きましょう。この話はまた後で」
村長のところに戻った。
先生は馬をおり、地面に手を当てた。
すると、1アールあたり草が生い茂った。
「これは……?」
村長が驚きながら尋ねる。
「解毒剤です。煎じてすぐ飲ませてください。まずは手当てにあたっている元気な者を集めてください。急いで!」
村長はすぐに人集めに走り、草を煎じる作業に入った。
俺もそれにならって手伝った。
作業しながら、先生が言った、俺を狙ったという言葉がぐるぐる回った。
そう聞いたとき、怖くなった。
もう既に死に
この
ただ、俺を狙ったにしては、おかしな点が多すぎる。
まず、俺がその水を飲むというのが不確定だ。実際に飲まなかったし。
それに俺を殺す方法はいくらでもあるだろうし、毒を盛るなら昨日のふかし芋でも良かった。
なぜ、多くの人が犠牲になる井戸に毒を混入した?
そう、井戸に毒を誰かが混入している。
そんなことがあるのか?
だって、罪もない多くの人が死ぬだろ。
そんなの許されることじゃない。
いや、許す許さないとかそんな簡単なことじゃない。
おかしいだろ、そんなの。
生きている者に飲ませ終わるころには、夕暮れにさしかかろうとした。
大切な人を亡くした人もいたのだろう。
すすり泣く声が至る所から聞こえた。
「おい」
声のほうを見ると、男がウィールにつかみかかっていた。
「これはどういうことだ。お前らの言うとおりにやったら、このザマだ。どうしてくれる!」
「そう言われても困りますよ」
「なに!?」
ウィールはあわてて手を前に出してガードしながら弁解する。
「私は国から命令されて作業しているだけです。その点だけ言えば、私は貴方と同じ立場です。それに、この工事の責任者はあそこにおられるジャン=ジャック王子です」
一斉に俺のほうに視線が集まる。
つかみかかった男だけじゃない、村中の視線だ。
痛い。
ひとつひとつの視線が針のように心に突き刺さる。
視線が痛いと思ったのは初めてだ。
しばらく沈黙が続いた。
その沈黙の意味は、考えたくなかった。
「国は、なんでこんな子どもを……」
視線はなくなった。
子どもの俺を責めてもしかたないと思われてる。
……ちょっとホッとしてしまった。
本当は、責められておかしくない年齢だ。
俺が殺したわけじゃない、そう言い聞かせて正気を保とうとしている俺がいる。
責任逃れだ。
もしかして、誰かが俺を毒殺しようとしているというのは、先生が俺にショックを与えないためについたウソなのか?
そうだったとしたら、俺はどうやって償えばいい?
「井戸の毒について、王に報告させてもらいます」
ウィールはそう言った
報告でもなんでもしろと思った。
この事業は中止だ。
中止どころの話じゃない。
この村が、元に戻るまでどれくらいかかる?
いやもう亡くなった人もいる。完全には元に戻らない。
いっそのこと処罰されたら、心は少し楽になるかもしれない。
王族に転生して、国や民のためだとか、変に使命感を帯びて行動した結果がこれだ。
結局は何もできていない。できていないならまだ良かった。
民を苦しめた。
とんだお荷物だ、俺は。
「戻りましょう」
ウィールは馬に乗ろうとした。
「待ってください」
先生が呼び止めた。
「なんですか?」
「ウィール、貴方だったのですね。井戸に毒を流したのは」
ウィールの顔から血がひいたように見えた。
俺もそうだったかもしれない。
聞き間違いだと思った。聞き間違いなら良かった。
だって、国に仕えているやつが、そんなことするはずないだろ?
「何を言うのですか? 私がそんなことをするはずないでしょう。バカバカしい」
ウィールがそう反論すると、地面からツタが生え、ウィールの両手両足を縛った。
「なにをする! 私を誰だと思っているのですか! 私に刃向かうことは国に逆らうということですよ!」
そう言って暴れるウィールに、先生は近づいてこういった。
「井戸には
「だから私がやったというのですか? 結論を急ぎ過ぎじゃありませんかね?」
「においですよ」
「におい?」
「貴方の手から、濃い濃度のトリキシンのにおいがします」
「は? におい? 仮に私が犯人だとして、そうとう時間が経過してますし、手に付着した毒を洗い流さないわけがないじゃないですか。こういうときに、誰かスケープゴートにしたい気持ちも分かりますがね、言いがかりもたいがいにしていただけませんか」
そう弁明するウィールに、先生は仮面を外した。
「ウィール、お久しぶりです。あなたとは2度、戦場を共にしたことがありましたね」
ウィールは先生の顔を見て、今度はハッキリと青ざめた。
「なぜ、貴女がここに」
「私が平時、王にどのような役割を仰せつかっていたか知らないわけはないでしょう。王は貴方の弁明と私の『鼻』、どちらを信用するでしょうね?」
ウィールはガタガタと震えだした。
汗がアゴをつたってポタポタ垂れた。
下の方からも違うものが垂れているようだった。
「ど、どうか、王にはご内密に……」
消えかかりそうな、そのウィールの言葉を聞いた瞬間、ウィールの
ウィールを縛るツタが頑丈で跳ね返されて地面に倒れた。
目の前に石があったからそれをつかんで、ウィールの頭めがけて振り下ろそうとした。
何かに捕まれた。
ツタだ。
石はもとあった地面に落ちた。
俺は石を拾おうと捕まれた手を振り回したが、ほどけなかった。
ウィールが咳き込みながら、涙を浮かべた情けない顔でこちらを見ていた。
「なぜ、なぜこんなことを……!」
怒りで出なかった言葉がようやく出せた。
「なぜだって? 考えてみてくださいよ。この事業が成功したら我々水級魔術師はどうなります? 戦時に役立つ水級魔術師なんてほんの一握りです。ほとんどお払い箱ですよ」
「え? そんな理由で?」
たったそれだけの理由で?
「たったそれだけ……、ですか」
ウィールは笑った。
歪んだ笑いだ。
「王族や貴族はいいですよ。貴方みたいにどんなに役立たずでも食べていけますからね。俺はこのマジカでようやく人並みの生活を手に入れたんです。農村で地面に這いつくばってどんなに働いても、生きるか死ぬかの瀬戸際ですよ。手に入れた食料も、城に持って行かれちまう。そんな生活はもうバカバカしくてやってられないんですよ!」
「お前は……、そんな自分の生活を守るために、何人も殺したんだぞ……!」
そう言うと、ウィールがそれがどうした、という顔をした。
「それが普通じゃないですか。強いものが弱いものを糧にして、それに何の罪があるというのです」
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